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嫁に浮気されたら、大学時代に戻ってきました!  作者: 万和彁了
シーズン・4  After 『誰よりも輝ける夏』

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第125話 羨ましいってこういうことじゃない?

地下アイドルのライブに来るのは初めてだ。観客が女子ばかりで俺には居心地が良くない。


「どうしよう…女の子しかいない…うっ!」


 ムーちゃんは気持ち悪そうな表情を浮かべている。俺は思わず彼女の背中を撫でてしまう。


「どうしたの?」


「…私ずっと理系だったからこんなに女子しかいない空間がなんかちょっときついかも…」


 青白い顔で呟く言葉には嘘はなさそうだ。理ケジョの姫は逆に女子の世界には適応できないのかもしれない。


「まあ男の俺でよければ隣にいるから安心してよ」


「うん、ありがとうね常盤くん…」


 ムーちゃんは俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。


『待たせたな姫たち!!いくぜ!!』


 壮大なイントロが流れ始めてステージにライトが輝く。イケメンたちが並び立っている。その真ん中にワタヌキが堂々と立っていた。


『『『『きゃーーーーーーー!!!』』』』


 女の子たちの声が響く。ステージぎりぎりまで彼女たちは近づいてアイドル達に夢中になっている。


「うお。すげぇ。これが地下アイドルのライブかぁ。モテモテだなぁ」


 若干羨ましさは感じる。アイドル達は女子たちにキャーキャー言われてるんだもの。モテ度が半端ない。


「ムーちゃんはどう?ああいう人たちに惹かれたりする?」


「え?べつにそうでもないかな」


 順然たる興味で聞いたのだが、ムーちゃんはちっとも興味なさげに見えた。髪の毛の先を弄ったりしている。


「だってあの人たちってきっと波動関数とか素粒子の振る舞いとか統一理論の趨勢とかに興味もないんでしょう?お話合いそうにないかな」


「俺もそこら辺の理論には全然詳しくもないし興味もないよ」


「でも常盤くんはちゃんと建築学みたいなサイエンスを学んでいるでしょう。サイエンスに興味のない人の世界観は狭いからお話したくないしお付き合いもしたくないかな」


 ムーちゃんはミーハー系だと思ってたけど、男の趣味については一貫したものがあるようだ。あくまでも女子ヒエラルキーでウケがいいから文系彼氏とか言ってるだけなのかも知れない。


「でもあのアイドルたちをサイエンスの対象にするのは面白そうだよね!」


「おめぇは何を言ってるだぁ?」


 お目目をキラキラと輝かせてアイドルたちを見るムーちゃんだが、それは恋する女の子的なものではなく解剖を待つカエルに向ける視線に近い。


「あのステージのバックライトの点滅のパターンは経験則によって導かれているのでしょうけどもその裏側には人間の認識パターンに基づく理論がきっとあるはずなの例えばペンライトを使った凝視法による催眠に近い効果がおそらく存在しているのよさらにあのふりつけには人間の女性すなわちメスの配偶行動を司る神経を刺激し発情を誘導しているんだと思うのあそこにいる女子たちは推しやら恋なんて言葉で自分の認識を糊塗しているのだけど実際はあの行動は発情そのものであり交尾をして受胎したいという繁殖行動そのものなんだと思うの社会活動は高次なものだと思われていたのにそれは基盤としての生物学的要素がちりばめられているわ面白いわすごくね」


「お、おう。そうだね」


「あ、ごめんね!てへ。私ってよくお喋りしぎって怒られちゃうの許してね」


 舌をペロッと出して謝ってくるムーちゃんだったけど、まあこれの早口な語りは女子世界では嫌がられそうだなって思う。なんだろう。この理ケジョの姫さまは姫様以外にはなれない可哀そうなやつなのではないかと思ってきたんだけど。そして歌が終わりMCトークな時間になった。アイドル達の内輪トークに女子たちは楽し気に頷いたり笑ったりして楽しんでる。


