第24話 まさかの出番が巡ってこようとしていた
失点を喫した以降も、栄成は押しまくられる。
前半27分、右SHの航平くんがプレスにハメられてボールロスト。ショートカウンターからミドルシュートを打たれるが、ボールは僅かにポストの横へ逸れた。
前半39分には、玲音が粘り強いディフェンスでボールを奪い前線へ繋ぐ。しかし松村くんのトラップミスで再びカウンターに晒され、細かいパスワークからペナルティボックスまで侵入されてシュートを浴びた。が、これもポストをかすめ辛うじて難を逃れる。
あわや追加点、というシーンが続く。
永瀬コーチが声を張り上げて指示を送るものの、栄成イレブンは対応が後手に回り、焦燥ばかりが滲んでいく。
とても歯がゆい……実堂のハイプレスとて完璧ではないし、突ける穴はある。だが、それは外から眺めていればこその発見だ。
激しいプレッシングに晒されれば、眼前のマーカーへの対処で思考はロックされる。そのうえ、フィールドプレーヤーの視点では見える範囲が限定的。
この状態で打開策を見出すのは、並大抵のことじゃない。テレビのように『俯瞰』でピッチを把握できれば話は別だが、それは一部の天才のみに許された特権だ。
おまけに、ゲームキャプテンの白石くんが冷静さを欠いている点が絶望を深める。
味方に怒鳴り散らしてはいるが、相手守備陣に存在を消されている……彼にも問題はあると思います。むしろポジション的に、責任の比重は大きかろう。
栄成の『10番さま』は試合開始から今に至るまで、ピッチをさまよう幽霊状態。ボールタッチもかなり少ない。
「白石くん、さっきから全然ボール触れてないね……あ、兎和じゃなくて、鷹昌くんの方ね」
僕の思考をトレースしたような発言が不意に聞こえてくる。
隣に座っていたサブメンバーの一人、大桑優也くんが堪らず口走ったのだ。
彼は、身長180センチオーバーの大型FWだ。肉体もかなり鍛えられているようで、外見はけっこうゴツい……が、穏やかで控えめな性格のため、サッカー部内では陰キャ扱いされている。
今回のベンチメンバーは、僕を除き全員がD2所属だ。とはいえ、大桑くんはFWの2番手に位置する。展開次第では、後半のどこかで出番が回ってくるかもしれない。
「鷹昌くん、積極的に動いてボール受けに行ったらいいのに」
「そうだね。トップ(FW)とトップ下が揃って前線に張り付いていると、流石に中盤は苦しいよね」
僕と大桑くんは意見を交わしながら試合を見守る。
控えめな性格同士、会話のテンポがやけに合う。しかも彼は、『陰キャ同盟』の誘いにも快く応じてくれた心優しい同志。今後もぜひ仲良くしていただきたい。
肝心の試合は、ほどなくして前半終了のホイッスルが響く。
ベンチに漂うのは、安堵に近い溜息。1失点で済んだのは奇跡と言っていい。実堂には少なくとも3度の決定機があり、ミスに救われたに過ぎない。
ピッチから引き揚げてくる栄成イレブンの消耗も激しく、その表情がどれだけ劣勢だったかを物語っていた。
「おい、ダラダラやってんじゃねえ! さっさと前線にパスつけろ! このチームは、俺がボール持たなきゃ始まらないだろーが。そのへん理解してやってる?」
スタメンに席を譲り、僕たちサブメンバーはタオルで仰ぐ。体力回復のお手伝いだ。そんな中、大容量のドリンクボトルを傾けて水分補給をしていた白石(鷹昌)くんが吠える。
「鷹昌のいうこともわかるけど、実堂のプレスがやべえんだって……」
「マジそれな。相手、体力無限かよ」
「うん……ちょっとキツイかも。鷹昌もポジション変えて、ビルドアップ参加してくれない? もしくはFWが下がってくれてもいいんだけど」
反論したのは順に、CB(右)の酒井竜也くん、SH(右)の馬場航平くん、DMF(右)の中岡弘斗くん。揃って白石くん派閥の主要メンバーである。
この発言以降、スタメン組は遠慮のないチームディスカッションへ突入。合間に松村くんや玲音なども意見するが、内容はあまり建設的とは言えない。不和の原因は、最前線でプレーする二人にありそうだ。
