第3話 神園美月
列からわざわざ一歩進み出て、自己紹介がてら堂々と希望ポジションまで言ってのけた彼こそ、僕が『じゃない方の白石くん』と軽視されるようになった原因。
イケメンの陽キャで、Jリーグアカデミー出身のクラック(名手)。栄成サッカー部の期待の新人で、未来の『10番』候補。そんなポジティブな形容詞に事欠かない白石鷹昌くんだが、改めて眺めてみれば……なるほど、確かに僕は『じゃない方』だと納得せざるを得ない。
茶色に染めたツーブロックショート、すっと通った鼻筋、キリッとした眉毛。
まさに爽やかなスポーツマンといった表現がぴったりの容貌で、不敵に口角を持ち上げる表情や快活な態度からはモテ男オーラが漂う。
「ついでに宣言しときますけど、俺がチームを全国へ連れていきます! なので、皆も頑張って俺について来てください!」
持ち時間を軽々こえて所信表明まで突っ走る白石くん。場は騒然となり、プライドを刺激されたほぼすべての部活メンバーから険しい視線を送られている。
僕も目を細めた。もっとも理由は周囲と逆で、怯む様子を微塵も見せない彼の姿があまりにも眩しかったからだ。
「静かに。白石鷹昌、お前も余計なこと言わんでよろしい。はい、次の人」
監督の介入で場は平静をとり戻し、自己紹介は無事ラストまで巡る。続いてマネージャー陣の自己紹介を行い、いよいよフィジカル測定が始まる……その前に、一つ特別なイベントを挟むようだ。
「よし、皆ごくろう。できるだけ早く顔と名前を一致できるように。次は、大事な大事な支援者様を紹介する。栄成サッカー部が設立されて以降、熱心に活動をサポートしてくださっているメインスポンサーなので失礼のないように。では、お連れして」
監督に指名された若いコーチが、いったん場を離れてスタッフルームへ向かう。それからすぐに、ハイブランドのスポーツウェアに身を包んだ女子生徒と共に戻ってくる。
同時に、全部員で構成された半円が再び騒がしくなる。とりわけ活気づく1年生メンバー。
「こら、静まれ。知っている者も多いと思うが、こちらは新入生の『神園美月』さんだ。支援者のお名前を神園秀光様といい、美月さんはお孫さんにあたる。御本人は多忙のためご都合があわず、代理人として栄成高校へ進学なされたご親族をお招きする運びとなった」
にこり、と笑みをつくる神園美月
周囲は一層ざわつき、慌てて監督が注意するもそう簡単には収まらない。
当然の反応だ……なにせ彼女は類まれな美貌の持ち主で、入学早々にアイドル的な人気を獲得した人物なのだから。
天使の輪をまとう黒のロングヘアーが、さらさらと春風に揺れる。
光に触れて青みがかる横髪をしとやかな手つきで耳にかければ、今度はその美しい顔に目を奪われる。
なんというか、ちょっと現実離れした美少女だ。透きとおった乳白色の肌は、あまりに綺麗で陶器の冷たさすら連想させる。
小さく柔らかな輪郭を描く顔には、最高のパーツが寸分の狂いもなく完璧に配置されている。なにより印象的なのは、涼やかな目元とサファイアのように澄んだ青い瞳。
噂によれば、彼女は北欧系の血をひくクウォーターらしい。
おまけにスタイルも抜群で、小顔が相まって体型はもはや九頭身に近い。長い手足と流麗な体の曲線はモデル顔負けの優美さで満ちている。
あれでつい最近まで中学生だったなんて信じ難い……本当に僕と同い年?
そのうえ、とある大企業の『社長令嬢』なのだそうな。完璧すぎて非の打ち所がない。まるで物語のヒロインだ。
僕がそんな風に己の目を疑っている間にも、監督は神園美月を、ひいては直接の支援者であるお祖父様を褒め称えていた。
「知っての通り、栄成サッカー部の練習環境は極めて恵まれている。Jリーグアカデミーにだって引けを取らない。おかげで当部の力は急速に伸び、歴史が浅いにもかかわらず今や東京の強豪校の一つに数えられるほどだ。しかしこれも、神園様の並々ならぬご尽力あってのこと。人工芝の導入および整備、部活棟の建設などはまさにその賜物。さらには皆が普段つかうボールや練習用具も神園様からの寄付品であり、本日より導入される最新鋭の測定機器に至ってはありがたいことにほぼ新品を寄贈していただいた。何より神園様は寛仁大度にして心からサッカーを愛するお方で、栄成高校のみならずサッカー界全体の発展を心から願っておられ――」
「豊原監督。恥ずかしいので、もうその辺でストップしてください」
ほんのり桜色にそまった唇が開かれ、凛とした響きを持つ声で制止を促す。怒涛のごとく身内への賛辞を並べ立てられ、いい加減いたたまれない気持ちにでもなったのだろう。
間を置かず彼女はこちらへ向き直り、改めて口を開く。
「神園美月と申します。本日は機器の動作確認を兼ねて見学させていただきます。どうぞよろしくお願いします」
ぺこり、と頭をさげる栄成高校のアイドル様。拍手喝采。白石くんなんかは目からビームでもだしそうな熱視線を送っている。
ところで、あれほどの超絶美少女どんな青春を過ごすのだろう……できれば僕にもお裾分けいただきたい。
