第132話 そして現れるは最強のライバル
楪のブースには女の子がそこそこ列を作っていて、盛況のようだった。
「あ、かなたさーん!見てくださーい!」
ブースから楪が出てきて俺の傍に駆け寄ってくる。彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「すごいですすごいです!身内以外にも売れてるんです!身内以外にもですよ!」
「お、やったじゃん。本当によかったね。おめでとう」
楪は俺に抱き着いてくる。俺は頭をよしよししてやった。
「ところでそちらの皆さんは…?」
楪は真柴達のことを怪訝そうに見ている。
「まさかわたしの同人誌をバカにしに来たんですか?!」
「発想がネガティブだなぁ」
「学校の裏サイトで同人誌を晒し上げて悦に浸る気ですか!?わたしはそんなものには決して負けませんよぉ!キエエエエエエエエエエ!」
なんだかんだと緊張やら興奮やらで楪はいっぱいいっぱいのようだ。
「そんなことする連中じゃないよ。楪。この三人はお前の同人誌を買いに来てくれたお客さんだよ」
「ふぇ?そうなんですか?」
それで楪は落ち着いてくれた。と同時に真柴に袖を引っ張られる。
「ねぇ。まさかなんだけど紅葉楪さんが乳袋チェスト先生なの?」
真柴は如何にも信じたくねぇって顔をしている。だけど事実だ。
「そうだよ。お前の推しがこいつや」
「マジで…うごごご…際が揺らいでいる。彼岸が近すぎぃ!」
なんかよくわかんねぇ用語を使うのやめて欲しいんだけどなぁ。まあ顔見知りが推し作家だったとかマンガみたいだよな。
「へぇ。算数ちゃんは小説書いてるんだ。算数得意なのに国語も得意なんだすごいなぁ」
五十嵐は素直に感心しているようだ。
「小説書くのに国語力は関係ない気もするけどなぁ。ところでカナタ君。あの男装のコスプレの子の前の列は一体何?」
ツカサが目を向ける方にコスプレしたミランと、その前に並ぶ女子の列があった。列に並んでいる人たちはみんな楪の同人誌を持っている。
「なんだろう?でもろくなことじゃないのはわかるな」
とりあえず俺たちはその列に近づいて何をやっているのか確認をした。
「この芋女。オレの視界で田舎臭い尻をふるんじゃねぇよ」
ミランは冷たい表情と声で目の前の女子たちを罵っている。
「「「キャー!もっと罵ってください!」」」
何これぇ…。俺は楪の方に目を向けた。楪はドヤ顔を浮かべる。
「購入特典の一つです!ヤクザ王子ハリントンに罵ってもらえ、ついでにいっしょにチェキがとれます!!」
ハリントンに扮するミランとさっきまで罵られていた女子たちは仲良くチェキを取っている。ついでによく見るとミランの席にドリンクやらお菓子屋らが山積みになっていた。差し入れ?いや貢物だ?!
「へぇ楽しそう!私も行く!」
五十嵐はルンルンとミランの列に加わった。そして順番が来たときにミランは驚愕の表情になった。
「何でここに五十嵐さん?!」
「美魁すごくかっこいいね!コスプレも似合うんだね!素敵!」
ミランは明らかに戸惑っている。
「えっとこの列に並んだってことは原作の台詞を言って欲しいってことでいいんだよね?」
「原作?よくわかんないけど!わくわく!」
「んん?んごほん!この芋女!近寄るんじゃねぇよオレのスーツが芋臭くなったらどうしてくれるんだ?あ?」
「え?ひど。なんでそんなひどいこと言うの?私悲しい…」
駄目だ。徹底的に二次元文化に向いてないよ五十嵐さん。
「わわわ。今のはあれだよ!このコスプレのキャラの台詞なんだよ!五十嵐さんが芋女ってわけじゃないから誤解しないで!」
ミランがあたふたとフォローしている。だけど五十嵐はまだ沈んだ顔をしている。
「あ、あの!おっぱい!おっぱいさわっていいから!」
「え?いいの?!」
「う、うん。いいから…どうぞ…あはは…」
五十嵐はすっかりご機嫌になり、ミランの後ろ側に回り込む。そしてコスプレのスーツ越しにおっぱいを揉み始める。
「あれ?なんかおっきくなってない?」
「そ、そんなことないから…」