「どうだった?ホヅミ君のパフォーマンス?かっこいいでしょ?」


 野本さんが俺たちの傍にやってきた。自信に満ちた顔をしている。


「そうだね。かっこよかったよ」


 べつに否定する理由はないので俺は頷いた。野本はそれで満足したのかうんうんと頷いている。


「ムーちゃんはどうだった?わたしの彼氏素敵でしょ?」


 羨ましがらせたい。それが人間のマウント行動の原則の一つだと思う。ムーちゃんはその匂いを機敏に感じているのだろう。眉を歪めている。


「実はこの後、ホヅミ君とグループのメンバーと一緒に打ち上げに行くんだけどムーちゃんも来ない?」


「打ち上げ?それってもしかして私だけ誘ってる?」


「うん。だってきつくない?ホヅミ君たちと違ってそっちの彼は普通の人でしょ。気まずい思いさせたくないから気をつかってるんだけど」


 それって全然気を使ってないよね。でも普通の女子だとこれはきつい選択なのかもしれない。友人の彼氏は自分の彼氏よりもすごいしかっこいい。だけどその彼氏と同じスペックの男たちを紹介してあげると野本の言葉の裏側は言っている。断っても友達の彼氏よりもかっこよくない彼氏ととぼとぼ帰るだけ。それは惨めだろう。あくまでも偽彼氏の俺から言えばムーちゃんがここで俺を放っておいて打ち上げに行っても責められないかなって思う。だけど。


「そんなことない…」


 ムーちゃんはぼそぼそとつぶやく。


「ん?何か言った?」


「私の彼は普通じゃない!!すごい男の子なんだから!!」


 俺の腕をぎゅっと掴みながらムーちゃんは叫ぶ。その叫びはライブハウスの爆音にかき消されたけど。しっかりと俺の耳に響いてきた。


「ふ、ふーん。彼氏のことを庇ってるんだ。優しいねムーちゃん。でもさ素敵な人と付き合いたくない?今メンバーの人たちフリーだからムーちゃんなら絶対に付き合えちゃうよ」


「だから常盤くんは素敵だって言ってるの!!」


 食い下がる野本にムーちゃんはまたも咆哮を浴びせる。そしてふっと野本がやたらと打ち上げに連れて行きたがる理由に察しがついてきた。


「あのアイドルのひとたちよりも、ううん!あなたの彼氏よりもずっとずっとずっと常盤くんの方が素敵な人なんだから!!」


 地下アイドルの推し活に沼らせる。強引な打ち上げへの勧誘なんかはそれで説明がつくと思う。それで風俗に沈めればムーちゃんは美人でスタイルもいいから大金を稼げるはずだ。だけど野本とムーちゃんはそれでもかなり親しい仲だ。単に金が目的とは思えない。それ以上に野本が友人相手にそうせざるを得ない事情の方が気になる。


「じゃ、じゃあムーちゃんの彼氏の素敵なところを見せてよ。わたしすごく見たいなぁムーちゃんの彼氏の素敵なところ!」


「…んぐぅ…いいよ!ええ!見せてあげる!札幌のDV王子にできないことなんてないんだから!!」


 何?DV王子って何?綽名がヤバすぎる!というかムーちゃん。また勢いで変なこと言ってるぅ!これなんかしなきゃいけない流れになっちゃってるよね?