「FWの仕事は点を取ることだろうが。ていうか、俺まで下がってどうする? オフェンス捨てる気かよ。シュートをぶち込んでやるから、どうにか最前線までボール持ってこい」
エゴイスティックな主張を押し出してきたのは、白石くん派閥のサブリーダー的な立場にある小俣颯太くん。ポジションはFW。体格は標準的ながらスピードに優れ、裏抜け(ディフェンスラインの裏へ抜ける動き)が得意な選手だ。
「いや、重要なのはその前だから。颯太が点を取るにしても、俺がパス出さないと無理なワケよ。やっぱお前らが頑張って最前線までボール繋ぐしかないだろ。気合い入れてやれや」
発言権は、一巡して白石くんに戻る。合わせて議論も堂々巡り。前線2人と他メンバーの意見が食い違う。
この認識の差は、実堂のハイプレスを受けたか否かの違いだろう。ワントップとトップ下は試合にほぼ関与していないため、プレッシャーの実感が薄い。裏を返せば、相手マークに存在を消されていたということでもあり、それはそれで不甲斐ない話なのだが。
「オーケー、だいたい問題は共有できたかな。では、対策と修正案を伝えるぞ」
ハーフタイムも半ばを過ぎた頃、静観していた永瀬コーチが一つ手を打ち鳴らして注目を集める。続けて作戦ボードを使い、丁寧な説明を開始した。
「先に、うちがビルドアップに苦戦する要因を確認しておく。これは単純で、栄成のCBに対し、実堂の2トップがマンツーであたってきているから。その際、うまくパスコースも切られている。こうなると、こっちはもう横にしかパスを出せない」
栄成のビルドアップは基本最終ラインからスタートするが、そこへ実堂の2トップがマンツーで当たり、中央へのパスコースも切られている。こうなると選択肢はSBかGKへのパスのみ。どちらに出しても準備万端のプレスが待ち構えており、即座にダブルチームで包囲される。
中央に縦パスをつけても同様。元より最警戒スペースなので、容易く挟み込まれて失点したときの二の舞いである。
「対処法は2つあるが、共通するのはDMFのポジションチェンジ――どちらかがCBの間まで降りてきて、一時的に最終ラインは3バックを形成する。これだけでフリーマンが発生するから、パス回しが楽になるぞ」
どちらかのDMFが最終ラインに落ちることで、ビルドアップ時に数的優位を生み出す。常にフリーの選手を作ることで相手に的を絞らせず、ハイプレスの強度を削ぐのが狙いだ。
この役割は『GKでも代替可能』との解説もあったが、連携不足とリスクを鑑みて今回は見送られた。
「で、ここからが第1案な。3バック化と同時に両SBを押し上げ、SHは中へ絞らせる。これで相手のライン間にパスコースができるから、格段にボールを引き出しやすくなる」
この指示を実行すれば、フォーメーションは一時的に『3-1-5-1』に可変する。相手の守備ブロックの隙間に味方を立たせ、縦パスの導線を確保。これで停滞していたビルドアップがいくらかやりやすくなる。
ただし中盤の底に広大なスペースが生じるため、攻守の切り替え――いわゆるトランジションの速度が生命線となる。
「それが無理なら、思い切って中盤を省略しよう。DMFを加えて3バックを形成するのは変わらない。でも、フリーのやつが相手SB裏のスペースにロングボールを蹴る。それを鷹昌か颯太が拾う、あるいはセカンドボールを回収。連動して全体を押し上げ、敵陣深くに攻め込む」
第二案は放り込み戦術だ。前掛かりの実堂は陣形がコンパクトな分、敵陣後方に広大なスペースが生じている。そこをロングボールで執拗に突き、決定機を創出する。中央の警戒が厳しい分、サイドに活路を見出した戦術だ。
「いま提示できるのはこの2つだな。さて、お前たちはどちらを選ぶ?」
永瀬コーチは事前に『ユニティリーグでは選手の自主性を重んじる』と宣言していた。
提案はするが、決定権は選手たちにある。そして派閥メンバーが過半数を占める以上、実質的な鍵は白石くんが握る。
