第102話 理ケジョの姫
今日俺はここにマウントしに来たはずだった。だけどね。この子かわいいわ。普通に大学生っぽい感じがすごくいいです。
「三鼓さんは」
「私のことは下の名前でいいよ。呼びにくかったらムーちゃんでいいよ。みんなそう呼んでるの。ふふふ」
いやん。ムーちゃん可愛いです!こういうのがいいんだよ!大学生になると不思議とみんながみんな下の名前で呼び合うようになる。だけどそこにはなんか無理があるように思えるんだ。とくに陰キャ。こうやって女の子側からオッケーくれるのってすごくアリです!自分が今少しデレっとしてるのがわかる。
「そうかムーちゃん。俺もカナタって呼んでよ。みんなそう呼ぶからさ!」
今の俺の女子の前でテンション上がっちゃってる感がいい感じにキモくてなんか愉しい。可愛いあの子と飲み会でおしゃべりしたんだぜ!ってあとで陰キャ界隈で自慢するんだ!そういう楽しみ方ももちろん大学生活の醍醐味なんじゃないかと思う。
「そう?なんかカナタ君って話やすくていいね。この飲み会ってすごく理屈っぽくてさ…私ぶっちゃけ退屈だったの。仲間見つけられた感じがして楽しくなってきちゃった、うふふ」
そう言って俺の二の腕をムーちゃんは撫でてきた。これ絶対俺のこと好きでしょ(願望)。あはは、やば。すげぇ愉しい。酒がすすむ。俺は照れ隠しのつもりでグラスのビールを一気に飲む。すると。
「へぇカナタ君ってビール強いんだ。大人だね!」
「まあ俺ビールにうるさいからね」
「ビールに詳しいんだね!じゃあこれとかどう?」
ムーちゃんはビール瓶を持って、俺のグラスに注いでくる。その注ぎ方はマナー講師も文句がつけられないくらい完璧な所作だった。俺は注いでもらったビールを速攻で一気飲みする。陰キャは女の子に注いでもらうとすぐに一気しちゃうんだ!
「くぅぅ!うまい!この苦みがいいんだよね。苦みサイコー!あはは!」
「わーいいなぁ。私も苦いお酒の良さとかわかる大人になりたいなぁ」
ムーちゃんが手に持っているグラスの中にはココアみたいな液体が入ってる。
「それカルーアミルク?」
「うん!私苦いお酒苦手だからこれくらいしか飲めないの」
カルーアミルクしか飲めない女子ってホントいいよね!コンビニでカップ酒を買ってその場で飲み干すモンスターさんには是非ともこういうのを見習ってほしいなって!
「そうなんだー。でもカルーア美味しいよね。俺たまにバニラアイスの上にカルーアかけて食べたりするよ」
「え?そんな食べ方あるの?美味しそう!」
「是非ともやってみてよ」
大学生理系男子あるあるだけど、酒のちょっと凝った飲み方を女の子に披露したくなりがち。くぅう!実に大学生っぽくて愉しい!
「うん。やってみるね!」
俺が提案したことを今度やってくれるって言ってる!この子絶対俺のこと好きでしょ(期待)。
「ムーちゃんは物理学科ってことは俺より頭いいんだよね。すごいよねー」
「えーそんなことないよー」
「そんなことあるよー」
「「あはははは」」
俺たち息ぴったりじゃん!?この子絶対俺のこと好きでしょ(忖度)。
「でもわたしってあんまり真面目系じゃないからね、学科の他の女子ともあんまりうまくいかなくってさぁ。頑張って仲良くなろうとしてるんだけどいつも空回りしちゃってるんだよね」
そう言ってムーちゃんはこつんと頭を叩いて舌をペロッと出す。可愛いなぁ。普通に可愛いなぁ。こんなに可愛い子をハブるなんて許せねぇ!!