「と、常盤くんぅん」


 ムーちゃんが俺に期待の眼差しを向けている。可愛いけど無茶が過ぎる。だけどやらなきゃいけないんだよね。俺は男なんだもの。


「わかったよ。ちょっと準備してくるからお二人さんは待っててよ」


 俺はそう言ってライブハウスの出口に向かう。


「あれぇ?彼氏さん逃げてるんじゃない?」


「そんなことないから!常盤くんを私は信じる!!」


 そう言ってくれて嬉しい。だから期待には応えてあげよう。俺がキラキラに輝くところを見ててくれ。








 勢いって怖い。だけどここで退くなんてできない。今日は連絡があったときから嫌な予感がしていた。野本さんはやたらと必死に私を呼び出そうとしていた。その声には焦りが感じられた。数少ない友達だったから私は応じた。だけど怖かったから常盤くんについてきてもらった。偽彼氏なんてのはただの嘘。何か嫌な予感のする私なりの大義名分に過ぎなかった。野本さんは私にひたすら地下アイドルと付き合う自分を羨ましがらせようとしていた。そして打ち上げに誘って地下アイドルの男と付き合わせて沼らせたいんだなって察した。私を沼らせて風俗にでも沈めるつもりなのかなって思った。だけど野本さんはそんな人間じゃない。それはよく知っている。彼女は浮きがちだった私を本当の意味で庇ってくれていた人だった。今私がやっている事だって彼女の真似っこ。私は野本さんが好きだ。こうやって今私をだまそうとしている時でさえも好きなままだ。何か事情がある。むしろその事情ってやつは私のせいなんだろうなって思った。大学に入る前から私のところにはいろいろな人たちから勧誘があった。その才能を活用して世の中をよくしよう。みんながみんな判を押したようにそんな建前を掲げていた。私の才能をみんなが必要としている。だけど私は真理にしか興味がない。そういうのはずっと断っていた。だからきっと野本さんを利用して私を手に入れようとしている人たちが何かを仕掛けてきたんだなって思った。無視してもよかった。だけどそうしたら野本さんが可哀そうな目に合う。それは嫌。今日は意地悪だけど、いつもは優しい女の子だった。いつか約束していた。好きな人を紹介するって。その約束はまだ果たされていない。野本さんを守れるのは私だけ。でも期待していいのだろうか?常盤くんは私の無茶ぶりにあっさりとわかったと答えてくれた。あの紅葉さんが依存する男の子なのだ。だから期待してみたいと思ってしまった。私と野本さんに迫る手を彼ならば払いのけてくれるのだろうか?もしそれができる人ならば、それはきっとすごくかっこいいんだろうなって思う。


『うぇーい!!今日のラストソングは姫たちも大好きな…うわっ!?』


 その瞬間ライブハウスの中が真っ暗になった。みんながざわめきだすが、すぐに明かりが戻る。


「え?うそ…?」


 私は驚いた。ステージの真ん中でスポットライトを浴びている男の人は常盤くんだった。


『え?だれ?』『サプライズ?』『顔はいい?』『でもなんかヤクザっぽくない?』『なんかグループと空気感違くない?』『わたしはありかな!』


 お客さんの女子たちは戸惑いを隠せていない。常盤くんは大礼服みたいな大仰な衣装を聞いている。周りが王子様っぽいのに一人だけ王様みたいに見えた。


「王子様にキャーキャーする時間は終わりだ。これから王様のタイムだ…!跪けよ!レッツミュージック!!」


 その合図とともにステージの後ろにバンド隊が現れて楽器の演奏を始める。元からいたワタヌキ君たちの王子様グループは突然の状況にみっともなくオロオロしていた。


『■■■■■~♪』


 常盤くんの歌っている歌は彼のグループのミランさんの曲だった。綺麗なメロディーと迫力のあるボーカル。そして不思議だった。なによりも彼の立ち振る舞いには王子様達にはなかった『威厳』というものがあったのだ。


『キャー!王様ぁ!!』


 客席から女の声が響いた。それが引き金になって、女子たちのボルテージが上がっていく。最初は戸惑っていたはずなのに、今や常盤くんのステージにみんなが夢中だ。その熱狂はさっきまでとは違う。ミーハーさなんてもうどこにもない。なによりも荘厳で狂喜的で神聖な熱を感じる。夢中になっている。いいや違う。これは酔っているんだ。みんなが彼のカリスマに酔っている。私はフラフラとステージに近づいていく。そして女の子たちをかき分けて常盤くんの目の前までやってくる。ステージの上に立つ彼を見上げる。すると私に気がついた彼は、その場にしゃがみこんで、私の顎に手をやり。


