第200話
美月のサポートを受け、僕はどうにかゴールネットを揺らすことができた。
正直、かなり危なかった……ペナルティボックス内で相手ディフェンダーたちに上手くコースを切られ、ダメ元で縦に突破した。
フィニッシュの角度のないところからのシュートは、もうほとんどお祈り状態。いい感じにニアハイを打ち抜けてホッとした。
それでも結果オーライ。僕は栄成陣営の前へ駆け寄り、ジャンプして背を向けた。同時に両方の親指で、自らの背番号を盛大にアピールする。スタンドから降り注ぐ大歓声によりテンションは最高潮へ。
しかし堀先輩に「まだ同点だぞ!」と首根っこを掴まれ、すぐに帰陣する。後ろ向きに足を動かしながら、美月たちにサムズアップを送るのも忘れない。ついでに、相馬先輩たちにも。
さあ、これで試合は振り出しだ。
残り時間は約15分、全霊で勝ちにいくぞ。
ところが、両チームともにあと一歩が詰めきれない。気迫のこもったフィニッシュシーンが何度も生まれるが、互いのゴールキーパーがファインセーブを連発。なかなかスコアは動かない。
僕もドリブルを仕掛けられそうなタイミングはあった……が、太腿の張りが気になって踏み込むことはできないでいた。先ほどのドリブル突破で少し無茶をした感が否めない。
さらに10分ハーフ、都合20分の延長戦を戦うもゴールは生まれず――トータル100分もの激戦の末に主審のタイムアップのホイッスルが響き、ついに決着はPK戦に委ねられた。
いったんベンチへ戻り、豊原監督からキッカーの順番が告げられる。
僕は10番目、フィールドプレーヤーではラスト。足の状態を考慮しての順番だ。
同学年の拓海くんが9番、玲音は8番。他は3年生たちが名を連ねており、僕たち後輩の出番が回ってくることはきっとない。
まもなく刻限。最後の勝負へ向かう前に、全員で円陣を組む。ペップトークをぶちかますのは、我らが主将の堀謙信先輩だ。
「ここまでよく戦った、みんな体ボロボロだよな。でも、このPKがラスト。振り絞っていこう。優勝したら、永瀬コーチが焼肉奢ってくれるってよ! さあ、気合い入れていくぞ――」
『――ヨシ行こうッ!』
「ちょ、言ってない……」
僕たちの大声量に、永瀬コーチのつぶやきが掻き消されていく。
夏のインターハイ・東京2次トーナメント、決勝戦――終幕を飾るPK戦がいよいよ始まる。
両イレブンがハーフウェーラインに整列する。
コイントスの結果、栄成は一般的に勝率が高いといわれる先攻を獲得。
こちらのファーストキッカーは、頼りになる主将の堀先輩。堂々たる足取りでポジションにつき、東帝のGKと駆け引きを交わす。
独特の緊張感が漂う会場に、一際大きくホイッスルが鳴り響く。
堀先輩は助走をとり、迷いなく右足を振り抜き――見事にゴール右隅を射抜いた。止めていた息を吐き出すみたいに、ドッと歓声が上がる。
攻守交代。今度は東帝の1人目がボールをセットし、こちらも狙いすましたシュートでゴールネットを揺らす。キッカーは両腕を振り上げ、スタンドの応援団を煽りながら列へ戻っていった。
ますます熱を帯びるPK戦。続けて2番目、3番目と列を進み出て――互いのキッカーはプレッシャーを跳ね除け、次々とゴールネットを揺らしていった。
スコアは3対3のイーブン、互いに一歩も引かぬ攻防が続く。
そして迎えた4番目、ここで勝負の天秤が揺れ動く。
栄成のキッカーは、右SHの福田先輩。ひとつ深呼吸をした後に助走を取り、コンパクトに右足を振り抜いた。
だが、東帝の守護神が躍動。見事にシュートコースを読み切り、懸命に伸ばした左腕でボールを枠外へと弾き出す。
どっと沸き立つ東帝陣営。対する栄成陣営は、悲鳴とため息に包まれる。
