第23話 プレーに迷ったときは私を見て
「兎和くん。昨日はどうしてメッセージを返してくれなかったの?」
「あ、う、え……その、玲音と色々やりとしていて、疲れて寝ちゃって……そのまま忘れてた」
「まさかこの私が、既読無視をされる日がくるなんて思いもしなかったわ……」
観戦エリアで対面し、返答を聞くなり白目を剥きかける美月。
彼女には、僕と白石(鷹昌)くん派閥のトラブルについて何も伝えていない。ただでさえスタメン落ちの件で心配をかけたから、これ以上は余計な負担をかけたくなかった。おまけに玲音への相談に集中していたので、うっかり忘れていたのだ。
というか、ちょっと大袈裟だよね。既読無視なんてよくあるだろうに。
僕なんて中学時代、LIMEのIDを交換した唯一の女子の『佐藤舞さん』にずっと無視されていたぞ。返信は年に1度あるかないか。織姫と彦星より連絡が取れない関係だった。
しかし慎たちの反応を見る限り、あながちオーバーな反応でもないようだ。バスケ部の面々は口々に『神園さんのメッセを既読無視……』と呟き、驚きの表情を浮かべている。
「そもそも兎和くんはさ、いつから神園さんと仲良しなの? 前にも一緒に屋上ランチしたり、ちょっと接点が謎だよね」
ごもっともな疑問を口にしたのは、慎の恋人の三浦さん。
学校のアイドル様と、『じゃない方』なんて蔑まれるモブ陰キャ。普通なら道が交わることのない組み合わせなので、不思議に思うのも当然だ。
僕たちの関係を一言で表すなら、マネジメント契約を結んだクライアントとマネージャーが正しい。が、そこへ至る経緯を説明するにも今は時間が足りない。
なにより美月が絡んだ場合、あの男が黙っているはずもないのだ。
「あっれー、神園も応援にきてくれたの? ゴールデンウィークなのにわざわざ悪いな。でも、おかげでめっちゃ気合い入ったよ。なあ、兎和」
背後から忍び寄ってきて、馴れ馴れしく肩を組んでくる白石くん。案の定だし、今日初めての声をかけられた。
こうなると、さらにもう一人の参戦が確定する。今日は白石くんをほぼマンツーマンで見張っている男がいた。そう、頼れる僕の相棒だ。
「おいシロタカ、今すぐその腕を離せ。兎和がゲロ吐きそうな顔しているぞ」
「ありがとう、玲音……うぷっ……ちょっと出たかも……」
「テメエ、この俺がわざわざ仲良くしてやって――きったねえ!?」
僕が盛大にえずくと、白石くんは慌てて距離をとった。
彼が近くにいるとストレスが急上昇して、たちまち気分が悪くなる。たった今もせり上がってきた一口分を胃へ押し戻すのに苦労した。
口の中が気持ち悪い、水が欲しい……そんな気持ちが伝わったのか、視線が合うなり美月はカバンから水のペットボトルを取り出す。続いてちょいちょいと手招きしながら、皆から距離を取った。涙目の僕もその指示に従い、これ幸いと場を離脱。
背後からは、「ゲロ兎和、待て!」や「お前はお呼びじゃないんだよ」と争う声が聞こえてくる。ありがたいことに、玲音が白石くんを羽交い締めにしてくれていた。
「兎和くん、大丈夫? ほら、これ飲んで」
「あ、ありがとう……」
改めてペットボトルを受け取り、僕はキャップを回して遠慮なく口をつける――その瞬間、一連の行動を世間ではどう表現するかに思い至り、天啓に打たれたかのごとく震えた。
こ、これは、少女マンガでは定番のアレだ!
