第130話 楽しみ方は人それぞれ!
ここは多分世界一熱い場所に違いなかった…。コミケ。それはまさに戦場だったんだ。というわけでやってまいりました。作り上げた同人グッズを量産して、確保したブースに並べて俺たちの売り場を設営した。
「うう…一冊でいいんです。一冊でぇ!一冊でもいいから売れてぇぇえええええええ!!」
まだ客が会場に入らないうちから売り場の裏側で体育座りして絶望モードの楪。ちなみにペンネーム『乳袋チェスト』。意外と自己主張強いペンネームな気がする。
「大丈夫でしょそれくらい。ほらここにボクを含めて身内が三人!三冊は売れること確定してるよ!」
「身内にしかうれないのいやぁあああああああああ!!!」
ミランはげらげら笑いながら楪を弄ってる。意外とえぐいよねミランちゃんさん。あとでお仕置きしてやろ。
「まあ売れないってことはないと思うわよ。SNSにアップしたサンプルへのいいねいっぱいついてるし」
綾城は普通に冷静だった。こういう場でのこの子は本当に心強い。
「そのいいねが全部botじゃないなんて保障何処にあるんですかぁ!?」
「あらぁ。普段は論理思考でバカしかしないのに、今や緊張で論理も破綻しちゃったのね。かわいそうに。よしよし」
綾城は楪の頭を抱いてなでなでする。結局のところこのメンツはいつも通りなので、ある意味安心である。まあけっこう強気で大量に刷ったけど、俺にしてみれば大した額でもない。やってみるだけやればいい。それが次にきっとつながるはず。
「じゃあ売り子の二人はキャラのコスプレよろしくー」
「「はーい」」
ミランと綾城は衣装を持って更衣室の方へと行った。
「いざとなったらあの二人の美貌を餌にオタどもに押し売りを…!」
「いやいや。それ絶対俺が反社ムーブする奴じゃん。てか女性向けって前提が崩れてるぅ」
「はっ?!じゃあいざとなったらカナタさんに腐女子相手にガチ恋営業で同人誌の同伴DV枕をお願いします!!!」
「同人誌を売るためにDVするのかぁ。とんでもないくそ野郎だな。逆に見てぇよそんな奴いたら」
ふっとその時、誰かに見られているような視線を感じた。その視線を感じる先にはいわゆる壁サークルがあった。可愛いレイヤーの売り子さんがいて、壁一面に段ボールが積まれている。噂ではサークルのプロデューサーは絵も文字も描かずに手下のクリエイターたちに同人誌を書かせるだけ書かせて搾取し自身はその金でタワマンに住んでレイヤーさんと日々パコってるという。
「壁サークル。いわゆる同人ゴロですね。どうしますか!?カナタさんの新しいシノギにしますか?!」
「お前なんだかんだ言って俺に対してもSいよね」
まあそれで緊張が抜けてくれるなら構わない。そしてミランと綾城がコスプレして帰ってきた。
「ボクたちが着替えるのはわかるけど、やっぱりカナタ君はやらないの?」
「俺みたいな強面がいたらお客さんが安心してブースに寄ってくれないよ。俺は近くで後方彼氏面しながら見守ってるから」
流石に俺がブースにいたら女の子が寄ってこなさそう。トラブル対策のために近くで待機はするけど、売り子としての参加は見送りである。
『ただ今より開場いたします!』
アナウンスと共に会場に拍手が湧きたつ。俺たちもいっぱい拍手をする。そして記念に四人が映る一枚をセルフィーしたのであった。
俺はコミケを舐めていた。後方彼氏面?そんなのできるスペースあるかぁぼけぇ!!人の波がマジでやばい。俺は人の流れに飲み込まれて、どこかへと流されていく。気がついたら俺は屋外のスペースにいた。
「やばい。遭難した。コミケこえぇ!」
「あれ?もしかしてカナタ君?」
効き馴染みのある声を聞いた。振り向くとそこにはツカサがいた。
「お、ツカサ。こんなところで奇遇だな。ところでお前何やってんの?」
ツカサは人気少年漫画のキャラクターのコスプレをしていた。だけど首からはすごいごついガチ勢なカメラをぶら下げている。
「え?見てわからない?」
ツカサが悪戯っ子のようにニヤニヤ笑う。
「コスプレだよな?でもそれだけじゃないんだよな…?」
すげぇいやな予感する。ツカサの笑みには邪悪さを感じるのだ。
「くくく。じゃあついてきなよ。僕が本当のコミケの楽しみ方ってやつを教えてあげるからさぁ。ひひひ」
絶対にロクでもないことだと思うけど、面白そうなので着いていくことにした。
「カメラをぶら下げているってことは、レイヤーさんを撮りに来たんだよな?」
「うん。そうだね。でも有名な人はあらかたもう撮ってきちゃった。それよりもまだ有名じゃない人がねらい目なんだよね」
「ねらい目…?」
「そうそう有名な人って気ぐらい高いし、だいたい神絵師とか配信者と繋がっててパコってるから揉めるしね」
「揉める…?」
まるで何かの経験者のように語るツカサの語り口に戦慄を覚える。そしてツカサに連れられてやってきたのはコスプレ会場でもかなり離れた閑散としたところだ。レイヤーさんはけっこういるけど、カメラマンはあんまりいない。
「こういうところってカメラマン来ないんだよね。あいつら写真送るよって手口でレイヤーと繋がってワンチャン狙いするくせに、こういう閑散としてて会話が1on1になりがちなところには、根が陰キャだから絶対に来ないんだよね」
「なんだその闇に溢れたコミケ裏情報は?!こわい!ツカサ君ちょっと怖い!」
