第6話 え、なんで急に僕!?
慎たちとゴールデンウィークの予定を話し合った、その日の放課後。
僕は吉祥寺の駅前に立っていた……誠に無念ながら、たった一人で。
とても貴重な部活オフ、できれば友人と遊びに来たかった。それでも来てしまった以上、必ずや充実した時間を過ごしてみせる。
プレイスポットとして吉祥寺を選んだ理由は、単純に距離が近く、何度も訪れた経験があってよく知っているから。ちなみに、チャリで来た。駅のそばの駐輪場を利用している。
さて、さっそく行動を開始しよう。時間も限らっている。
特にあてはないが、駅周辺をぶらつく予定だ。
リュックを背負い直し、手始めに駅前のロータリーと接するアーケード街へ歩を進める。平日にもかかわらず、たくさんの買い物客で賑わっていた。
「……あれは、ゲーセンか」
散策を開始してすぐ、ガラス張りのエントランス越しに並ぶクレーンゲームに目を引かれた。
そういえばこの前、慎が『同じ部活のメンバーとゲーセンで遊んだ』とか言っていたな……よし、入ってみよう。
遊園地のゲームコーナーなんかには行ったことあるけれど、純粋なゲームセンターは初体験。ちょっとワクワクしてきたぜ。
自動ドアをくぐり入店、そして即回れ右。うるさいし、鼻につく独特の匂いが僕には合わなかった。友人とならともかく、一人で無理してまで滞在したくない。
まいったな、他に面白そうな場所はあるだろうか……僕は改めてアーケード街をぶらつく。
「お、アイスか」
ふと制服カップルの行く先が気になって目で追う。手を繋いだまま、ポップな看板が特徴的な飲食店へ吸い込まれていく。
ジェラート専門店らしい。自動ドアの前に置かれたスタンドボードでは、おすすめフレーバーが紹介されていた。
いいね、店員さんイチオシの濃厚カシスがとても美味しそうだ。せっかくの機会だからトライしてみよう。
味に期待しつつ入店……するも、またしても即座にUターン。
店内はカップルだらけで、僕が入店した途端一斉に視線が向けられたのだ。恐ろしくて、とても耐えられなかった……。
『男子がぼっちでアイス? 友達もいないの? ぷーくすくす』
そんな幻聴が聞こえた気がして、心臓が嫌な音を立てた。
世間はソロプレーヤーに厳しすぎる……というか、うっかりしていたけれど僕は甘いものが得意じゃない。
スポーツフード関連の資格を複数所持する母の手により、幼少期から栄養管理を受けてきた。その影響なのか、糖質の高い食品などを摂取すると体が拒否反応を示すのだ。最近では妹に『健康食オタク』と勘違いされているほどである。
根本的な部分からして青春に不向きとか、自分の生粋の陰キャ体質が憎らしい。
半泣きになりながら、僕は再びアーケード街をさまよう。
するといくらもしない内に、今度はすれ違った男子高校生に目が留まる。右手にファッションブランドのロゴが印刷された紙袋をぶらさげていた。
買い物か。いいね、それもまた青春……だがしかし、今は手負いの状態。普段は立ち寄らないようなおしゃれショップへ突入して浮きまくり、店員さんや客に嘲笑されようものならショック死は免れない。
だから、今回は少しハードルを下げてスポーツショップへ向かうとしよう。何事もリスク管理が重要だ。妥協したわけでもない。現在のコンディションに応じた柔軟な選択である。
自分の決断に満足して、颯爽と歩く。都合よく、近くに建つデパートの五階に馴染みのスポーツショップの看板を見つけた。
エスカレーターを利用して目的のフロアに到着したら、壁一面に陳列されるサッカースパイクの群れの前に立つ。大きく鼻から息をすい込めば、新品のシューズの匂いがひび割れた心を優しく包んでくれた。とても落ちつく場所だ。
「おお、このカラーかっこいいな」
僕が愛用するスパイクと同メーカーの最新モデルを手に取り、様々な角度から眺めて充足感を覚える。そこで、重大な事実に気がつく……これ、普段と変わりなくね?
一人で訪れるスポーツ用品店に青春が転がっているはずもないどころか、日常からも大きく外れていない。
訂正しよう。妥協したがための無惨な末路である。なんか虚しくなってきた……もう家に帰ろうかな。
意気消沈した僕は、スパイクを棚に戻して立ち去ろうとする。が、すぐに立ち止まった。
見知った制服姿の女子が、視界に映り込んできたせいだ――その正体は、『神園美月』。栄成高校の同級生であり、入学して早々にアイドル的人気を獲得した人物である。
相変わらずの超絶美少女っぷりで、まさに非の打ち所がないといった感じ。
対して純度高めのモブである僕は、流れるように近くにあった棚の影へ身を潜める。
彼女とは、部活のフィジカル測定でちょっと会話したっきり縁がない……挨拶をするか否か、距離感が微妙すぎて判断に困る。むしろこちらを認識しているかも怪しいので無視が正解か。
なにより、相手は一人じゃなかった。傍らには、栄成サッカー部の指導員である『永瀬コーチ』の姿があった。ここ最近、部活中になぜか観察するような視線を向けてくる不審者なので見間違えようもない。
制服に身を包んだ超絶美少女と、ジャケットコーデの私服を着こなすイケてる青年のペア。
商品を物色しつつ親しげに会話する様子から、ただならぬ繋がりを感じとる……もしかすると僕は今、けっこうスキャンダラスな現場を目撃しているのでは?
