第六話 脱出
カリ!カリ!
カリカリカリ……!
カリカリカリカリカリカリ……!
男は悲鳴にならない声を上げ、穴の反対側へ身を寄せた。
土壁が細かく震えている。雨粒が縁から落ち、顔に泥水が跳ねた。
「やめろ……来るな……!」
叫んでも音は止まらない。
むしろ興奮したように速くなる。
カリカリカリカリカリカリカリ……!
壁の一部が、ぼこり、と膨らんだ。
男は息を呑んだ。
次の瞬間、土の中から何か白いものが突き出た。
指だった。
泥にまみれ、爪の剥がれた細い女の指。
一本。
それが空気を探るように震えている。
「ひっ……!」
男は這うように穴の縁へ向かった。
痛めた足首に力を込めるたび、骨の奥で熱い痛みが走る。
背後で、ずるり、と湿った音がした。
振り返る。
土壁から、指が二本。三本。四本。
やがて手の甲が現れ、手首が現れ、土を掻き分けながら腕が伸びてくる。
それは、半年前に埋めた女の腕だった。
「やめろォ!」
男は叫び、穴の縁に爪を立てた。
雨でぬかるんだ土が崩れる。何度も滑る。
下から、冷たいものが足首を掴んだ。
それは剥げかけた真っ赤なマニキュアのついた爪。あの女の手だった。
泥と腐臭に濡れた指が、痛めた足首へ食い込む。
「離せ! 離せぇッ!」
男は無我夢中で蹴った。
ぐしゃ、と柔らかい感触が返る。
その拍子に手が外れた。
男は全身で穴の外へ這い上がる。
肘で泥を掻き、腹を擦り、ようやく地面へ転がり出た。
雨空が見えた。
助かった。
そう思った瞬間だった。
家の玄関が、ぎい、と開いた。
明かりのない廊下の奥に、あのモノが立っている。
ズリ……。
ズリ……。
そして、今しがた這い出た穴の中からも、
ズリ……。
と、何かが土を押し分ける音がした。
男は悟った。
家の中にいたものと、穴の中にいたものは——




