第2話 再会(2)
*** リン 16歳 初夏 ***
初夏とは思えない、真夏のような日差しを避け、下りホームの日陰で、リンは電車を待っていた。
(久しぶりの学校だ……。
ん?
なんでだろ?そんな気がする……。そんな訳ないよね。)
黒いショートヘアーの前髪が汗で貼り付いてくるのが気になって仕方がない。
* * *
私、齋藤凛――リン。
みんな私のこと、『すこし幼さない』とか『自信なさそう』とか言う。
自分でも、そう……だと思う。
でも、一応どこにでもいる『普通』の女子高生……だと思う。
最近、なんだか記憶があいまいな時がある気がするんだけど、きっと、気のせいだよね。
* * *
その日は、電車を待ちながら、自分のローファーのつま先を見つめ、踵を上げ下げしてリズムを取っていた。
肩に食い込むスクバが重たくって、ずり落ちそうなのを何度もかけなおす。
その度に、スクバにつけてある、思い出の赤い石のキーホルダーが揺れていた。
勢いよく階段を駆け降りてくる足音が聞こえた。
ほどなくして、背後から親し気な優しいタッチで肩をポンと叩かれた。
「ユキ、おは〜!一瞬誰か分かんなかったし。
ナチュラルも普通に可愛くてウケるんだけど!」
陽気な声がかけられた。
思わずビクッとしてしまい、踵で取っていたリズムが止まってしまった。
自分にこんな声をかけてくる友人は、まずいない。
(『ユキ』って、人違いだよね。でもこの声に聞き覚えある……。)
リンはゆっくり振り返った。
そこにいたのは、気合の入ったギャルだった。
ふんわりと甘いミルクティーベージュの巻き髪。
ブルーのカラコンから続く、鋭く跳ね上げたアイライン。
カラコンに合わせたのだろう、チョーカーの石が青い。
指先は、青から赤へと移ろう、グラデーションのネイル。
短く巻かれたスカートから覗くルーズソックスが白い。
(なんだ、サキちゃんだった……。)
ちょっとビックリした自分が恥ずかしい。
「サキちゃん、おはよう!」
リンは穏やかな微笑を浮かべた。
柔らかく応える声は弾んでいた。
声をかけてきたギャルは、人違いしたと思ったのか、一瞬、私の肩に触れた手が固まっていた。
(サキちゃんのこんな姿、めったに見ないから、カワイイ……)
「ん?……どうしたの?
今まで、そんな風に声をかけてくれたことなかったじゃない。」
「ごめん、マジですみません!今日ちょっと目バグってて……。
人違いです、失礼しました!
……って、えっ!?え~~~!!リン?」
ギャルは、何度も頭を下げていたが、下からそっとリンの顔を見上げ、目を真ん丸にして、息を止めた。
「もー、サキちゃん、何言ってんの。私だよ、リン。」
声をかけてきたギャルの正体は、幼馴染のサキだった。
リンは小さく笑って、小首を少し傾げ、左手の細い指先で自分の頬を撫でる。
リンの小さいころからの癖だ。
「サキちゃんは今日もメイクばっちりだね。
『今日もしっかり盛れてんじゃん!』
……であってる?」
ギャル言葉なんて普段使わないから、なんだかぎこちないし、照れてしまう。
「リン、私がどんなに心配したと思ってるの!
どこに行ってたの?
私がこの……4年間……どんな……思いしてたと……。
あの日からどんなに……。」
(サキちゃん、大げさだなあ。涙浮かべてるけど、私何か、変なこと言ったかな?)
「そうだっけ?……そんなに久しぶり?……だったかな?
この前、メイクの話しとか、してなかった?
それと、おそろいのキーホルダー失くしたって落ち込んでたじゃない。」
スクバの赤い石のキーホルダーとサキを交互に見た。
(……?
サキちゃん何、ポカンとした顔してるの?)
「ねえサキちゃん。
その……『ユキ』……って子、誰?
そんなに私に似てたの?」
自分と間違えられた、どこか聞き覚えのある『ユキ』という名前に興味があった。
なんだか、低い冷たい声が出て、自分でも驚いてしまう。
「う、うん。リンをそのままスタイリッシュなギャルにした感じの人。」
サキはしきりに手の甲で額の汗をぬぐっている。
(そうだ!私サキちゃんに新しい連絡先、教えてないかも!)
ふと、そんな気がして急いでメモ帳を取り出し、ちょっと癖があるけど美しい文字でサラサラっと連絡先を書き入れた。
メモをちぎった時、ちょうど下り電車が、地響きを立てながらホームへ滑り込んできた。
「あ、電車来た。また連絡するね!
これ私の新しい連絡先!」
リンはサキにメモを手渡し、軽やかに手を振り、急いで車両へと乗り込んだ。
ホームのサキは、呆然と立っている。
(そういえば……サキちゃん、4年振りとか言ってたけど。
ついこの前も、メイクの話とかして……たよね?して……なかった?)
滑るように電車が走りだし、サキの姿が後方へと消え去っていった。
(ん?……私がメイク?
それって、本当に私だった……のかな?)
* * *
この二人の再会が、深夜の理科準備室への扉だと、サキはまだ知らない。




