第三話 穴
冷たくなった女の身体。
肩を抱えて持ち上げたときの、力の抜けた重さ。
生きている人間にあるはずの抵抗も熱もなく、ただ形だけを残した肉の塊だったこと。
名前も、年齢も、そのときにはもう意味を失っていた。
そこにあったのは、人ではなく処理すべき物だった。
小雨の降りしきる夜だった。
今夜とよく似た、静かに濡れる雨だった。
男は庭の片隅に穴を掘った。
スコップが土へ入るたび、湿った土の匂いが立ちのぼった。
何度も息を切らし、泥だらけになりながら、ようやく人ひとり分の深さを作った。
そこへ女を落としたときの鈍い音。
土をかけたとき、髪の先だけがしばらく見えていたこと。
最後にそれすら見えなくなったとき、胸の奥が妙に静かになったこと。
全部、思い出していた。
では——
今、家の中を歩いているあれは、一体なんなのだ。
ズリ……。
ズリ……。
居間の奥から、なおも音が響く。
引き出しを開け、食器を探り、まるでそこで暮らしていた者のように家を歩き回る音。
男の喉から、ひゅう、と情けない息が漏れた。
「違う……違う……」
何が違うのか、自分でも分からない。
ただ、この家の中にいてはいけないと本能だけが叫んでいた。
男は玄関扉を乱暴に開け、雨の中へ飛び出した。
冷たい雨粒が顔を叩く。
靴も履かないまま、泥を跳ね上げて庭へ回る。
あの穴。
半年前、誰にも知られず埋めた場所。
雑草の伸びた庭の隅へ、男は転ぶように駆けた。
息を切らし、肩で雨を受けながら、街灯の薄明かりの中でその場所を見つける。
そこだけ土が盛り上がっている。
いや、違う。
内側から、押し上げられたように。




