第1話 再会(1)
*** サキ 16歳 初夏 ***
初夏とは思えない、真夏のような日差しを浴びて、サキは駅のホームへの階段を駆け降りた。
(……セーフ)
幸い、列車の気配はまだない。ダイヤが乱れているのだろうか。
サキは、額に滲む汗を、手の甲でそっと押さえた。
時間をかけて仕上げた『武装』――『勝負メイク』が崩れるのは、死ぬより嫌だった。
* * *
私、結城早紀――サキって呼んで。
チョーカーの青い石と青から赤へのグラデーションネイルがガチお気に入り。
校則ギリギリまで攻め込んでる。
でも私って、こんなだった?
* * *
「ふ~~っ」
一息ついてホームを端から端までゆっくり見渡す。
(あれは……ユキじゃん!!
え、待って、ガチ久しぶりなんだけど!)
隣のホームの日陰に、見覚えのある横顔を見つけ、思わず背筋が伸びた。
久しぶりの『師匠』で『憧れの人』の姿に、サキの口元が自然に緩む。
(ん?……いつものユキとずいぶん様子が違うじゃん?)
普段は、シンプルな装いで他を寄せ付けない、周囲の空気を塗り替えるほどの圧倒的なオーラを纏うユキ。
今日は、セーラー服に身を包み、どこにでもいる『普通』の女子高生の姿だ。
(ユキのセーラー服姿なんて、マジ初めてなんですけど……。
ひょっとして、見られたくない姿なんじゃね?)
俯き気味の頬を髪が隠しているのが、どこか幼く、自信なさげに見えた。
リズムを取っているのか、遠目にもカバンの赤く光る石のキーホルダーが揺れていた。
サキは違和感を無視して、親愛の情を優先させた。
「ユキ、おは〜!一瞬誰か分かんなかったし。
ナチュラルも普通に可愛くてウケるんだけど!」
声を弾ませ、ポンと肩を叩く。
『ピクッ』少女の緊張が掌に伝わった。
ゆっくりと振り向いた少女は、サキを見て穏やかな微笑を浮かべた。
「サキちゃん、おはよう!」
「!」
ユキの鋭く冷たい声が聞こえてくると思っていた。
だが予想と違う、柔らかで、静かな、どこか懐かしい匂いのする声が聞こえてきた。冷ややかな視線とは程遠い、親愛の情がこもった眼差しだ。
(あちゃ……やっちまった!人違いだ……)
少女の肩に置いた手が、そのまま固まってしまう。
「……どうしたの?
今まで私に、そんな風に声をかけてくれたことなかったじゃない。」
「ごめん、マジですみません!今日ちょっと目バグってて……。
人違いです、失礼しました!」
反射的に、何度も頭を下げ、目の前の少女の顔をそっと見上げる。
「って、えっ!?え~~~!!リン?」
記憶の奥に沈んでいた輪郭が、ゆっくり浮かび上がってきた。
目の前の少女は……小学校の卒業式以来、4年もの間、連絡が取れなくなっていた幼馴染のリンだった。
「もー、何言ってんの。私だよ、リン。」
少女は小さく笑い、小首を少し傾げ、左手の細い指先で自分の頬を撫でる。
「サキちゃんは今日もメイクばっちりだね。
『今日もしっかり盛れてんじゃん!』
……であってる?」
その言いなれないセリフはぎこちなく、少し恥ずかしそうだった。
「本当に、本当にリンなの?」
会いたくて、会いたくて、もう会うことをあきらめようかとしていた。
4年間心の奥底に封印した気持ちが、マグマのように熱く煮えたぎった思いとなって噴出した。
「リン、私がどんなに心配したと思ってるの!
どこに行ってたの?
私がこの……4年間……どんな……思いしてたと……」
何度も夢に見た親友との再会。
「あの日からどんなに……。」
目頭が熱くなってくる。
人前で泣くなんて、そんなことしたくないのに……。
あふれる気持ちを抑えきれず、途切れ途切れに絞り出した言葉に、リンの反応は意外なものだった。
「そうだっけ?……そんなに久しぶり?……だったかな?
この前、メイクの話とか……、
そうそう、おそろいのキーホルダー失くしたって言ってなかった?」
無邪気なリンの言葉は、4年の空白が存在しないかのようなもので、サキは愕然とし、涙が止まった。
(……え!?
私が、サファイアのキーホルダー失くした?
そういえば、サファイアのキーホルダーってどこ行った……っけ?
てか、なんでリンが、そんなこと知ってる……?)
リンのあまりにも違和感だらけの反応に、サキは寒気がしてきた。
そんなサキの反応に気が付かないかのように、
「ねえサキちゃん、その……『ユキ』……って誰?
そんなに私に、似てた?」
リンの声が低く、冷たく質問してきた。
一瞬、リンのスクバの赤い石の光が反射光を映したのか、目の色が赤くなった気がして、サキは瞬きを繰り返した。
(リンは、こんな冷たい声じゃなかった!
それに、なんだか、ユキの目に……似てる?)
思い出のキーホルダーをなくしたことさえ忘れていたことと、目の前のリンと、記憶の中のリンのギャップに、
(ユキが、リンのふりして、自分を試そうとしている!)
そんな疑念がわいてきた。
『ゴクリ……。』
緊張で、のどが渇いてきた。
「う、うん。リンをそのままスタイリッシュなギャルにした感じ……の人……だよ。」
下り電車が、地響きを立てながらホームへ滑り込んできた。
「ふ~ん。
あ、電車来た。また連絡するね!
これ私の新しい連絡先。」
癖があるが美しい文字でサラサラっとメモに書き込む。
それを手渡し、リンは軽やかに手を振って、吸い込まれるように車両へと乗り込んでいった。
窓から、笑顔でこちらに手を振る姿が見える。
ホームに取り残されたサキは、手を振り返すこともなく、遠ざかる銀色の車体を見つめたまま立ち尽くすのだった。
かつて、あれほど『会いたい』と熱望したリンとの再会。
『偶然の再会』として歓喜の時間となるはずが、心に大きなしこりを残した『不穏な再会』となってしまった。
(リンに、あんなに会いたかったのに、なんなのこれって?
ってか……ユキとこの前会ったのも、いつだっけ……?)