「っちゅ…」


 唇を奪われた。周りの女子たちの羨ましそうな視線が私のゾクゾクと震えさせる。選ばれた。王様が私を選んだ!!私は振り向く。ライブハウスの後ろに野本さんがいる。彼女は私を悔し気な目で睨んでいる。それを見て初めて勝ったとと思った。そして同時に私はその王様に沼ってしまったのだ。よくいるそこら辺の女の子のように。












 ライブハウスのマスターとスタッフのほっぺたを札束で叩くのは気持ちよかったです。金の力でスタッフを買収し、急遽バンド隊を金の力で呼び寄せてミランの曲をカバーしてみたけど即興の割にはウケてくれたので良かった。世の中奇襲に勝ることはない。王子様たちが戸惑っていて逆に俺が堂々と歌い上げれば、ステージのジャックは難しくないと思っていたけどうまくいた。そしてライブ終了後、俺とムーちゃんと野本さんとワタヌキの四人がステージの上で会合を持った。


「つまり葉桐の指示だったってことだな?」


 ムーちゃんを地下アイドルに沼らせて苦境に追い込んだ後に葉桐がムーちゃんに恩を売って縛るという作戦だったらしい。


「はい。オレはグループメンバーがやらかしたスキャンダルをネタに脅されて、彼女は困っている俺を助けるために三鼓さんに工作を仕掛ける手伝いをしてくれたんだ。悪いのはオレだけなんだ。彼女は関係ない」


 ワタヌキは俺とムーちゃんに向かって堂々と土下座した。というか葉桐くぅん。日本にいないのに俺に迷惑をかけてくるあたりがマジでクズ。でもムーちゃんのことはあいつとの停戦の条件に入ってないから、責めるのは難しいだろう。というかたぶん葉桐は俺がムーちゃんと知り合いだって知らないのではなかろうか。


「お前ごめんなさいできる奴なんだな。しかも女の子を庇うのか?共犯なのに?」


「俺は女の子たちを喜ばせるためにアイドルやってるんだ。女の子を泣かせるつもりはない」


「ホヅミくぅうんん。うわぁあああああああん」


 ホヅミのかっこいい啖呵に野本が泣いている。こういうの見せられると強気に出られなくなるな。


「でも俺は間違ってたよ。地下アイドルは勘違いしてファンの女の子を食い物にする奴がいる。俺のグループでやらかしたやつもその手合いだ。庇ったのが間違いだった。そいつはグループから追放することにするよ。俺たちはやり直す。もちろん君が許してくれるならばだけど」


 俺は肩を竦める。この二人を責める理由は俺にはない。


「ムーちゃんはどう?」


「え?私?……誰も傷つかなかった。だからもういいかな」


 ムーちゃんは微笑を浮かべる。とくに遺恨はないらしい。野本は泣きながらムーちゃんに頭を下げる。


「本当にごめんなさい!私は友達だったのにこんなことをしてごめんなさい!」


「ううん。いまなら彼氏とか沼った相手のために何でもやれちゃう女の子の気持ちがわかるから。だからもういいの」


「ムーちゃん!うわぁああああん!」


 野本はムーちゃんに抱き着いてわんわんと泣く。ムーちゃんは優し気にその背中を撫でている。これでこの件は一件落着かな?


「さて。打ち上げにでも行こうか!歌舞伎町の夜を楽しもうぜ」


 俺は三人を打ち上げに誘う。そして俺たちはライブハウスを後にした。










 今日のライブは私の一生の思い出になった。真理以外の何かに沼るという感情を知った。私はちゃんと女の子なんだと知った。彼のいるこの夏の日々が楽しみで仕方がなかった。



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