第20話 まったく噛み合わない現実
松村くんに先導されて向かった先は、ちょうど僕が向かおうとしていた部室だった。
一瞬、逃げてしまおうかとも考えた。とはいえ、同じ部活に所属する者同士。ここで避けても意味はないと思い直し、黙ってついて歩く。
だが、松村くんに続き部室の扉をくぐったところで、己のうかつな選択を激しく後悔する――室内には、白石くん派閥が勢揃いしていたのだ。
トゲのある視線が全身に突き刺さり、僕はたまらず硬直する。ギリで動く視線を駆使して周囲をうかがえば、15人ほどの顔が確認できた。残念ながら、頼もしい友人である玲音や他に交友のあるメンバーの姿はない。
リーダーたる白石くんは中央のベンチにどっしり腰掛け、派閥メンバーが半円状に展開している。
どうして部室で『鶴翼の陣』を敷いているだろう……ここは三方ヶ原か?
いったい何が目的だ……もしかして、ここにいる全員で僕をボコるつもりか?
恐ろしい想像が頭に浮かび、無意識に片足を後ろへ引いていた。叶うなら、Uターンダッシュをかまして逃走したかった。
僕の行動を察したのか、横からすっと忍び寄ってきた陽キャの一人に肩を掴まれる……逃がすつもりはないらしい。その様子を眺めてから、この場の支配者である白石くんが口を開く。
「おつかれ、白石……ややこしいから兎和でいいよな? 公式戦、スタメン落ちは残念だったな。それでさ、松村がどうしても話がしたいっていうから、ちょっと聞いてやってくれよ」
「あ、え、その……ここで話するの?」
「ああ、俺たちは立ち会いだ。もしもケンカになったらマズいだろ? 暴力だけはダメだ。大事になればサッカー部全体の問題になる。大丈夫だって、よくある『ディスカッション』だ」
ほら座れよ、と僕は奥のベンチへ誘導される。
チームスポーツにおけるグループディスカッションの重要性は語るまでもない。特にサッカーでは共通理解が大切なので、わりと盛んに実施されている。
だとしても、これは違うだろ……ここにいる全員は、『白石くん派閥』のメンバーだ。元は別グループだった松村くんもすっかり吸収されてしまい、近頃は陽キャ軍団の急先鋒としての言動が目立つ。
周りの面々が誰の味方かは明らかだ。例え口を挟まなくとも、この状況ではプレッシャーがキツすぎて対等な議論など望めやしない。ただ暴力のリスクを理解しているあたり、最低最悪よりはいくらかマシか。
嫌な考察をしながら僕が腰を下ろすと、ベンチが軋む。
その音をキッカケに、瞳を鋭くした松村くんが本題を切りだした。
「鷹昌、それに皆。俺のわがままに付き合わせてごめん。さっき約束した通り、絶対に手は出さないから。それじゃあ兎和、この際だからハッキリ言わせてもらう――神園美月さんにつきまとうのはもうやめろ」
「はへ……?」
「視聴覚室でも、具合が悪いフリして神園さんを無理やり付き添わせたろ? 望んでもいない行為を人に強制するなんて、お前は卑怯者だ。これ以上は黙って見過ごせない」
なぜ非難されているのか、なかなか理解が追いつかなかった。
僕と美月は、対等な話し合いによってマネジメント契約を結んだ関係だ。正当性があり、『つきまとい』や『強制』など事実無根の言いがかりである。
「神園さんは以前、お前と一緒に屋上で昼を過ごした。しかも今回は、一人残ってまで付き添った……これは、あまりにも不可解だ。神園さんには、陰キャごときを構う理由なんて存在しない。だから俺は、この行動にはなにか理由があると考えた」
迷探偵松村くん爆誕の瞬間である。
彼はベンチに座ったままやや前傾姿勢になり、たっぷりもったいぶってから真相……と思い込んでいる妄想を堂々と口にする。
「――例えば、『知られたくない秘密を握られ脅されている』とかな。つまり今日の彼女の行動は、『SOS』を発していたってことになる」
『な、なんだってー!?』
周囲のメンバーが一様に目を見開く。
唯一僕だけが、このアホみたいな茶番に度肝を抜かれて白目を剥く。
「その反応、どうやら核心をついたみたいだな。お前がやっていることは、れっきとした脅迫とストーカー行為だ。どちらも犯罪だし、サッカー部全体の不祥事になりかねない。わかったらこの場で、『二度と神園さんに近づかない』と誓え! そしてどんな秘密を握っているのか直ちに打ち明けろ!」
「は、え、いや……」
日本語で会話しているはずなのに意味がわからない。僕が混乱してテンパっていると、さらに「諦めて罪を認めろ!」とゴン詰めされる。
今すぐ冤罪被害に強い弁護士を呼んでくれ……というか、逆に聞きたい。こんなバカげたでっちあげストーリーを皆は本気で信じているのか?
