第22話 初の公式戦と美しい月のごとき輝き
高校へ進学後、初めて臨む公式戦の開催当日がついにやってきた。
これほど暗い気持ちで迎える朝はちょっと記憶にない。一夜明けた今も、蓄積したストレスがまったく抜けていない。心は腐臭を発するヘドロみたいなドロドロの感情に蝕まれたまま。
うって変わって、外はスカッとした晴天。
さっとカーテンを開けば、目の覚めるような日差しが室内へ降り注ぐ。
「はあ……いきたくねえ」
陽光の温もりを感じながら、思わず愚痴る。
もはや白石(鷹昌)くん派閥のメンバーの顔を見るだけでゲロ吐きそうだ。できるなら、ベッドに戻ってポンポンペインでスヤァしたい……が、それだけは選ばない。
ここで休んだら、僕の豆腐メンタルは完全に砕けて、サッカーを通り越して人生すらも諦めかねない。なにより今は、家族以外にも心配をしてくれている人たちがいる。
それは、美月と玲音だ。昨晩、気遣うようなメッセージをもらっていた。なので、怖かろうがなんだろうが這ってでも部活へいくぞ。
それに僕だってただのバカじゃない。玲音にはしっかり相談し、『可能な限り一緒に行動する』と約束してもらっている。加えて、白石くんに一発かますとかなんとか。あまり迷惑はけたくないので止めたが。
頭のなかで対策を整理する。
仲の良い部活メンバーの協力のもと呼び近寄る隙を与えず、例え呼び出されても絶対についていかない。何かあればすぐ大人に助けを求める。念の為、妹に防犯ブザーまで借りた。
備えは万全。ジュニアユース時代には孤独な戦いを強いられたが、高校では頼もしい友ができた。
ジャージに着替えながら、不意にちょっとした成長を感じる。身支度を整えて学校へ向かう頃には、いくらか気が楽になっていた。
本日の試合会場は栄成高校だ。2面の人工芝ピッチにクラブハウスとも言えるような充実の設備を持つので、ちょこちょこ公式戦の会場として割り振られる。
その関係でDチームメンバーは午前集合。パイプテントやカラーベンチなどを移動し、ちょっとした設営を行う。
玄関を出るまでの間、家族にも気づかわれた。僕が部屋にこもり気味だったせいだ。ジュニアユース時代にも度々繰り返してきた行動で、昔は色々と聞かれたものだ。しかしある時を境に、温かく見守るスタイルへと変更された。
確か、僕が何か言ったのが理由だと思う……のだが、あまりよく覚えていないんだよな。いずれにしても、助けを求めれば両親は即座に手を伸ばしてくれる。
そんなわけで、いつもよりちょっと静かな家族に見送られながら自転車にまたがる。D1唯一のスタメン落ちに、白石くん派閥との関係を思うとやはりぐっと気は重くなるが、どうにか足に力を込めてペダルをぶん回す。
すっかり見慣れた通学路を走破し、栄成高校の駐輪場へ差しかかる。そこで、僕は今日初めて笑みを浮かべた。
「おはよう、玲音! 僕が来るのを待っていてくれたの?」
「おっす、兎和。当然だろ。昨日は先に帰ってスマンかった。まさか『ビビリのシロタカ』が急にバカをやらかすとはな」
自転車を降り、通用門の前に立っていたジャージ姿の玲音と合流する。待ち合わせの約束まではしていなかったのに、本当にありがたい。
最初は彼のコミュ力にあやかるためにその手をとったが、今や邪な思いなんてキレイサッパリ消え去った。なんなら僕の『絶対に恩返しするリスト』にしっかり名前を記載してある。それと、あっけらかんと白石くんをビビリ認定するあたり、やっぱり只者じゃない。