おそらく、恋人関係なのだろう。永瀬コーチは栄成サッカー部の指導陣の中で一番若いが、大人の魅力プンプンのイケメンなので釣り合いも悪くない。
そう思うと直視するのも憚られ、そっと二人に背を向ける。この光景をSNSやらに投稿したら、どれほどの数の男子生徒が悔し涙を流すのだろう。
まあ、やらないけど。そもそもフォロワーほぼゼロで拡散力に難ありだし。
なんにせよ、見つかって面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。ならば、このままそっと姿を消すのが最良である。
ところが急に、背後から神園美月に声をかけられ……。
「こんにちは、白石兎和くん」
「ひょえっ!?」
「もしかして、驚かせちゃった?」
***
神園美月の小首をかしげる仕草に合わせ、手入れの行き届いた長い黒髪がサラリと流れる――同時に、ハッと現実に意識が追いつく。
その青い瞳には、びっくりして滑稽なリアクションを取る僕がどのように映ったのだろう。
「お、白石兎和。奇遇だな。スパイクでも見にきたのか?」
さらに何もやましいことはないと言わんばかりに、永瀬コーチまでもがこちらへやって来るではないか。
えっと、その……予想外の展開に困惑して僕は口ごもる。
代わりに、神園美月が割って入るみたいに話を切り出した。
「白石くん。誤解のないように説明しておくけれど、永瀬コーチは親戚なの。絶対に私の『彼氏』だなんて噂を流さないようにね」
「そうそう。美月はいつも家の車で通学してるんだけど、ちょっとトラブルがあって俺が変わりに駆り出されたってわけ。あんまり言いふらすなよ。隠しているわけじゃないが、コネだなんだと騒がれるのも面倒だからな」
実際その通りなんだけどさ、と永瀬コーチは笑う。
そういえば……神園美月のお祖父さまは、我らが栄成サッカー部のメインスポンサーだったはず。そしてその親族の者がコーチ職に就いているとなれば、確かに縁故採用を疑われてもおかしくはない。
とはいえ、殊更に問題視するような話でもない。
部のトップを務める『豊原監督』からして、神園美月さんのお祖父さまの人脈をたどって招聘されたと聞く。仕掛け人は、サッカー大好きを公言する栄成高校の理事長だそうだ。
もとより永瀬コーチは指導力を高く評価されているので、極めて効果的な人材配置といえる。
だとしても、むやみに騒ぎ立てる輩というのはどこにでも存在する。厄介事を避ける意味でも秘匿するのは妥当な判断だろう。
「そうだ兎和、このあと時間ある?」
「え……? あ、はい」
「オーケー。ちょっと話があるから、その辺の喫茶店にでも入ろう」
永瀬コーチに名前を呼ばれ、ちょっとキョドる。けれど、フィジカル測定の際に『同姓がいてややこしい』という理由から改められたのを思いだした。
しかも動揺するあまり、ついうっかりお誘いに応じてしまった……話があるって、僕なんかを捕まえてどうしたいのだろう。不安からずっしり気が重くなる。
「じゃあ買い物すましてくるから、ちょっとここで待っていてくれ」
言って、レジへ向かう永瀬コーチ。
トートバッグの他にも、レフェリー関連の品を抱えていた。そういえば、栄成サッカー部のコーチ陣は四級以上の審判員資格の取得を義務付けられていたっけ。
それはさておき、困ったことになったぞ。
「白石くんは何か買うの?」
「あ、僕はちょっと見に来ただけで……」
「それなら、このまま少し待ちましょう」
背筋をすっと伸ばし、凛と佇む神園美月。
どうしよう、ぜんぜん会話が続かない……しかもこれ、彼女も同行する流れじゃない?