僕としては、放り込み戦術を推したい。単純明快だし、足の速い颯太くんなら競り勝てる可能性も高い。そう考えていたら、白石くんも同じ結論を導いたらしく、同戦術が即採択された。まさに鶴の一声だ。
栄成サッカー部は、戦術をガラリと変えて選手をピッチに送りだす。
ホイッスルが鳴り響き、実堂のキックオフで後半がスタート。すると、さっそく放り込み戦術が覿面の効果を発揮する。
後半8分。打ち損じのミドルシュートを栄成GKが冷静にキャッチし、素早く味方CBへスロー。同時にDMFが最終ラインに加わり、3バックを形成してパスを回す。
ここからまさに目論見通り、実堂のハイプレスは目に見えて勢いが落ちた。詰めてもあっさりかわされるので、出足が鈍ったのだ。
タイミングを見計らい、フリーの栄成DMFがロングボールを放つ。晴天に描かれた白い放物線は、狙い通り『相手SBの裏』である右サイド奥のスペースを的確に突いた。
連動してスプリントを開始していたFWの颯太くんが、バウンドしたボールを上手く収める。準備不足の実堂ディフェンダーを尻目に、栄成は敵陣奥でのボールキープに成功。これを合図にチーム全体がギアを上げ、前への推進力を急激に高めていく。
右SHの航平くんが斜めへのフリーランを開始し、後方からDMFの弘斗くんも駆け上がる。逆サイド寄りの前線では、白石くんが釣り出されたディフェンダーの空けたスペースを狙っていた。
栄成はこの試合初めての効果的な攻撃を展開。
ボールキープする颯太くんの選択は、マイナス気味の鋭いパス。受け手の航平くんはこれをダイレクトで繋ぎ、続けて弘斗くんがボールに触る――かに思われた瞬間、彼は絶妙な『スルー』を発動。
直後、ペナルティボックス手前で柔らかくボールを迎え入れたのは、やはりリーダーの白石くんだった。
息のあったパスワークにより、実堂のディフェンスブロックは綺麗に崩される。それでも失点だけは死守しようと、闘志むき出しのCBが体を投げ出してシュートコースを塞ぐ。
白石くんも負けじと、すかさずシュートモーションへ移行。そのまま右足を振り抜く――寸前でふっと力を抜き、足首でボールをコントロールして逆方向へ切り返す。
誰も予測していなかったシュートフェイント。実堂ディフェンダーは翻弄され、完全に思惑を外される。
続けざまに白石くんは、スルーパスを選択。このボールに合わせたのは、左サイドから走り込む松村くん。
まさにドンピシャ、文句なしのタイミング。相手ペナルティボックス内の左ポケットで、栄成は絶好の得点機会を得た。
ところが……ゴール数メートル手前で松村くんが放ったダイレクトシュートは、無情にもクロスバーの上を越えていった。力んだせいか、思いっきりふかしてしまったのだ。
「こんのクソザコ松村ッ! ここで決めなきゃ勝てるもんも勝てねえだろうが!」
緑が映える人工芝ピッチに、白石くんの怒声が轟く。
ベンチの面々も思わず天を仰いだけれど、流石にその暴言はライン越えだ。間髪入れずに主審から注意を受けていた。
このプレーをキッカケに、試合はオープンな展開へと移り変わっていく。
実堂は依然として前線からプレスをかけてくるものの、放り込み戦術に対応すべく走行距離が増加。結果、スタミナを消耗して運動量がガクッと落ちる。
対して、スタミナに余裕のある栄成は攻勢を強めた。ロングボールを織り交ぜつつ、相手の陣形が間延びして生じたスペースを積極的に突き、シュートチャンスを次々と作りだす。
だがしかし、あと一歩が足りない。実堂ディフェンダーの奮闘もあり、フィニッシュだけが上手く決まらないのだ。このままでは、時間的にも敗戦濃厚となってくる。
僕はベンチに座りながら、ネガティブな見通しを抱く――そのとき。
「兎和、準備しとけ。ラスト15分を目処に松村と交代だ」
後半20分。永瀬コーチが静かに、それでいてハッキリ告げる。この僕に、まさかの出番が巡ってこようとしていた。
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