そしておっぱいを揉まれている姿を他の女子たちが頬を赤らめて撮っている。これ原作ブレイクかな?キャラ崩壊はいけないよ。まあバカどもは放っておこう。
「あ、あの。乳袋先生。ぜひこの色紙にサインください!」
真柴は頬を赤らめながら頑張って楪にサインを求めている。楪は色紙を受け取り。涙を流しながらそこにサインをした。そして二人は抱き合う。
「初めてサインしました!うぇえええええんん!これでわたしも小説家ってなのっていいですよねぇ!」
「乳袋先生はいつも面白いものを書いてるからちゃんと小説家だよ!うわあああああん!」
わりと人見知り同士な二人が共感しあっているのを見るとなんか嬉しくなってくる。
「いいね。尊いなぁ」
ツカサもほっこりとした笑みを浮かべている。
「ああいう尊い関係の女の子二人と3Pしたいなぁ」
「その夢は叶った瞬間に尊さがなくなるから抱くのをやめてくださいお願いします」
とりあえずここにいる連中は一人残らずバカである。俺はとりあえずブースの中に入って、買ってきたドリンクを床に置く。そして綾城にミネラルウォーターを渡す。
「どうよ。売れてる?」
「ええ。ザクザク売れてるわ。作った甲斐があるわね。とても楽しいわ」
綾城は優し気に微笑む。
「でも不思議ね。正直こんなに売れるとは思ってなかったのよ。書籍化作家の同人だってこんなに売れないでしょうに。なんでこれで楪の作品が書籍化していないのかがますます不思議になって来たわ」
「そう言われるとそうだな。でも今回の同人誌が売れたって話を出版社が聞けばオファーが来るんじゃないかな?」
「そうよね。そうじゃなきゃおかしいわ」
俺たちは改めて不思議がる。PVも★もいいねも書籍化作品よりも稼いでいるのにオファーが来ない。改めて考えるとおかしい気もする。数字が大事だからこそ評価システムがあるのに、それを無視して他の作品が書籍化していくのは不自然にも思える。
「あの…その話ちょっといいかな…」
真柴がすごく気まずそうに俺たちの話に割り込んできた。
「どしたん?」
「乳袋先生の作品が書籍化されないの、うちも不思議だったんだけど中の人が楪さんだって分かったら納得できたの」
俺は真柴のその言い方だけで事情を察してしまった。一番考えたくないケースである。
「葉桐くぅん?」
「…。はい…ひろのせいだと思います…多分楪さんの個人情報を調べて趣味も把握しているはずだから、出版社に圧力かけてわざと書籍化止めてると思うの。書籍化カードでそのうち杠葉さんに揺さぶりかけてくるんじゃないかな?」
葉桐は絶対に期待を裏切らない男だ。もちろん斜め下の方向にだ。俺も綾城も遠い目で引き笑いをするしかなかった。
「とりあえずそれ本人には今は内緒にしててくれ。俺が裏で何とかする」
金なら死ぬほど余ってる。どこかの出版社の株式を敵対的買収してでも葉桐の圧力を排除してやろう。まあこうやって裏の事情も分かってくれたので、今回のコミケ参加は楪の創作活動にとって大きくプラスになったんだろうなと思った。その時だった。
「すみませーん。一部くださーい」
聞いたことのある声がした。顔を向けるとそこにはJKキャラの制服のコスプレをした女の子がいた。赤毛のツーサイドアップの美人で茶目っ気のあるオタサーの姫っぽい雰囲気。ていうか。
「ムーちゃん?」
「あれ?!カナタ君!すごーい!こんな偶然あるんだぁ!これってもしかして運命かな?いやだ私ったら物理学者なのに非科学的なこと言っちゃった。はんせい」
これはもう物理的に俺のこと好きなの確定でしょ(蓋然)。
「大学のコスプレサークルで参加してるの?」
ムーちゃんはコスプレサークルにも入っている。というかオタサー系サークル全部制覇していたはず。
「それもあるけどぉ。…会いたい人がいるの。ええ、どうしても会いたい人がね…」
ひどく真剣で厳しく冷たい声に俺は震えを感じた。なんだこのプレッシャー?!オタサーの姫が不機嫌になるとおろおろしていしまう陰キャとしての本能がそう感じさせているのか?!