僕と頼りになりすぎる相棒は揃ってリュックを背負い直し、サッカー部専用のグラウンドへと向かう。
ピッチサイドでは、早くも設営を開始しているコーチや1年生メンバーの姿が散見された。先輩方は不在だ。A・Bチームは外で試合、Cチームは夕方以降のトレーニング予定。
ほどなくして、部室棟二階のロッカールームに到着する。
思わず僕は足を止めてしまった。中から響いてくる話し声が、昨日のクソッタレな茶番をフラッシュバックさせたのだ。こうなれば、建物自体も禍々しい影をまとっているように見えてくる。
「恐れるな、兎和。シロタカ派閥は多く見積もって15名ほど。だから俺も、同数くらいの別メンバーに声をかけて協力を頼んだ。皆も喜んで応じてくれたぞ。主に航平と竜也によるクソウザイジりの被害者たちだ」
おもむろに振り返り、心強い言葉をかけてくれる玲音。
サッカー部は陽キャの巣窟みたいに思われがちだけど、実際はそうでもない。僕みたいな陰キャや、優等生タイプの大人しいメンバーも在籍しており、スクールカーストに沿った微妙な立ち位置に収まっている。
その割を食っている面々が、今回協力してくれるという。
白石くん派閥の中心メンバー、チャラい系の馬場航平くんとヤンチャ系の酒井竜也くん――この二人の『イジり』に、普段から辟易していたそうだ。
ふっと思考が明瞭になる。Dチームの大半が敵に回ったと恐怖していたけれど、相手をリスペクトしすぎていたようだ。
魔王城さながらの迫力を放っていたロッカールームが、途端に本来のプレハブハウスとしての輪郭を取り戻す。
うん、これなら行ける。玲音に頷きを返し、後に続いて扉を潜る。
「失礼シャース」
お決まりの挨拶を口にしながら入室する。合わせて視線を巡らせると、数人の白石くん派閥のメンバーを確認できた。
タイミング的には、ちょうどトレーニングウェアに着替え終わったところ。不意に視線が合う。次いで、彼らはこちらへ向かって歩いてくる。
暴言でも吐かれるのか、と僕は思わず身構えた。
「うっすー」
誰にでもするような挨拶を口にして、ロッカールームを出ていく白石くん派閥の面々。
まるで昨日の出来事など忘れてしまったかのような態度……いや、今すれ違った彼らは取り巻きの取り巻きだ。派閥の意向には従えども、自発的に行動する気はないのだろう。
僕は大きく息を吐きだし、近くで見守ってくれていた玲音へサムズアップを送る。
さらに嬉しいことに、味方をしてくれるメンバーたちがちょこちょこ集まってきて励ましの言葉をかけてくれた。おかげで、泣きそうになりながら身支度を整える羽目になった。皆、ありがとうね。
かくて、栄成随一の知将と名高い山田ペドロ玲音を旗頭に『陰キャ同盟』が成立。陽キャ連中の横暴な振る舞いに耐えかねた僕らは、一致団結して互いの背中を守ると誓うのだった。
そしてDチームは、白石くん派閥、陰キャ同盟、優等生連合、と3勢力に分かれますます混迷を深めていく……そんな勢力間の衝突の歴史はさておき、僕たちはトレーニングウェアに着替えてピッチへ向かった。
「おいおい、今日は陰キャどもがやけに群れてんな。見ろよ、鷹昌」
「ほっとけ、竜也。俺たちは永瀬コーチのところに合流するぞ」
皆でまとまって会場設営を手伝っていると、同じように外へ出てきた白石(鷹昌)くんたちと対面を果たす。
やはり身構える僕。だが、彼らもあまり絡んでこなかったので拍子抜けした。陰キャ扱いは変わらないものの目立った被害はない。集団行動の成果だろうか?