「松村、ちょっと落ち着け。兎和も同じ部活の仲間なんだぞ? 俺は『脅迫』なんかしてないって信じたい。さすがに大袈裟だ」
これまで静観していた白石くんが口を挟み、ヒートアップする松村くんを止めた。しかも意外や意外、僕を擁護するような発言をしたのだ。珍しいこともあったものだ……と思いきや、やはり彼は潜在的な敵だった。
「でも、確かに兎和の問題行動は目立つ。このままだと、ストーカーと勘違いされる恐れが高い。だからここは、すべてを白状したうえで反省してほしい。もちろん神園からは距離を取ってもらう。それなら俺たちも納得して許せる。頼む、同じ部活の仲間を救わせてくれ」
熱血な新米と情に厚いベテランの刑事コンビ、といった構図だ。あからさまなムチとアメ。
どうしても僕を犯罪者に仕立て上げたいらしい。ここまで恨みを買うような事はしてないと思うのだが……もうわけがわからない。
いっそ全部ぶちまけてしまおうか、とも考える。
その場合、僕と美月が接触したキッカケを明かす必要がある。トラウマの件や、フィジカル測定で全力を出せず内密にやり直した、などの事情も含めてだ。
……どう考えても無理だろ。逆に弱みとして利用される未来しか見えない。そもそも僕がどう反論しようと、ここにいる連中は受け入れそうにない。徹底的にこちらを否定して、自分たちの要求を飲ませたいだけなのだから。
不意にジュニアユース時代のチームメイトの顔を思いだす……ああ、そうだった。こんな風に追い詰められ、僕は心を折られてしまったのだ。
ならば、ここは毅然と立ち向かう場面である。頭ではわかっている……わかっているけれど、体が、心が奮い立たない。
なんか、頭がぐるぐるしてきた。
室内の人口密度が高く、酸素が足りていないのかも。
何よりタイミングが最悪だ。なぜ今日なのだ。虚脱感が酷く、思考がバラバラにほどけていく。それにどうせ、こっちが頷くまで開放してくれないのだろう……もう、どうでもいいや。
ぼんやりした頭で、僕は投げやりに頷こうとした――そのとき、ガチャリと部室の扉が開く。
「おまえら、大勢で残って何をやっている? 明日は試合なんだから、いい加減帰れ」
永瀬コーチが突如入室してきた。たまたま見回りでもしていたのだろう……いや、今は理由なんてどうでもいい。
酸素をたっぷり補給した僕は誰よりも素早く荷物をまとめ、「お疲れ様でした!」と叫んで部室を飛び出した。
そのまま自転車をフルパワーで漕ぎ、家に着いてすぐさま自分のベッドに潜り込む。それから枕に顔を埋め、蓄積したストレスを叫びに変えて開放する。
しばらくそのままでいると、スマホが震えてメッセージの受信を告げた。差出人は、美月。画面をタップして要件を確認する。
『私の都合がつかないので、今日のトラウマ克服トレーニングはお休みにします。急にキャンセルしてごめんなさい。その代わり、明日の試合に向けてしっかりコンディションを整えてね』
残念すぎるお知らせだ……実は、青春スタンプをあと一つ貰えば、カードのマス目が全部埋まるところまできていた。なので、きり良く試合前にコンプするのを目標にしていたのだ。
けれども、そんな密かな希望さえ叶わない。
まさに泣きっ面に蜂。まったく噛み合わない現実に打ちのめされ、抱えていた枕を悔し涙で濡らす。
明日、僕は高校に入って初の公式戦を迎える。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