「そう。私は会いに来たの。乳袋チェストせんせぇい!ひゃは!!」
それはひどく禍々しく獰猛な笑みだった。オタサーの姫がしていい顔じゃない。その鋭く狂気に満ちた眼は楪を捉えている。楪はその瞳に睨まれてぴぃっと声を出して俺の後ろに隠れる。
「わ、わたしに何の用ですか?!オタサーの姫ならコスプレブースで写真撮られてアヘ顔晒してるもんでしょう!!わたしみたいな陰キャに何の用ですか!?」
アヘ顔はともかく、jkのキャラのコスプレがよく似合っているムーちゃんならコスプレエリアで人気爆発間違いなしだろう。当然俺は睨みを聞かせてカメ子たちの交通整理係を買って出る。
「ねぇねぇこのコスプレのキャラって知ってる?ラノベ好きなら知ってるよね?」
ムーちゃんはその場でくるりと一回転してみせる。スカートがふわりとなって一瞬パンツが…見えない…コスプレの規制のせいでスパッツを履いてた。
「それくらいラノベに死狂いしてる人なら知ってますよ。『親友のカノジョが俺にだけエロい』略してカノエロのヒロイン堤美矛でしょう。ミーハーなオタサーの姫なら間違いなく選ぶ今人気のキャラですよね!」
ところどころ言葉に棘のある楪だが、ムーちゃんにはちっとも効いていない。その狂気に満ちた笑みは一切揺るがない。てか怖い。コミケでコスプレしている女の子がしていい顔じゃないと思う。
「そう。『親友のカノジョが俺にだけエロい』作者『またたび・ニーソ・シュレーディンガー』略してカノエロはあなたの作品の二か月後にヨムカクで連載が始まった」
「何が言いたいんですか?」
「その三か月後。書籍化決定」
「やめてくださいよ!そういうの!あなたにはわからないかもしれなけど小説書きはそういうのにすごく傷つくんですよ」
「さらにその二か月後。コミカライズ決定」
「ぎゃー!書籍化さえしていないわたしにそんな言葉聞かせないでぇ!」
なんだこの狂気に満ちた雰囲気は。ムーちゃんは楪に追い込みをかけている。だがいったいなんのために?
「現在シリーズ累計(コミックスと電子書籍を含む)1000万部突破!」
「やめてぇ!シリーズ累計って言葉羨ましすぎて頭がバグるぅう!」
そして唇を限界まで広げてムーちゃんは言った。
「そしてアニメ化決定!」
「そんな遠すぎる夢を語らないでぇ!!!」
そしてムーちゃんは高らかに笑いだす。
「くくくふははははははははははあはははははははははは!!!」
「いやなんであなたがそんなに高らかに笑ってるんですか。べつに作者でもないコスプレイヤーでしかないのに」
そうこんなことを一介のコスプレイヤーが口にしたって痛いファンだなって思われるだけである。だけどムーちゃんはそんな奴じゃない。俺の知ってるムーちゃんは…どんな状況でも女子相手にマウントを必ず取る勇者なのだから!!
「じつはさっきまで私も自作の同人誌の販売をしてたの。きつかったわ。わざわざ自キャラのコスプレをしてお客さんに一冊一冊手渡しするのすごく疲れたの」
「な、何を言ってるんですか…?あなたは一体何を言ってるんですかぁ?!」
楪も嫌な予感に気がついたようだ。
「もうお気づきなんでしょう?」
そしてムーちゃんはバックの中から一冊の同人誌を取り出す。そこには『親友のカノジョが俺にだけエロい アニメ化記念公式同人誌』と書いてあった。
「またたび・ニーソ・シュレーディンガー。それは私のことよ」
「嘘だぁああああああああああああああああああああああいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
楪の絶叫がこだまする。
「すげぇ!ムーちゃんがマウント成功させた!初めて見た!すげよ!むーちゃんすげぇ!」
ムーちゃんがはじめてマウントを完璧に成功させたことに俺は驚きを隠せなかった。