「では、活動を始める。まずは全体でアップして、上級生はそれぞれチーム毎に集合。1年は全員サブピッチへ移動して、コーチの指示のもとフィジカル測定を行う。怪我をしないように集中してやりましょう」
『はいっ!』
ふたたび監督の指示を受け、本格的に活動開始。
まずは全体で軽くジョギング。終わり次第、学年別にコーチの指導をうけつつダイナミックストレッチで体幹に刺激を与えていく。
他にもマーカーコーン(皿コーン)やポールなどを利用したステップワークなど、アップに関してはどれもジュニアユース時代に体験済みで、個人的には馴染みやすい内容だった。
その後、1年は全体から離脱してサブピッチへ。
設備的には変わらないが、部活棟に近い方をメイン、逆をサブと呼んでいる。
さて、ここからが問題だ。フィジカル測定の大半は『ペア』で行う設定になっている……が、よりによって僕とこのお方を組ませなくても。
「……あ、白石くん。今日はよろしく」
「ああ、お前か。先に言っとくけどさ、俺の足を引っぱったらぶん殴るから。気をつけてくれよ? じゃない方の白石くん」
ペアの相方、『白石鷹昌くん』からパンチのきいた挨拶をもらう……地獄へようこそ、僕。
最初の種目へ向かう途中で、このツーブロックショートのイケメンを見かけたものだから、ちょっと挨拶をしてみたらこれだ。
同姓ゆえに何かと比較される影響か、彼とはろくに会話もしないうちから関係が悪い。嫌い、というより一方的に僕が見下されているような感じ。
それでも連れだって移動し、まずは跳躍系の種目からスタート。最初は立ち幅跳びで、腰のセンサーが距離・高さ・速度・パワーを数値化してくれる。
「先輩から聞いた話だけど、上位チームへ入るため記録を偽ったヤツがいたらしい。すぐバレてペナルティくらったらしいけど。お前もズルできるなんて思うなよ? この俺がきっちり見張ってるからな」
白石(鷹昌)くんは、いったい僕にどんなイメージを抱いているのだろう……?
ついでに断っておくが、わざわざ釘をさされるまでもない。
僕だってジュニアユース時代は、全力でフィジカル測定に取り組んでいたさ。それなのに同期のメンバーたちから、『ズルぼっち』だの『不正モブ』だのとバチボコに叩かれるようになり、いつしか他人の視線があると萎縮して全力が出せなくなった……完全にトラウマである。
しかも元チームメイトたちの『イジり』はエスカレートし、常態化した。以来、周りの反応が怖くてまともにサッカーをプレーできなくなった。
他人に見られていると、不可視の鎖に全身を締め付けられて体の動きが鈍るのだ――このような経緯があったからこそ僕はサッカーを諦め、『せめて青春を謳歌しよう』との結論へ至ったのである。
とにかく、不当にバッシングされるなんて二度とゴメンだ。どうせ全力を出すことも叶わない。
「着地したら動くなよ。リトライは3回が目安だぞ」
「あ、はい。じゃあ僕からいきます」
担当コーチの指導をうけた後、設置されているマーカーコーンから両足でジャンプ。現状の出せる全力で挑んだ。セレクション合格者である以上、到達すべき最低ラインがある。
「えっと……はあ? なにお前、モブ顔のくせして意外にジャンプ力は結構あるのな。キモいわー」
モブが飛んだら悪いのか……と反論したくなるが、ぐっと飲み込む。どうせ揉めるだけだ。
無言で記録シートに数字を記し、次の測定場所へ移る。その後も、可能な限りの全力でトライし、まあまあ微妙な結果を生み出していった。
「あ、白石鷹昌だ。ようこそ、『50メートル走』へ。応援してるよー、頑張ってね!」
「やっぱり同姓だから、じゃない方の白石くんとペアなの? まじウケる」
「応援サンキュー! 俺と偽物じゃあどう考えても釣り合わないだろ」
「あはは、友達ってより引き立て役って感じだよね」
測定係の女子マネと楽しそうに会話する白石(鷹昌)くんをよそに、黙々とスタンバイを整える僕。
くっそ妬ましい。女子からの声援とか、すごく青春っぽいじゃないか。彼ほどのイケメンになれば、素敵イベントの方から寄ってくるらしい。
「今度は50メートル走か……一緒に走るのだけは認めてやる。でも、フライングとかで俺のリズムを乱すような真似はすんなよ」
足首をほぐしつつのご忠告。もちろん心得ていますとも。
僕はジュニアユース時代、スプリント系の測定においても『フライング短足』だの『ブサイクフォームスプリンター』だのとバチボコに叩かれた。
そのせいで、並走者の動き出しを目視してからでないとスタートできなくなった。ソロだとこの問題は発生しないものの、だいたい他人の視線があるからやはり足が鈍り……今日はそのダブルバインド状態。当然、結果はよろしくない。
「うっわ、足おっそ。しかも絶望的にどんくさいフォームだし。お前、セレクション合格者だっけ?」
「え、まあ一応……」
「マジかよ。そんな身体能力じゃあ『Cチーム』が限界だろ。セレクション組なのに落ちこぼれとか、流石じゃない方だな」
規定本数を走り終わると、白石くんのお墨付きを頂けた。やったね。