設営が完了したら、スタメンとサブメンバーにユニフォームが配布される。続けて試合前の戦術確認トレーニングなどを行う……その間も、白石くん派閥からは接触すらなかった。
急転する事態に戸惑いを隠せない。とはいえ、悪くない変化だ。ただ一人、あからさまに敵視してくる松村くんには困ったものだが。
そのまま表向きは平穏状態を保ち、早めの時間にぬるっと昼休憩へ突入した。僕は玲音たちと一緒に、部室棟の脇にある日陰スポットでお弁当を広げる。
「兎和の背番号は『14』か。お前こそがヨハン・クレイフの系譜を継ぐ者だ」
「あ、それ玲音なら絶対に言うと思った。ていうか、背番号なんて大会や進級でちょこちょこ変わるじゃん。今度はそっちがレジェンドフットボーラーの後継者になっているかもね」
栄成サッカー部は大所帯ゆえ、公式戦用ユニフォームはレンタル式を採用している。
高校年代の主要大会では、背番号が『1〜25』の通し番号に限定されている。加えて、チーム事情で番号が変わることも多く、そのたびに新調するのは流石に経済的負担が大きすぎる。
先ほど僕に付与されたのは、背番号『14』のユニフォーム。
隣の玲音は『3』で、左SBにピッタリの番号だ。
チームカラーは青と白で、ホームが青、アウェーが白。上下ともに校章入りで、胸には学校名がローマ字でプリントされている。サイドのスリーラインは、サッカー日本代表と同じメーカーの製品であることを示す。
「……お、実堂学園が到着したみたいだな」
僕がユニフォームに対して思考を巡らせていると、表(ピッチ方面)が騒がしくなってきた。
玲音が言うように、本日の対戦チーム御一行が到着したのだろう。対応はベンチ外メンバーに割り振られているので、別段こなすべきタスクは存在しない。
以降、選手登録された者はフリータイム。お弁当を完食し、それぞれ好きなように過ごす。
僕の場合は、スマホで音楽を聞きながらちょっと昼寝した。流れる曲は美月セレクトの鉄板カラオケソング。
再び行動を開始したのは、キックオフまで1時間を切った頃。スタメンとサブメンバーは準備を整えて集合するよう指示を受ける。
僕と玲音はいったんロッカールームに引っ込み、荷物を整理してピッチへ戻る。すると、予期せぬ人物の顔が視界に飛び込んできた。
「おーい、兎和!」
「え、慎!?」
防球ネット沿いに設けられた観戦エリアから、友人の須藤慎が元気一杯にこちらへ手を振っていた。その傍らには、彼の小柄な恋人である三浦千紗さんの姿も見える。他にも、複数の同級生が一緒だった。
全員が栄成高校の制服を着用しており、男女混合の仲良しグループといった様子。
そんな彼らのもとへ、僕は満面の笑みを浮かべつつ犬のようにダッシュで駆け寄った。
「うわぁぁあああ、慎! どうしたの、なんでここにいるの!?」
「よっす兎和、つーか落ち着け。今日はたまたま部活が午前で終わったから応援にきたんだ」
「やっほ、兎和くん! 観戦に来たぞ、頑張れよー!」
「三浦さんもいるし! マジで会えて嬉しい!」
二人の笑顔を見たら、涙腺が少し緩んだ。サッカーに関係しない繋がりだからか、玲音とはまた違った安心感があるし、なんだか長らく会っていなかった気がする。
続いて慎は、連れの面々に親指を向けながら言う。
「こいつらバスケ部の連中な。俺と千紗がサッカー部の試合を観にいくって言ったら、楽しそうだからってついてきた。問題なかったか?」
「うん、皆ありがとう……でも、僕は試合に出られないと思う。せっかく来てくれたのにごめん」
「そうなん? まあ、それだったら栄成を応援するからぜんぜん問題ねーよ。気にするなって。チームスポーツじゃあるあるだし」
明るく会話しながらも、僕の頭の中では『やっぱりスタメンに選ばれたかったなあ』と悔しさが絶えずリフレインしていた。
じわり、心にヘドロのような闇が再び広がる。だが、次の瞬間にはキレイサッパリ浄化された――神秘的な美しい月のごとき輝きが差し込んできたのである。
「こんにちは、兎和くん。私も観にきちゃった」
あまりにも自然に、慎たちのグループが左右にすっと分かれる。その中央を優雅に歩いて現れたのは、栄成高校の制服と青春色のカーディガンを着た超絶美少女だった。
彼女は濡羽色の長い黒髪とサファイアみたいな青い瞳を持ち、人並み外れた美貌とスタイルまで兼ね備えている。そして我が校のアイドル様であり、僕の個人マネージャーでもある。
言うまでもないが、あえて言おう――登場したのは誰あろう、神園美月だった。
ついでに、同じ制服に身を包む涼香さんもいる……なんでコスプレ?
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