第4話 卒業式の日(2)
*** サキ 12歳 3月 ***
誰もいなくなった教室。
サキは窓辺に立ち、楽しかった記憶と、それ以上に胸を焼くような後悔を思い返していた。
「……私、これでよかったのかな……?」
滲んだ視界の先、ぽつりとこぼれた独白。
その背中に、温かな感触が重なった。
リンがそっと、サキを抱きしめたのだ。
「あのね……私、サキちゃんのこと、ずっとすごいって思ってたの。」
耳元で、リンの震える声がした。
「いつも優しくて、冷静で、正義感を持って自分の意見を言える。
私には、一生かかってもできないことだから……」
「……ありがとう。でも、私……みんなと普通に仲良くしたかっただけなんだ。」
「分かってるよ。でも、サキちゃんの正義感は、絶対に間違ってないから。」
その言葉が、凍てついていたサキの心を溶かした。
自分の信じてきたものを、一番近くにいる親友が肯定してくれる。
(リンが……リンがいてくれたら、私は、私のままで進んでいける!)
今のサキにとって、リンの温もりと言葉がすべてだった。
(この時間が、永遠ならいいのに……)
嬉しくて、先ほどとは違う熱い涙が頬を伝い、リンの手に落ちた。
やがて身体を離したリンは、ポケットから二つのキーホルダーを取り出した。
青と赤の石の色が違うだけだ。
石の留め具の部分に『S・Y』と『R・S』とイニシャルが刻まれている。
そのうちの一つ——深い青を湛えた石が、サキの掌に載せられる。
「……卒業祝い。誕生石のキーホルダーだよ。」
「私に?……わあ、綺麗な青。これって、サファイア?」
サキはキーホルダーを掲げ、窓から差し込む春の陽光に透かした。
「きれい……。夜明けの静かで、深い青だ。」
リンが柔らかく微笑む。
「サファイアは、サキちゃんの誕生石で『誠実』って意味があるの。」
いたずらっぽく小首を傾げ、左手の細い指先で自分の頬を撫でる。
リンはもう一つのキーホルダーを掲げた。
燃えるような真紅のルビーが光る。
「こっちは、私用。お揃いにしたんだ。
ルビーは私の誕生石。」
リンも同じように、赤い石を光にかざす。
(リンの瞳、まっすぐルビーに吸い込まれてる・・・)
サキは、リンの掲げた赤い石ではなく、リンを見つめていた。
「ルビーは、夕日の輝きを閉じ込めた、『情熱』の赤だね。」
リンはサキの手のひらに二つの石を並べ、囁くように言った。
「ねえ、知ってる?赤と青を混ぜると、綺麗な紫色になるの。
宝石そのものは混ざり合わないけれど、私達の色は『交わる』ことができるの。」
リンの声は、いつになく凛として、今までにない意志を感じる響きだった。
「赤と青の光が重なった場所は、新しい色に輝くの。
自分の色のままで、一緒にいるだけで、一人じゃ作れない景色が作れる。
このキーホルダーは、その『証』にしたいの。
いつまでも……そして、私達は、いつか紫色の宝石になるの!」
幼かったリンが見せた、大人びた横顔。
サキは目を丸くして驚いた後、ゆっくりと、深く頷いた。
自分が知らなかったリンの姿に少し気後れしてしまった。
(これが、あのリン?
自分もリンに負けないくらい、しっかりとした大人にならなきゃ……。
リンと一緒に……)
サキはキーホルダーを握りしめ、青い石に誓うのだった。
流れる雲が日差しを遮る。
風が、あたたかな光と冷たい影を交互に運んでくる。
グラウンドの砂を巻き上げながら風が渡っていった。
ほんのり色付き始めた桜の枝が、ザワザワと音を立てる。
校庭の桜並木は、これから咲き誇るであろう蕾が膨らんでいた。
教室で手を取り、お互いの誓いを確認している二人の少女たちには、今この場が輝かしい未来であった。
その翌日から、リンとの連絡はぷっつりと途絶えてしまった。