「でもムーちゃんならサークルとかならうまくやってけるんじゃない?」
「サークルかぁ私って高校までは地味だったからぁあんまり派手なところ苦手で…オタサーとかコスプレサークルとかには入ったんだけど、やっぱり女の子と仲良くできなくてぇ。私は仲良くしたいんだけどなぁ。何がダメなんだろう?」
「ムーちゃんはあれだよあれ!綺麗だし頭もいいから他の子とレベルが違うんだよ。なんていうの?魂の波長的な?そういうのが合ってないだけだって!」
「あはは。魂の波長かぁ!それは初めて言われたかもぉ!カナタ君って面白い人なんだね!」
あっこれもう俺のこと絶対に好きだよね(確信)。女の子って面白い男好きだもんね!まいっちゃったね!これはまいっちゃったね!これだったら連絡先くらい交換できるよね?行っちゃう?!俺はスマホをさりげなく取り出して。
「連絡先を」
「私もちょっとだけ他の女子とは合わないかなって思ってたんだぁ。だからさ。この間思い切って数学科の女子に声をかけたの!」
陰キャあるあるだけど、連絡先を自然に交換できないまま終わることありがち。
「紅葉さんって女の子なんだけど知ってる?」
「うん。まあ知ってるよ」
「だよね!あの子って本当にすごいんだよ!大学入る前から論文出してたらしいし、綺麗で可愛いし、お友達になりたかったなぁ…」
ムーちゃんは寂し気な笑みを浮かべて儚げに可愛いく見える。
「私不器用だからうまく気持ちを伝えられなくて…。どうやったら杠葉さんと友達になれるのかなぁ?」
俺は義憤にかられた。ムーちゃんをこんな顔にさせた杠葉という女子が許せねぇ!そんな時だった。
「あーカナタさんこんなところにいたぁ!」
頭の後ろに柔らかくてだけどなんか重い感触を感じた。頭を少し上げるとニットのふくらみ越しに楪と目があった。
「俺の頭になんか当たってるんだけど?」
「当ててるんじゃないんです。乗せてるんですよ。ぐふふ」
楪はいい感じに酔ってるみたいだった。そして彼女の視線は俺から俺の目の前に座るムーちゃんへと移った。
「「あっ…」」
お互いに顔を見合わせて。そのうちにその視線はお互いに険しいものになる。
「我が騎士たちよ!ここに馳せ参じよ!!!」
『『『『『『応!!!』』』』』
その掛け声とともに周りから男子たちが彼女を守るかのよう様に集った。ついでに俺もその流れに乗って騎士気取りでムーちゃんの隣に立つ!これが理ケジョの姫の力!!騎士たちに思慕され崇められわっしょいちやほやされる絶対姫権力圏!当然大学デビュー組である元陰キャな俺はその力には逆らえないのだ!!
「カナタさん?!なんでそっち側にいるんですか!?」
「俺ハ姫ノ騎士としてムーチャンニ尽クス!!」
「目を覚ましてください!!反社の血を思い出してぇ!えい!」
楪は俺の左の頬をおっぱいで張った。
「ぶはぁ!?」
「そして王様の自覚を取り戻してぇ!!」
往復のおっぱいビンタを食らって、俺はその場に崩れ落ちる。そして立ち上がったときには元の自分を取り戻していたのだった。
「すまない楪。俺はおかしくなっていたらしい」
やっぱりあれだよね。憧れの理ケジョ姫より、おっぱいでビンタしてくれる女の子の方がいいよね(真理)。
「ちっ!!もう少しであなたの騎士を取り込めたはずなのに!!」
ムーちゃんは、失礼、三鼓は楪を憎々し気に睨んでいる。だが楪は堂々とその視線と対峙する。
「あえてカナタさんを泳がせてみましたがやはり接触をそちらから図ってきましたね!!そんなにも姫の座に固執するのですか!?」
「当たり前でしょう!!女の子は!お姫様になるために生まれてくるんだから!!」
その発言に周りの男どもは頷いている。対して物理学科の女子たちは舌打ちしていた。というか楪、俺のことを強かに利用するまでに成長してるんだな。なんか逆にうれしいよ。