「間接キッス……!」
「そのペットボトルは家で開封して、コップに注いで飲んだものよ。私は直接口をつけてないわ……そんなことより、聞いて兎和くん。もしも試合に出場して、プレーに迷ったときは私を見て。いい? 約束よ」
いったい何の意味があるのか、その前に試合に出られないと思う、どうして涼香さんは女子高生のコスプレしているのか、などの疑問を返そうとした。
しかし、その前にタイムアップ。
長いホイッスルが響き、『集合!』と声がかかった。
「お友達の皆さんには、私たちの関係についてきちんと説明しておくから。兎和くんは試合にしっかり集中すること。くれぐれも、さっき言った事を忘れないで――私を見るの。必ずよ? それじゃあいってらっしゃい、頑張ってね」
「あ、うん、いってきます」
情報過多で頭はちょっと混乱しているが、美月に背中を押されてその場を離れる。戻りながら、慎たちへ手を振るのも忘れない。
栄成サッカー部と実堂学園は、それぞれピッチの反面を使用してアップを開始した。それが終わり次第、水分補給と最終的なミーティングへ突入。
僕たちは自軍ベンチに集まり、永瀬コーチの訓示に耳を傾ける。スタメンは青のホームユニフォームに着替え、審判団によるメンバーチェック(服装・すね当てなどの確認)を受ける。
続いてチーム写真の撮影。スタメンが二列に並び、ユニティリーグ東京のロゴ入り横断幕を持って行われた。写真や試合映像はリーグ公式HPや動画サイトで公開されるそうだ。
レギュレーションを頭の中で整理する。試合時間は90分(45分ハーフ)、ハーフタイムは原則15分、引き分けあり、で間違いなかったはず。
気づけば先発メンバーたちはピッチ中央で整列しており、観客に一礼。コイントスの結果、栄成が前半のキックオフを獲得した。
仕上げに両イレブンがそれぞれ円陣を組み、威勢の良い掛け声を発する。同時に、会場のボルテージがぐっと上がる。
ここまでが、試合開始までの一般的なルーティン。
選手がスタートポジションにつくと、ちょうど午後1時の定刻が迫る。会場は自然と静まり、独特の緊張感が漂う。
主審は腕時計に目を落としている。やや遅れて、片手を高く突き上げた。その瞬間、咥えたホイッスルが強く吹き鳴らされる。甲高い音が尾を引きながら、ゴールデンウィークの青空に吸い込まれていった。
ユニティリーグ東京、第1節。
栄成高校VS実堂学園――新進の強豪と全国区の名門。まだ少しチームカラーに馴染みきらない新入生同士の戦いが、ついにキックオフ。
僕は自陣ベンチに腰掛け、試合の入りを見守る。
まずはフォーメーションの確認。栄成は練習してきた4-2-3-1』を採用、実堂はオーソドックスな『4-4-2』だ。
青のユニフォームに身を包む栄成は、センターサークル内に立つ白石くんが自陣深くにボールを戻していつも通りのスタートを切る――ところが、いきなり浮足立つ。
白のユニフォームを着用する実堂は、キックオフ直後から怒涛のハイプレス戦術を展開。前線の選手のチェイシングをトリガーに、チーム全体が連動して激しくボールホルダーへ襲いかかる。
セオリーなら前線へロングパスを送る場面。だが、プレスの圧力に飲まれたCBの酒井竜也くんは、焦った顔で横パスを選択してしまう。
トラップした右SBも即座に囲い込まれ、苦し紛れに蹴り出したボールは空に意図のない弧を描く。名門がそのセカンドボールを見逃すはずもなく、あっさりと攻守交代。
事前に永瀬コーチから教えられてはいた……実堂のチームスタイルは、『ハードワークを徹底して貧欲に勝利を目指す』というもの。
高い位置からプレスを仕掛けて相手を封じ、素早くボールを回収する。攻撃へ転じた際は、豊富な運動量を発揮して味方をダイナミックに追い越し、積極的にゴールへ迫るサッカーを実践している。
要するに、実堂は伝統的にタフで『堅守速攻』を武器とするチームなのだ。
序盤の勢いには注意しよう、と栄成も話し合っていた……が、いきなりのフルスロットルは流石に予想外だ。
何より驚きなのは、同じ新入生とは思えないその練度。入学からわずか一月で、これだけの連携をよくも仕込めたものだ。
これで序盤は、実堂にペースをガッツリ握られた。
うちだって弱いわけじゃないのに、相当厳しい戦いを強いられそう……そんな僕の悪い予測は、あまり時間が経たぬうちに的中してしまう。
守備に追われたまま、迎えた前半16分。
ビルドアップのパスを受けたDMF(右)の『中岡弘斗くん』が、低い位置で潰されてボールを失う。
彼は白石くん派閥の主要メンバーだから、連帯感がそうさせるのだろう。どんな状況でも真っ先にトップ下の白石くんを探すクセがあり、判断がややモタつく――実堂はその澱みを早い段階で看破し、『狩りどころ』と定めていたようだ。
弘斗くんへパスが入った瞬間、実堂のMFが迷いなくダブルで殺到。狙い澄まされた連係によるボール奪取。
栄成にとっては、自陣バイタルエリア中央という最悪の位置でのロストとなった。
直後、相手はたった1本のパスでペナルティエリアへ侵入を果たし、丁寧にボールをトラップしたFWは冷静に右足一閃。
栄成のエリート高身長(180センチ台半ば)GKも反応はしたが、惜しくも一歩届かず。抑えをきかせた巧みなシュートが、栄成ゴールの右下に深々と突き刺さる。
わっと沸き立つ会場、喜びを分かち合う実堂イレブン。
こうして僕たちはゲーム序盤から、名門の名門たる所以をまざまざと見せつけられるのだった。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




