第8話 出会い(2)
*** サキ 13歳 8月 ***
リンのいない、2度目の夏が来た。
連日、ニュースでは最高気温の更新で騒がれていたが、その日だけは奇妙なほどに過ごしやすい、涼やかな風が吹いていた。
共に過ごす相手もいない夏休み。
スマホを開いて、リンに送ったメッセージの未読の確認が日課になっている。
自室にこもっていても、孤独を埋めることは出来ない。
持て余した時間のなか、彷徨うように、サキは一人、駅へ向かった。
階段を降り、興味なさげにホームを端から端までゆっくり見渡す。
「!」
ハッと、息をのんだ。
俯き気味だった視線は、正面を向いた。
隣のホームの日陰に、見覚えのある横顔を見つけた。
(あれは……。
リンだ!
リンだ!!
リンだ!!!)
会いたくて、会いたくて、もう会うことをあきらめようかとしていた。熱い思いが、一気に熱を帯びて喉までせり上がる。目元が涙でにじんで視界がぼやけてきた。
(ん?……でも、様子が違う……。
なんだか、大人っぽい……。
しばらく見ないうちに……2年もたったから……?)
目の前の少女は、サキの知るリンとは纏う空気が違っていた。
派手ではないが、シンプルで洗練された佇まい。
幼さも、自信なさげな雰囲気もない。
「リン!」
募りに募った孤独がサキの理性を追いやり、リンであってほしいという切実な願いから、怒気を含んだ声となってにじり寄り、彼女の白い手首をつかんだ。
「……誰?」
サキはリンの柔らかい、穏やかなほほ笑みを期待していた。
しかし、ゆっくりと振り返った少女からは、低く、突き放すような声が返ってきた。
つかんだ手首から慌てて手を放し、半歩ほど後ずさった。
面差しは、リンに瓜二つであったが、その瞳はリンのものによく似ていたが、温度が全く違った。
彼女は小首を傾げ、左手の細い指先で自分の頬を撫でながら、サキを射抜くような視線でみつめている。
サキは凍りついた。
人違いをしてしまった羞恥心と、求めていた面影が『本物ではなかった』という絶望が混ざり合い、視界が歪む。
「ごめんなさい……友達に、あまりにも似てたから。
……間違えました。」
サキは一秒でも早く、この冷たい視線から逃げ出したかった。
「ふうん……」
少女はそっと瞳を瞬き、サキへの無遠慮な視線を解いた。
「あなた、すごく……寂しそうな目をしてる。」
今度は、ほんの少しだけ優しさがにじんだ声色だった。
サキはその少女に背を向け、走り去ろうというタイミングで声をかけられた。
サキは驚いて、振り返り、そして動きを止めた。
「……時間ある?ちょっと付き合いなよ。」
断る間もなかった。
リンに似た少女は、サキの困惑などに構うことなく、その細い指先でサキの手首を柔らかく掴む。
サキは一瞬、ピクッと怯えたように反応してしまった。
掴まれた手首からヒンヤリとした感覚が伝わってくる。
「私はユキ。……おいで。サキ……」
ユキと名乗った少女は、サキの困惑を置き去りにしたまま、ちょうど滑り込んできた電車の中へと導く。
リンの面影を纏いながらも、その足取りには有無を言わせぬ強引さがあった。
サキは導かれるまま、車両へと足を踏み入れた。
ドアが閉まり、かすかな振動とともに電車が動き出す。
(なぜ……?なぜ、この人は、私の名前を知ってるの……?)
なぜそのままついていってしまったのか、サキ自身にもわからなかった。
窓の外を流れる見慣れぬ景色が加速していく中、二人の間には濃密な沈黙が横たわっていた。
ユキはじっとサキを見ていた。
サキは吊革につかまりながら、何を話せばいいのか分からない。
何度か話しかけようとしたが、サキの視線を拒絶するような姿に、つい俯いてしまう。
何駅過ぎただろうか、
「……降りるわよ。」
長い沈黙の中で、不意に投げかけられた言葉。
「あ、あの……。ユキ……さん……?」
サキは不安を隠しきれず、おずおずとユキの名を口にした。
「『ユキ』でいいわ。ついてきて。」
サキは慌てて、ユキに従い電車を降りた。
降り立ったのは、まったく見知らぬ駅だった。




