鬼の門番(2)
「誰かと思いました」
声をかけられ、酉惟は目にした人物を口にする。
「君主」
「珍しいですね。父さんも喜んでいると思います」
酉惟が来たのは、現君主の父、先代の君主──悠畝の墓前。
「それは、どうでしょうか。俺は、嫌われていましたから」
「そうなんですか?」
「はい」
「意外です」
「そうですか?」
酉惟が思わず自嘲したが、迷わない視線が固定されている。
「真逆だと思っていたので」
「それはないです」
「そうでもないと思いますよ」
忒畝はにっこりと笑い、酉惟のとなりにしゃがむ。
「僕にもそうでしたけど、父さんは言葉をとても選んで話してくれました。でも、酉惟さんにだけは、そういうことはせずに、はっきりと言っていたように思うんです」
「嫌われていたからですよ」
「僕は、深い信頼があるんだろうなと思っていました」
「信頼、ですか。……そう思っていてくれたのなら、そんなにうれしいことはありません」
確かに、いい表現をすれば互いに腹を割って何でも話していた気がする。けれど、そんな関係性ではなかった。決して。
単に互いにどう思われようがいいと思っていただけだ。嫌われることも厭わず、軽蔑されようが構わないと遠慮なく言い合っただけ。
若かった──いや、幼かった。年端もいかないころから知っていて、プライベートなんてないくらい情報は筒抜けで。
恐らくあれは、互いに違いを──羨んでいた。
「相談しにきたんです。悠畝前君主なら、どうしろと言ってくれるかと思って」
「どんな相談ですか?」
「馨民ちゃんに……バージンロードを一緒に歩いてほしいと言われたんです。そんなことをして、許されるのかと……」
「それは、酉惟さんが独身だからですか?」
「え、いや……そういうわけでは……」
「では、父さんが……釈来さんと付き合っていたことがあるからですか?」
「まぁ、それも……」
酉惟が言い淀むと忒畝は少し言葉を待って、続かないと判断すると話し始める。
「僕は、馨民がそう望むなら……叶えてほしいなと思います」
酉惟はドキリとした。
忒畝の言葉には、馨民への深い想いが乗っている──そんな気がして。
けれど、その印象を払拭するように忒畝の言葉は続く。
「馨民には父親がいません。その淋しさは、何となく僕にはわかります」
「忒畝君主も、早くに聖蓮さんと離れたから?」
「そうですね。……だから何となくしかわかってあげられないんです。でも、僕らは互いにそれを埋めるように一緒にいて、手を取り合ってきました。そんな馨民が、酉惟さんに父親変わりを望むなら……叶えられることは、叶えてほしいと願います」
忒畝の言葉には、やはり馨民への想いが節々に乗っている気がした。ただ、解釈次第だ。
酉惟に兄弟はいない。姉のようだった悠李はいたが、役割は母に近かったように思う。
もどかしい。
忒畝の馨民への言葉が、どちらとも受け取れて。ふたりの関係を言い表した言葉が的確すぎて。
明らかに馨民は忒畝を長年想っていた。忒畝も受け入れていたような、そんな空気感がふたりにはあった。
しかし、ふたりを生まれたときから見てきたとはいえ、酉惟は当事者同士ではない。人には色んな事情がある。
酉惟には、馨民に情が寄っていると自覚はある。
だからか、余計に『叶えられることは、叶えてほしいと願います』と言った、忒畝の言葉が引っかかった。
「差し出がましいですが……俺は、馨民ちゃんは忒畝君主と結ばれるんだと思っていました」
「そうですか。では、それは酉惟さんが釈来さんを求めようとしないのと、似ているかもしれませんね」
ピリリと言葉に棘が付いてきた。その棘の受け止め方に、酉惟は慎重になる。
「悠畝前君主から何か……聞いていますか?」
「はい、聞いています」
瞬時、呼吸がしづらくなる。じんわりと手が湿ってくる感覚まで。
悠畝とは異質な関係だったと思い知る。あれほどまでにどう思われてもいいと思う人は、他にはいないと。
一方で忒畝の言う通り、深く信じていたのも事実だったのかもしれない。今は悠畝を『詳細は言うような人ではない』と、どうしてか信じたいと願っている。
「酉惟さんは、釈来さんの助手から外さないように、と」
ポツンと聞こえて、スッと空気が体に入ってきた。
見開いた目に映る忒畝は、ゆったりと微笑む。
「理由は聞いていませんが、僕は父さんの人事は正しいと思っているので、それを守っていきたいと思っています」
『君主』だ、間違いなく。──悠畝も、そうだった。色々あったが、悠畝は結局きちんと『君主』へと、その役職にふさわしい人になっていったのだ。
何だか、とても懐かしい。
「ありがとうございます」
感情の波が去り、ふと酉惟は残された現状に戻ったが──思い返してみれば、本人の馨民に依頼をされ、馨民の母にお願いされ、現君主にもお願いを更にされている状況だ。
妙に自身が我が儘で回りを振り回している気になってきた。
「馨民ちゃんの件、何だか……もし断ったら、俺が我が儘言っている……みたいですね」
眉間にシワを寄せた酉惟がため息を吐けば、
「そうですね」
と忒畝は『あはは』と軽く笑った。
忒畝と話して結論は見えたものの、酉惟は受けていいものかと数日頭を悩ませる。
そんな間も時間は刻々と流れて、返事をしなければいけないプレッシャーが押し寄せてくた。
毎日職場で顔を合わせる釈来には、酉惟が悩み事を抱えているなんて、手に取るほど伝わっているだろう。
「酉惟さん」
釈来に業務上呼ばれるだけで心臓に悪い。
「そんなに悩むようなこと?」
釈来が踏み込んできて、酉惟は観念しなくてはと口を強く結ぶ。
事情を知らない釈来からすれば、ごもっともな意見だと酉惟には同意しかない。
酉惟からすれば、忒畝が言ったように独身だからでも、まして感情がどうこうという問題でもない。
ただそれは、断る理由として言えるようなことでもないだけだ。──そんな最中に、馨民がやってきた。
「お母さん~……あ、酉惟さん」
立ち止まり顔を向けられれば、嫌でも返事がほしいと催促されている気になる。
「馨民ちゃん」
『叶えられることは、叶えてほしい』──忒畝の言葉が酉惟の背中を押す。
「この間の話……俺で本当にいいの?」
「え! はい! もちろん!」
目を輝かせる馨民を見ても、酉惟は返答できない。代わりに、酉惟は釈来に問う。
「釈来さんも、いいんですか?」
「馨民が喜んでいるのに、他の選択肢なんてないわ。ありがとう、酉惟さん。受けてくれるのね?」
ニコニコとするふたりを前に、
「はい」
絞り出すほどの小声で酉惟は返事をする。
その小声とは正反対に馨民は叫ぶほど喜び、釈来はそれを受け止めている。
つい数秒間、酉惟は見とれてしまったが、ふいに顔を背ける。釈来に呼ばれた内容もこれで済んだと職務へ戻ろうとする。
すると今度は──。
「練習、頑張らなくちゃ。あ、スケジュール近々決めようね」
弾む馨民の声が聞こえて、酉惟の心持ちはまた仕事どころではなくなってしまった。