「あなたのことはよく知っているわ。いつもそこにいる常盤くんにばかりじゃれついている。純粋理系学科のただ一人の女の子でありながら他学科の男子に、しかも他にも女の子を連れまわしている男子に尻尾を振ってるなんて!理ケジョの風上にも置けないわ!!」
「そうだそうだ!」「俺たちにもかまってくれぇ!」「そんな反社よりも俺たちの方が優しいのに!」「おっぱい」「俺は彼女が幸せならそれで構わない…」
周りの男どもも楪が姫ってくれないことに不満らしい。ついでに俺のことを男子たちが睨んでる。俺のせい?まあ俺のせいかもしれない。
「しゃらっぷ!!わたしだってあなたのことを理ケジョの風上にも置けないって思ってますよ!!そこにいる取り巻き男子たち相手に媚び媚びしてちやほやされて!!大学に何しに来てるんですか!男にちやほやされる前に勉強してください!!」
物理学科の女子たちが楪の発言にすごい勢いで頷いていた。こたびの争いは個人的なマウント合戦ではなく、理ケジョとしての在り方の問題らしい。
「勉強?くくく、あーははははははは!!」
「何が可笑しいんですか!!」
ムーちゃんはニヤリと邪悪な笑いを浮かべている。
「わたしがもしかして勉強できないバカな女だって思ってるの?」
「そうにしか見えないんですけどね!」
どこか雰囲気が怖かった。楪も冷や汗を書いている。そしてムーちゃんは口を開く。
「宇宙の正則構造を解体し高次元の導入と振動を解くことにより裸の特異点は形而上世界線の事象境界面さえも現代物理学の範疇で扱えるって私は主張するわ!!!」
「なーにいってんだおめぇは?」
何を言っているのかわからなさ過ぎて、俺は思わず突っ込んでしまった。だけどそんな常識的な反応はこの場では俺だけだった。楪が顔を真っ青にしている。周りの男子たちはざわざわと興奮気味に騒ぎ始める。
「そ、そんな?!理ケジョの姫なのに?!最先端科学を理解している?!」
「いいえ、杠葉さん。理ケジョの姫だからこそ、最先端科学を理解できるのよ」
「だからお前ら何の勝負してるの?」
そして二人は互いに一歩踏み出して額がこすり合うくらいに近くで、怒鳴り合う。
「真理に至る道は物理学にしかないわ!!」
「真理に至る道は数学にしかないんです!!」
「だからそれなんなの?どういう意地の張り合いかたなの?」
「「やはりわたしたちは相いれない!!」」
そして二人はメンチを切り合いながら、互いに謎の言葉の羅列を唱え合う。
「高次元のひもの振動が膜をとうかすることにより、四つの力はその意味と姿を変えてこの世界に私たちの観測下でその振る舞いを制御し得る!そしてマイクロブラックホールの蒸発と共に無数のユニバースの曲面が事象の縁を形を定めるのよ!!」
「NP=Pがそもそもの問題の枠組みを規定し、タイヒミュラー曲線の楕円曲線は整数の意味に新たなる公理系を開き、その前提が宇宙の歪みに対して補正を与えてマックスホワイトホールの凝集と共にユニバースの無限大の質量線形が事象の形を縁付けるのです!!」
「「あなたの理論は間違ってる!!私の方が正しい!!」」
「だからその勝負なんなの?理ケジョってどういう生き物なの?マジで謎すぎるんだけど?」
そしてそのまま二人は俺には全く理解不可能な謎の呪文を唱え続けていた。周りの男子たちはそれを聞いて一人また一人と膝をついて倒れていった。女子たちもまた同じだった。周りはどうやら楪とムーちゃんの極めて高度な理論戦についていけなくなっていっているらしい。
「はぁはぁはぁ。ここまでわたしにくらいついてくる女の人ははじめてですよ」
「はぁはぁはぁ。私もここまでガチで論争した女の子は初めてだわ」