僕たちが福田先輩に励ましのエールを送っている間に、後攻の東帝のキッカーがボールをセット。いやがうえにも高まる緊張感。
つうっと、僕の頬を汗がすべり落ちていく。
次の瞬間、栄成のGKである石黒先輩が意地を見せる。
相手キッカーの狙いは左隅、コースも悪くなかった。しかし僕らの守護神が抜群の反応をみせ、両手でボールを叩き出してゴールを死守。息を吹き返したような大歓声がピッチへ降り注ぐ。
勝負は、5番目のキッカーに託された。
先行の栄成の列からは、10番を背負う中村先輩が進み出る。ハーフウェーラインに残る僕たちは肩を組み、ひたすらに成功を祈る。
そして、短めの助走から中村先輩が渾身のシュートを放つ――けれど、またしても東帝GKが躍動。ドンピシャのタイミングで跳躍し、右腕一本でボールを弾き返す。
「――だっしゃああぁぁぁあああああッ!」
連続してのビッグセーブに、東帝GKが咆哮とともに拳を突き上げた。
順番は入れ替わり、後攻のキッカーがボールをセットする。これを決めれば東帝の勝利、外せばPK戦続行。
ドクン、ドクンと。
僕が心臓の鼓動を2つ耳の奥で聞いたその刹那、試合の行方を決定づける一撃が放たれる。
東帝キッカーは鋭い踏み込みから右足を振り抜く。狙いはゴール右下――ほぼ同時に石黒先輩は鋭く反応し、確かに指先をシュートコースへ割り込ませた。だが無情にも勢いを殺しきれず、ボールはサイドネットを大きく揺らす。
主審の長いホイッスルが、梅雨曇の空に響き渡る。
両チームの健闘を称える大歓声が降り注ぐ中、決勝戦の幕は閉じた。トータルスコアは『栄成2-2東帝(3PK4)』となり、僕らは紙一重で惜敗。
結局、僕と蓮くんの順番は巡ってこなかったけれど、それはそれで悪くないように思えた。先輩たちにとっては最後の夏の予選なのだから。
整列や表彰式が済むと、歓喜に湧く東帝の面々に背を向け、僕はピッチを退く――その間際で、背後から不意に呼び止められた。振り返れば、不敵に笑う蓮くんの姿が目に入る。
「おつかれ、兎和。くそ面白い試合だったな。燃えまくったぜ」
「おつかれ、蓮くん。本当に面白かった。できれば、フルで出たかったよ」
「まあな。今度は万全の状態でやろう……それにしても、今回はうちのGKに主役をすっかり持ってかれたな」
お互いエースとして支えてもらっているが、この試合の主役が誰かと言えば、間違いなく東帝のGKだろう。蓮くんの言う通り、ラストのPK戦で完全に持っていかれた。
ときには僕が主役になることもあるけれど、今日は違う日だった。
「サッカーは、試合ごとに主役がころころ変わりやがる」
「うん。でも、だからこそ面白いよね」
「ああ、そうだな。だが、次は俺たちが主役の試合でケリつけようぜ」
僕は笑顔で「もちろん」と応じ、右の拳を差し出す。察した蓮くんと健闘を称え合いながらグータッチを交わした。
最後にまた軽く挨拶をして、僕たちは別れる。次に会うのは、きっとワンデイサマーキックオフの当日だ。
ロッカールームでジャージに着替え、施設を出たところでふと空を見上げた。
灰色の雲の奥に、太陽の輪郭が滲む――今日の敗北の味は、驚くほど澄み渡るビター。
インターハイの出場権は手にしたものの、やはり決勝で勝ちきれなかったのは悔しい。怪我や疲労など言い訳はいくらでも思い浮かぶが、どんな状態でもチームを勝たせる選手にならなければ。
今回の敗戦を通じて、また少しエースという存在の実像が定まったような気がした。
さあ、夏が来る。
僕よ、青春よ、準備はいいか?
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