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じゃない方の白石くん~夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ~  作者: 木ノ花 
Sec.1

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第2話 自己紹介ともう一人の白石くん

 僕の通う栄成高校は、東京都三鷹市に所在する私学だ。

 創立15年目のモダンでスタイリッシュな校舎が自慢で、メニュー豊富な学食とカフェテリアは生徒から大絶賛されている。


 生徒数は千人を超える。当然、マンモス校に相応しいだけの施設的なキャパシティを備えている。ただし、すべてが同区画に内包されているわけではない。三鷹市は都心へのアクセス抜群なベッドタウン、開けた土地の確保が容易ではない。


 そこで我が校は、道路を挟んだ隣地に必要施設を建設して本校舎と渡り廊下で繋ぐ、などの工夫によって十分な広さの学校用地を確保している――そんな渡り廊下のひとつを、僕はしぶしぶ歩く。


 ハードな6限までの授業を終え、部活用品の詰まったリュックを肩から下げて向かう先は、サッカー部専用グラウンド。


 大所帯の栄成サッカー部は入学初日にガイダンスを済ませており、これから行われる『フィジカル測定』をもって本格始動となる。


 市道を渡って階段を下ると、緑鮮やかな2面のピッチが視界に広がった。西日を浴びる防球ネットとポールの影がコントラストを生む。


 僕はその足で、校舎側のネット沿いに設置されている部室棟へ向かう。白を基調にした2階建ての大型プレハブハウスで、備品倉庫などが同居する。


 隣接する別棟には監督室スタッフルームやピッチが見える応対室を設けるなど、あまりの充実ぶりに驚く来賓も少なくないのだとか。


「うっすー」


「あ、ちわっす」


 すれ違う先輩から体育会系ならではの軽快な挨拶が飛んできたので、こちらも会釈を返す。


 ついでに視線を向けたピッチサイドでは、トレーニングウェアを着用する部員の姿が多く見られた。各々ストレッチしたり、軽くボールを蹴ったり、やる気満々といった様子。


 まだ開始時間前なのに、少し気の弱い僕は遅刻したような感覚に襲われ、自然と早足になる。新入生の部室は上階部。階段を上り、ドアから中へ。


 少し埃っぽい室内にはネームプレート付きダイヤル式ロッカーが並び、空いたスペースを埋めるような形でベンチが設置してあった。

 先日のガイダンスの折に説明を受けたので、スムーズに利用可能だ。


「おっつー」


「あ、うっす」


 上履き(スクールシューズ)を脱ぎながら、先に着替えていた顔見知りの部員たちと挨拶を交わす。その脇を通り、自分のロッカーの前でリュックを下ろした。


「先輩たちがもう外に出てるって。お前も急げよ」


「りょーかい。ありがと」


 ダラダラしているヒマはないようだ。

 部室をでる面々に礼を告げ、僕も手早く準備にとりかかる。制服からトレーニングウェアへ着替え、スパイクを取りだす。逆にカバンと上履きはロッカーへ。


 それから、今日は使うかもわからないレガース(すね当て)を手にし……へたりと、ベンチにくずおれる。


 いきたくねえ……いよいよ始まってしまう。

 高校では青春を優先すると決めたくせに、早くもサッカーのお時間だ。


 うっかり行き先の違う特急列車に乗ってしまったみたいに気持ちが落ち着かず、今すぐ引き返したくて仕方がない……なのにどうして踏みとどまるのかといえば、曲がりなりにもセレクション合格者だから。正当な理由もなくサボれば居場所を失い、青春がより遠のく。


「まあ、予定どおりボチボチやるか……」


 改めて宣言するまでもないが、全力でサッカーに取り組むつもりなんてあるはずもなく。


 栄成サッカー部は大所帯ゆえに、各自の実力にマッチする『A・B・C・D』のいずれかのチームへ振り分けられる。無論Aが最上位。


 それで僕は、この三年間で『Cチーム』のベンチメンバーあたりを定位置として目指す。もちろん本気で頑張って届かない可能性もなくはないが。


 なんにせよ、下位チームは試合数が少なくなる分だけ休みが増え、練習強度だって低くなる。ひいては、青春に費やす時間を確保しやすくなる……はず!

