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深夜の理科準備室 青と赤と紫と  作者: マオ・ウミ


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9/11

第8話 出会い(2)

 *** サキ 13歳 8月 ***


 リンのいない、2度目の夏が来た。


 連日、ニュースでは最高気温の更新で騒がれていたが、その日だけは奇妙なほどに過ごしやすい、涼やかな風が吹いていた。

 共に過ごす相手もいない夏休み。

 スマホを開いて、リンに送ったメッセージの未読の確認が日課になっている。

 自室にこもっていても、孤独を埋めることは出来ない。

 持て余した時間のなか、彷徨うように、サキは一人、駅へ向かった。


 階段を降り、興味なさげにホームを端から端までゆっくり見渡す。


「!」


 ハッと、息をのんだ。

 俯き気味だった視線は、正面を向いた。

 隣のホームの日陰に、見覚えのある横顔を見つけた。


(あれは……。

 リンだ!

 リンだ!!

 リンだ!!!)


 会いたくて、会いたくて、もう会うことをあきらめようかとしていた。熱い思いが、一気に熱を帯びて喉までせり上がる。目元が涙でにじんで視界がぼやけてきた。


(ん?……でも、様子が違う……。

 なんだか、大人っぽい……。

 しばらく見ないうちに……2年もたったから……?)


 目の前の少女は、サキの知るリンとは(まと)う空気が違っていた。

 派手ではないが、シンプルで洗練された佇まい。

 幼さも、自信なさげな雰囲気もない。


「リン!」


 募りに募った孤独がサキの理性を追いやり、リンであってほしいという切実な願いから、怒気を含んだ声となってにじり寄り、彼女の白い手首をつかんだ。


「……誰?」


 サキはリンの柔らかい、穏やかなほほ笑みを期待していた。

 しかし、ゆっくりと振り返った少女からは、低く、突き放すような声が返ってきた。

 つかんだ手首から慌てて手を放し、半歩ほど後ずさった。


 面差しは、リンに瓜二つであったが、その瞳はリンのものによく似ていたが、温度が全く違った。

 彼女は小首を傾げ、左手の細い指先で自分の頬を撫でながら、サキを射抜くような視線でみつめている。


 サキは凍りついた。

 人違いをしてしまった羞恥心と、求めていた面影が『本物ではなかった』という絶望が混ざり合い、視界が歪む。


「ごめんなさい……友達に、あまりにも似てたから。

 ……間違えました。」


 サキは一秒でも早く、この冷たい視線から逃げ出したかった。


「ふうん……」


 少女はそっと瞳を瞬き、サキへの無遠慮な視線を解いた。


「あなた、すごく……寂しそうな目をしてる。」


 今度は、ほんの少しだけ優しさがにじんだ声色だった。

 サキはその少女に背を向け、走り去ろうというタイミングで声をかけられた。

 サキは驚いて、振り返り、そして動きを止めた。


「……時間ある?ちょっと付き合いなよ。」


 断る間もなかった。

 リンに似た少女は、サキの困惑などに構うことなく、その細い指先でサキの手首を柔らかく掴む。

 サキは一瞬、ピクッと怯えたように反応してしまった。

 掴まれた手首からヒンヤリとした感覚が伝わってくる。


「私はユキ。……おいで。サキ……」


 ユキと名乗った少女は、サキの困惑を置き去りにしたまま、ちょうど滑り込んできた電車の中へと導く。

 リンの面影を(まと)いながらも、その足取りには有無を言わせぬ強引さがあった。

 サキは導かれるまま、車両へと足を踏み入れた。


 ドアが閉まり、かすかな振動とともに電車が動き出す。


(なぜ……?なぜ、この人は、私の名前を知ってるの……?)


 なぜそのままついていってしまったのか、サキ自身にもわからなかった。


 窓の外を流れる見慣れぬ景色が加速していく中、二人の間には濃密な沈黙が横たわっていた。

 ユキはじっとサキを見ていた。

 サキは吊革につかまりながら、何を話せばいいのか分からない。

 何度か話しかけようとしたが、サキの視線を拒絶するような姿に、つい俯いてしまう。


 何駅過ぎただろうか、


「……降りるわよ。」


 長い沈黙の中で、不意に投げかけられた言葉。


「あ、あの……。ユキ……さん……?」


 サキは不安を隠しきれず、おずおずとユキの名を口にした。


「『ユキ』でいいわ。ついてきて。」


 サキは慌てて、ユキに従い電車を降りた。

 降り立ったのは、まったく見知らぬ駅だった。


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