聞けば済む話だけど、『キミも一緒にくるのか』なんて問いただしたらきっと変に思われてしまう。
僕はわりと言葉の選択が下手なので、ヘマをして学内トップ美少女に嫌われようものならスクールライフそのものに支障がでかねない。
明日登校して、『神園美月を不快にさせた男』なんて噂が広まっていたら地獄だ……いや、落ち着け。まだ怒らせてはいないはず。
この場合、どう尋ねたら誤解なく伝わるかを考えろ。まずは彼女が同行する理由を予想して、いったん会話をシミュレートしてから……。
「待たせたな。場所はあそこの喫茶店でいいか……何をウンウン唸ってんだ? 行くぞ、兎和」
「……あ、はい」
荷物を手にスタスタ先をいく永瀬コーチ、その横を歩く神園美月。そんな二人の背を視界に収めながら、とぼとぼついていく僕。
個人的にはお馴染みの展開である。こんなとき、いつだって思考は空回りする。それで結局、唯唯諾諾と従ってしまうのだ。
デパートを後にする。向かう先は、道を渡った斜向かいにある喫茶店。
フルサービス式のカフェで、まずは対面式のソファ席へ案内されて腰掛ける。もちろんこちらサイドは僕一人。
「白石くん、飲み物はどうする? もしお腹が空いているなら遠慮なく注文しちゃって。永瀬コーチのおごりだから」
白魚のような指を優雅に動かし、如才なくメニューを差しだしてくれる神園美月。
僕みたいなモブにまで優しいなんて感動だ。学校ではあまり男子と関わりがなく、どこか近寄り難いオーラを纏う『高嶺の花』みたいなイメージの彼女だが、実は性格もいいようだ。
「あんまり頼みすぎんなよ。俺は貧乏なんだぞ」
「ありがとうございます。でも、その……お腹は空いていないので、コーヒーだけいただきます」
永瀬コーチに釘をさされたから遠慮したわけじゃない。
僕は外食が苦手だ。やはり母の栄養管理を受けて育った影響で、健康オタクじみた体質へ成長してしまったことが原因だ。
せっかくの奢りなのに、食べ物を残すようなハメになれば失礼にも程がある。
その点、コーヒーなら好物なので安心だ。
「それで、用件だが」
オーダーを済ますなり、永瀬コーチが話を切りだす。飲み物の到着を待つ気はないらしい。
何を言われるのか、緊張のあまり唇が急速に潤いを失っていく……僕は冷たいグラスの水に口をつけ、どうにか紛らわす。
「ああ、その前に。今さらだけど美月も同席したままで構わないか? こいつは聞いたことを吹聴するようなやつじゃないから、その点は安心してくれ」
できればご遠慮いただきたい、というのが本音である。
僕の経験上、このように改まった場面ではネガティブな指摘をされるケースが多い。
きっと『セレクション合格者のくせに下手だ、もっと気合入れてやれや』みたいなことを言われるのだ。ごもっともなお叱りとはいえ、なにが悲しくて同級生にわざわざ恥を晒さなくてはいけないのか。けれども、今さら断りを入れる胆力など持ち合わせておらず……。
「はい、かまいません……」
自分のコミュ力の低さに絶望しかない。
せめてもの救いは先ほど言われたように、神園美月がよからぬ噂を流すような人物には思えないことだ。
「じゃあさっそくだが、これを見てくれ」
永瀬コーチは持参していたトートバッグからタブレット端末を取りだし、画面を何度かタップした上でこちらへ手渡してきた。
予想とは異なる展開に戸惑いつつも、僕はくるりと反転した画面に目を通す。記載された項目や数値をヒントに、知らない誰かの『走力』に関するデータではないかと当たりをつけた。
「これは、フィジカル測定の結果の一部だ」
予想は正解。
肝心の数値の方は、言っちゃ悪いがけっこう微妙な感じ。先頭は『YOYOテスト』の記録から始まり、最後の種目まで軒並みぼちぼちの範囲。
ただし、『30メートル走』だけは例外。複数回トライしていて、ばらつきはあるものの全て『4秒』をきっている。驚異的だ……これは特筆に値する。
だが、なぜこの種目だけ飛び抜けているのだろう。50メートル走なんて6秒半ばで、とても同じ人間のタイムとは思えない。うっかりコケたのか?
いや、違う。測定では正確なデータを求められるので、転倒などはやり直しの対象となる。そのため、アクシデントの類いは自然と除外され……ならば、導きだされる答えは一つ。
「30メートル走以外の種目は手を抜いた」
「ほう……」
永瀬コーチの反応を見るに核心をついたようだ。
まったく、能力測定で手を抜くなど言語道断。おまけに、一種目だけ本気でトライしてボロを出すなんて粗末過ぎる。
おそらく、どこぞの陸上部員がサボろうとでも考えたのだろう。キツイ練習に耐えかねての犯行に違いない。どうかな、いい線いっていると思うのだけれど。
ちょっとした探偵気分を味わえたのが楽しくて、僕は一言つけ加えるほど饒舌になった。
「真実はいつもだいたい一つ……そう、この個人データは実力を誤魔化したものなのです」
「お前、やっぱり手を抜いていやがったのか」
「え、なんで急に僕!?」
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