 期待してくれる両親へも、頑張ったけどダメだった、と言い訳できる。


「よし、頑張るぞ」


 何をどう頑張るかは未知数だけれど、僕は気持ちを切り替えてピッチへ向かう。

 部活棟前の指定スペースでスパイクを履き、ピッチサイドの空きスペースで軽く体をほぐしながら開始時刻を待つ。


 こんなときに会話を楽しむような間柄の部活メンバーはまだいない。叶うなら、同じCチームに滞在予定の友人がほしいものだ。


 ***


 とうとう部活開始の定刻を迎え、スタッフルームから監督とコーチ陣が姿を現した。


 すかさず上級生の口から『集合』の掛け声が発せられ、栄成サッカー部の全メンバーが部活棟の前で半円形に整列する。


 事前情報によれば、プレーヤーは総勢132名とのこと。女子マネージャーさんも10名を超えている。


「みんな揃ってるか? 誰かいないなら後で報告してくれ」


 中央でどっしり構えてこちらを見渡す人物こそは、我らが栄成サッカー部のトップを務める『豊原とよはら監督』。


 日に焼けた肌に短髪のいかにもスポーツ然とした風貌の男性だ。スリーストライプスが特徴的なジャージを着用し、ホイッスルを首から下げている。


 年齢は45歳で、『JFL(日本サッカー界アマチュアトップリーグ)』でのプレー経験を持つ優れた指導者だ……と、僕はジュニアユースの関係者から聞かされている。


 そんな監督の背後には8人ものコーチ陣が控えており、そちらは部員と似たようなトレーニングウェアを着用していた。実際にトレーニングに混ざって指導するためだろう。


「よし、では始める。こんにちは」


『こんちはっす!』


 監督からの挨拶を受け、すかさず半円をつくる部員たちが唱和した。

 モブらしく外周に立っていた僕の耳が少し痛くなるほどの大音声。皆の気合の入りようがうかがえる。


 続けて監督が「ゴホン」と咳払いし、なにやら真剣な話が始まりそうな気配を察知したので怒られないようにじっと視線を固定した。


「本年度のトレーニング初日ということで、まずは俺の考えを伝えておく」


 どうやら訓示をいただけるようだ。場の空気も一層引き締まり、自然と腕を後ろに組んで聞き逃すまいと耳を傾けていた。


「サッカーには常に競争がつきまとう。それは、皆も理解していると思う。まして高校年代の争いはこれまで以上に激しく、挫折を味わう機会は格段に増える。上級生の中には、『どれだけ努力しても望む成果を得られない』といった苦難に直面した者が多くいるはずだ」


 サッカーと競争は密接不可分な関係にある。自分との戦い、仲間との戦い、相手との戦い、記録との戦い――試練は連続するスパイラルのごとく巡る。


 なによりも辛いのは、ほんの一握りの人間だけしか勝利の栄光を手にできないこと。大半が苦杯をなめさせられ、暗く冷たい自己嫌悪の沼に沈む。

 最悪は僕みたいに負け慣れ、闘志すらも枯れ果てる。


「――だが、腐らずにサッカーを続けてほしい。へこたれずやり抜く力は、この先の人生で壁に直面したとき唯一無二の武器となる。たとえ報われなくても、必ず指導陣は見ている。横には頼もしい仲間たちがいる。高校生活が終わったとき、実りある三年間だったと笑えるよう頑張っていきましょう!」


『はいっ!』


 示し合わせたわけでもないのに声が揃うのは、サッカーを通して身につけた習性を全員が共有しているからだ。


 それにしても、素晴らしい演説だった。部活を頑張って笑顔で卒業を迎える、きっと誰もが『そうあれかし』と願っているに違いない。少なくともこの場にいる部員はこぞって奮起したはず……ただ一人、この僕を除いて。


 しつこいようだが、僕はサッカーに……というよりは己の才能に見切りをつけている。なので、サッカー漬けだった中学時代の二の舞いを演じるなんてお断り。


 監督には申し訳ないが、笑顔で高校を卒業するため真に必要なのは『恋と友情の青春』だ。できれば、恋愛マンガみたいな学園生活を送ってみたい。けれど、僕ってモブ顔だからなあ……どう考えても脇役が精一杯だ。


「話は以上。次は、新入部員に自己紹介をしてもらう。初めて顔を見る者もたくさんいるからな。1年はそっちに移動して、A組から順に並べ。クラス、名前、出身クラブ、ポジション、を述べるように。制限時間は各自10秒。ちゃっちゃといくぞ」


 続いては自己紹介タイム。

 ガイダンスに出席したのは1年生と監督とコーチ陣、加えてお手伝いの上級生のみ。ゆえに、大半が初見である。


 監督の指示に従い、新入生が半円から離れて一列にズラッと並ぶ。顔を出してチラッとうかがってみれば、ざっと50人はいるだろうか。


「じゃあ、端っこのキミからスタートして」


「はい! 1年A組、石村直樹といいます。レガウSC出身、ポジションはDHディフェンシブハーフです」


 元気よくスタートが切られ、「前の人が終わったらどんどん続いて」という監督の指示のもと流れるように進行していく。


 聞いていると、中体連(中学部活)よりもジュニアユース(クラブチーム)出身者の方がやや多い印象だ。


 両者を比較した場合、練習環境の差からジュニアユースが実力で勝る傾向にある。試合時間も微妙に違ったりと、連盟ごとに特色がある。

 他にも確か……などと考えているうちに、いつの間にか順番はC組の後方へ突入していた。


「1年C組、山田ペドロ玲音やまだ・ぺどろれおんです。出身は調布五中、ポジションはSBサイドバック


 褐色の肌と長い手足が特徴的な彼は、南米にルーツを持つ少年だ。

 近年の日本スポーツ界では、若きハーフアスリートたちの活躍が目立つ。それはサッカーも同様で、Jリーグや日本代表でプレーするハーフ選手は今や珍しい存在ではない。


 その流れは下位カテゴリにも波及しており、急成長をとげる育成年代の質向上に一役買っている。

 それはさておき、直後には僕の出番がやってくる。


「1年D組、白石兎和です。ブルースターJYFC出身、ポジションはSBです」


 少し緊張したものの、噛むことなく終えられた。

 順番はすぐ隣のクラスのメンバーへ移る。運が良いのか悪いのか、D組のサッカー部員は僕一人だけなのだ。ちょっと偏りが酷い。


 そして、さらに待つこと少し。

 いよいよ皆さんお待ちかね、期待の新入生のご登場。


「白石鷹昌、1年F組。出身は『東京FCむさし(U15)』、元Aチーム! ポジションはMF――つか、『トップ下』希望しますっ!」

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