「このままだと勝負はつかなさそうですね…」
「ええ、そうね。やっぱりここは女子力の見せつけ合いしかなさそうね。もっとも私は見ればわかるけど理ケジョの姫よ。どんな男でも理系ならば虜にして見せる…!」
「ならわたしは!!このカードを切ります!!くらえ!!」
そして楪はスマホを取り出してなにかをムーちゃんに見せつけた。
「たかが写真ごときが…ぐはぁ!!」
ムーちゃんはとつぜんその場で膝をついた。どんな写真だろうかと思って俺もスマホを覗き込んだ。そこには下着姿の女が映っていた。場所はラブホのベットらしい。その女は寝ている俺を膝枕していた。目を掌で隠しているけど、大きいおっぱいのおかげでその女が誰かはすぐにわかった。
「おい。これいつ撮ったの?全く記憶にないんだけど?」
「わたしもよく覚えていません!野球の打ち上げでラブホに行った時のものだと思います!!」
あーあれかぁ。疲れてたせいで酔いが酷かったから何があったかよく覚えてないけど、こんなことされてんですかぁ…。俺もうお嫁にいけないくらい汚れてるんじゃね?
「ラブホ?!ぐはぁ!!」
ラブホと聞いてムーちゃんは膝立ちのままがくがくと震えている。何がどうしてダメージになっているのかわからない。
「あれれ?三鼓さぁん?どうしてラブホって聞いただけで動揺しちゃってるんですかぁ?」
楪が意地悪そうな顔でなんか煽り始めた。
「別にそんなことないわ。ラブホ?わ、私はモテるから何度も行ったことあるよ!そ、そう本命のバンドマンの彼氏と行きまくってるの!理ケジョの姫らしく!!」
「じゃあラブホのチェックインの仕方知ってますかぁ?」
その言葉にびくっとムーちゃんは肩を震わせた。
「そ、そういうのはカレシに任せてるから!!?知らなくてもぜんぜん普通だし!!」
なんか冷や汗をだらだらと流してるよムーちゃん。
「わ、わたしはそ、そう!コンドームには裏表があることも知ってるし!袋開けるとちょっと湿ってるのも分かってるし!」
なんだろう?この違和感。ピュアだと思っていた学科の姫が経験済みアピールしてるのに、ちっとも心が疼かないんだけど?
「ふ、くは!あはははははははは!!」
「な、何が可笑しいのよ!!」
「ラブホテルに入るときは彼氏に受け身に全部任せるのに、コンドームのことはもしかして自分で用意しちゃうんですか?なんか噛み合わないなー!論理に一貫性がないっていうか。くくく」
楪が挑発的にニチャニチャと嗤っていた。やっぱこいつSの才能があるんじゃなかろうか?
「おい。おぼこじゃろ?」
「ぶはぁがばぁががががあ!!」
そしてムーちゃんは畳の上に突っ伏してしまった。今の一言がどうしようもなくダメージになったらしい。
「やっぱりあなたは理ケジョの姫じゃないんですよ!!なぜならば理ケジョの姫と言えば、文系学部かバンドマンかホストか動画配信者か神絵師の彼氏を本命にしているものです!!普段は理系男子たちの心を弄び、文系男子に体を弄ばれているのが常識ってもんでしょう!!」
「ち、ちがうもん!私はホストでバンドの夢を追いかけてる法学部の神絵師お絵かき配信彼氏と付き合って、昼は理系男子を弄って、夜は文系男子に溺愛されてるの!ホントだよ!!嘘じゃないの!!」
「くくく、だったらいますぐに彼氏と一緒に写ってる写真の一つでも見せてくださいよ…理系なら思い込みじゃなくてデータで語ってくださいよ。ふふふ、あーはははっははははは!!」
「イヤぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
楪の一言によって、ムーちゃんのプライドは粉々に砕け散った。理ケジョ同士のマウント合戦はこうして楪の勝利に終わったのであった。