ツカサから闇のオーラが放たれているのが見える。ような気がする。そしてツカサは近くにいたボッチのレイヤーさんに声をかける。
「すみませーん。撮ってもいいですか?」
「え?あ、はい!かまいません!どうぞ!」
レイヤーさんは普通にかわいい子だった。だけど撮られなれていないのか、ポーズがぎこちない感じだった。ツカサはそれでもシャッターを切り続ける。
「かわいいかわいい。はい。笑って。うん。すごくかわいいよ。あはは」
そしてあらかた撮り終わると、ツカサはレイヤーさんに近寄って、撮った写真を見せる。
「どうかな?可愛く撮れてるでしょ?」
「ありがとうございます!でもわたしなんかあっちの有名な人に比べても全然で…」
「そんなことないよ~。向こうの人たちより君の方がずっとかわいいし。綺麗だよ」
すげぇチャラい!だけど相手の女の子の顔を見ると柔らかい笑みで恥ずかしがっている。強張った様子はない。なんかナンパとしては十分成功しているような気がする。だが闇のコミケ王子の手練手管はこの程度ではなかったのである。
「でもね。君まだなんか硬いよね。ここ来るの初めて?」
「はい。勇気を出して来たんです。でもなんか人いっぱいいて怖いし、有名な人はみんなキラキラしてて」
「そっかー。大変だよねーわかるー。でもさ僕が思うに君って硬さ抜けたらもっと輝けると思うんだよね。まずはリラックスしようよリラックス!」
そう言ってツカサは女の子の両方のほっぺをぷにーっと引っ張る。
「きゃ!もう…びっくりしたぁ」
絶対にこれってセクハラなんだよね。だけどイケメンがやればそれはただのスキンシップである。
「でも余計な力抜けたでしょ?」
そう言いながらツカサはウィンクする。なんだろう。ミランから言わせれば臭い芝居だろうけど、目の前の女の子の顔がほっぺた赤くして目を潤ませて笑みを浮かべているのを見ると大成功なんだよな。
「じゃあ僕の指示通りに動いて。絶対に輝かせるからさ」
そして再びツカサは撮影を開始する。レイヤーさんはさっきよりも柔らかで可愛くそれでいて素敵な笑みを浮かべている。
「両手を上げて。そうそう。でもカメラじゃないよ。僕を見るんだ。僕の目を見て…」
「は、はい…」
レイヤーさんは両腕を頭の上で組んで胸を強調するようなポーズを取った。彼女の瞳はツカサをウルウルと発情したような熱さで見詰めている。そしてその最高の瞬間をツカサは写真に収めた。
「どう?綺麗でしょ」
「うん!すごく綺麗…!」
レイヤーさんはうっすら涙を流しながらツカサの撮った写真を見ている。その写真の出来は確かに感動的なくらいに綺麗だった。
「じゃあデータ渡すね。レイヤーのアカウント教えて。そっちに今から送るね」
「え…あ、あの。私、その…」
レイヤーさんがモジモジしている。俺からは彼女が背中の後ろにレイヤー用の名刺を持っているのが見える。
「あ、もしかしてレイヤー用のアカウント持ってない感じ?」
「そ、そう!そうなんです!だから申し訳ないんですけど、プライベートの方に送っていただけると…」
「オッケーいいよ。送るね」
ツカサとレイヤーさんはさっとスマホを取り出して、プライベートの連絡先をささっと交換した。
「ところで帰りって電車?」
ツカサがなんか変なことを聞いている。
「はい。そのつもりですけど」
「知ってる。実はここから秋葉原への帰りのバスが出てるんだよね。どう?いっしょにそのバスに乗らない?それでアキバで今日の戦利品自慢し合おうよ」
「わぁ!すごく楽しそう!いいですね!行きます!」
アドレス交換からのコミケ後デートの確約を取り付けた?!なんて神業?!
「じゃまたあとでねぇ!」
「はーい!待ってまーす!」
二人はハイタッチして手を振り合って笑顔で別れた。レイヤーさんはその場に残ってコスプレを続けているが、時たまツカサの方に視線を送っている。気になってるのバレバレである。
「ふっ。これが美甘流孤美華雄持痴帰裏術誇棲伏例友釣刕」
俺の方に戻ってきたツカサはニチャアアとドヤ顔を浮かべている。張り倒したいこの笑顔。
「コミケのコスプレは端っこの方が穴場なんだよ。まだデビューしたての擦れてない素直な子ばかりなんだ。だけどそれでも女の子である以上ナンパへの抵抗心はある。それを同じコスプレイヤーに擬態することで警戒を解き、相手の自信のなさに漬け込んで、リードを確立。そして綺麗な写真を撮ってあげることで喜ばせてあげる。さらにコミケに慣れてない人は知らない。帰りのアキバ行きへのバスという戸惑いアイテムで相手にデートへの断りを入れるチャンスを封殺し、コミケの打ち上げを名目に一緒にコミケから帰ってデートに流れ込むところまで持ち込む!あとは流れるようにホテルに連れて行くだけ」
「お前の手口の論理的裏付けに戦慄を隠せない」
ナンパを自分なりに論理化してる奴ってほんと強い。
「カナタ君も真似していいよ!」
「いや俺はいつものメンツと来てるしナンパはいいですはい」
「そっか。残念。僕の流派を継いでくれるのは君だけだと思っていたんだけどな」
「そんな流派は途絶えてもいいと思うよ」
コミケのナンパには気をつけようって今後は啓蒙していこうと思いました。
「ところで俺らで作った同人あるんだけど買いに来ない?」
「え!?そんな面白そうなもの作ったの?!いくいく!」
とりあえず一人客をゲットした。俺たちは楪こと乳袋チェスト先生のブースへと向かうことにした。




