第136話 閑話休題
閑話休題① そのころの彼の場合
トルコの荒野を僕はアサルトライフルを杖代わりにして、足を引きずりながら歩いていた。近年になっておじい様の研究の重要さに気がついた大国の暗部はこぞってこの地に工作員を送り込んできた。それらは普段はおじいさまが設立したPMCにより撃退されているのだが、今回はあの米国がとうとう出張ってきたため、恐ろしい程の苦戦を強いられた。シールズ、レイダース、デルタフォースそれぞれの精鋭を送り込んでの激戦となった。なんとか遺跡は守り切ったが、葉桐のPMCはほぼ全滅。僕自身は生き延びられたが、本当にぎりぎりの戦いだった。
「はぁはぁはぁ。だがここを守りきれたんだ。僕こそがやはり王にふさわしい…」
守り切った遺跡に辿り着いて僕はそこで大地に横になる。こここそが人類最古の祷際場。文明という概念が生まれた処。その歴史の重さを得た充足感に胸が満たされる。
「ミリシャの王がどんなアプローチで祭犠に挑むのかは知らないけど、どうせうまくいくはずがない。僕だけが僕こそがレックス・サクロルムの秘儀を成し遂げるんだ」
遺跡の柱に掘られたトカゲのレリーフを僕は見詰めた。ここには確かに祈りの痕跡が残っている。豊穣と繁栄と、鎮魂。だがそれも過去になる。
「誓うよ。人類文明は僕が必ず救う。だから見ていてくれ。僕が王様を成し遂げるところを」
そして僕は目を瞑る。今日の戦闘は疲れた。今だけは泥のように眠りたかった。
閑話休題② そのころの彼女の場合
私は病室で古い友人のためにチアリーディングを披露した。
「ふぁいおー!ふぁいおー!」
ポンポンを振りながら足を振り上げる。さすがに一人なのでこれ以上の大技は出来ない。私はきりのいいところでチアを打ち切ってベットの傍の椅子に座った。
「あいからわず宙翔は変わらないよ。いつもなんか一生懸命頑張ってる。世のため人のためなんだってさ」
古い友人はきっと宙翔のことを聞きたがるだろう。だからいつも話してあげている。
「でもそのすごい夢はわかるんだけど、私まで巻き込むのは本当はやめて欲しいんだよね。まあ幼馴染だから巻き込まれちゃうのは仕方ないんだけどね。でもひどいよね。なんか一人で夏休みは世界旅行なんだって。ちゃんと夏は宙翔にTVアナウンサーためのセミナーに一緒に行ってくれるって約束してくれたのに、すっぽかしたよね。ひどくない?はぁ。まあ宙翔は私が女子アナになるの内心はきっと嫌がってるから、きっとわざとすっぽかしたんだよね。だからセミナーには常盤くんに付き合ってもらおうかなって思ってる。でも常盤くんなんでかわかんないけど、私が女子アナの話するとすごく微妙な顔するんだよね。なんでなのかな?あれ?そういう言えば常盤くんのことって話したっけ?常盤くんっていうのはね。同じ大学の男の子なんだけど、面白い人なんだ。ゴーインに私の中に入ってくる感じ。でも嫌な気持ちは全然しないの。不思議だよね。誰にも私の中に入ってきてほしくなかったのに常盤くんだけは構わないって思ってるの。彼のことを考えると甘くてびりびりするの。勿論それに溺れたりはしないよ。浸かりはするけど、頼まれてたアナウンサーの夢はちゃんと叶えてあげる。それが何でなのかは知らないけど必要なんでしょ。わかんないけど、やってみるよ。でもさ。みんな私にお願い事しすぎだよね。宙翔は細かいし、あなたは鬱陶しいし、葉桐のおじいさんは私がお願い通りに世界を救ったのに、救われた後のこの世界でもまだ同じことを言ってきたんだよ。ボケてるのかなぁ?」
私はベットの傍の机の上の花瓶の花を取り換える。この間鉢植えを置いて盆栽したら面白そうだし喜ぶんじゃないかなって宙翔に言ったら怒られたけど。
「でもなんで世界を救うことにおじいさんはあんなにも執着してたのかなぁ?あの人はみんなに慕われてたし、愛されてた、尊敬もされてて、でもいつも満たされてそうな感じじゃなかった。まあ神経質なんだろうね。細かいことなんて考えなきゃ楽しく過ごせるのにどうしてあんなに自分に関係ないことまでどうにかしようとするんだろうね?まあ世界を救ったから私はもう呪われちゃってる。でも私の破滅と引き換えに救われた世界なんて随分と安いよね。そんな世界が良くなるなんてことないのに、宙翔はいつも世界をよくするなんて繰り返してる。徒労だよね。世界が良くならないと、自分の人生が良くならない人って、きっと周りには迷惑だよね。自分のことだけ考えてればいいのに。あれでも?」
私は古い花をゴミ箱に捨てる。ついでにポンポンも一緒に。
「常盤くんはどうなんだろう。世界が救われたら嬉しいのかな?でもそれよりも…」
スマホを取り出して彼と一緒に映る写真を見た。私はとても楽しそうに笑っている。
「なんだ。世界が救われてなくても私すごく笑顔でいられてるんだね。破滅するところを見ててほしいってこの間まで思ってたのに。うん。そうだよ。私どうせ呪われてるから破滅するところを見ててほしいって思ってたんだ。でも常盤くん、なんか私に別の何かを選んで欲しがってるみたいなの。でも私が選んで何か意味あるのかな?私がちゃんと考えて選んだからこそ、あなたはぐちゃぐちゃに破滅したし、宙翔はなにかにいつも焦る様になっちゃった」
私はそばの机に置いてある『王権』というタイトルの本を手に取りバックに仕舞う。この本はこの間、宙翔が見舞いに来た時に彼が忘れていったものみたいだ。一応家に届けてあげようと思う。
「ねぇ。もしかして違うのかな?破滅するまでの間、楽に生きたいから、常盤くんを好きになったって思ったの。違うのかな?ねぇ。違っててもいいのかな?例えばあなたが欲しがった未来みたいなものを私は常盤くんと一緒に夢見てもいいのかな?」
私は立ち上がってドアに向かう。
「残念だけど、今日もキスはしてあげない。だってあなたはずっと眠ってるべきだから。じゃあまたね」
私は病室を出る。救ったはずの世界で呪われたまま、私は流されて生きていく。




