第18話 メンバー発表と挫折の味
怒涛のごとく進行するゴールデンウィーク。
今朝はテレビから、大混雑するUターンラッシュの様子が流れてきた……そう。いつの間にか、暦は連休後半へ突入していたのである。
また今年もサッカー漬けだったのでちょっとがっかり。僕の思い描く夢の青春スクールライフからは程遠い。とはいえ、なかなかに充実はしていた。例年と違い、並行して『トラウマ克服トレーニング』を継続していたからだ。
美月に部活や私生活のスケジュールの提出を求められ、きっちり日程管理してもらっている。それで時間を合わせ、いつもの芝生グラウンドで合流するのがお決まりのパターンだ。
そんなわけで、高校へ進学して始めての大型連休も残り3日。
もちろん、Dチームの記念すべき初公式戦も目前まで迫ってきていた。具体的には、明日の午後一番にキックオフ予定である。
さらに言えば、現在Dチームメンバーは校舎内の視聴覚室へ集合していた。午前のトレーニング終了後、昼休憩を挟んでから初戦へ向けたミーティングが行われるのだ。
「全員揃ってるか? ぼちぼち始めるぞー」
室内前方の講演台に立つ永瀬コーチが、着席する皆の視線を集める。
彼はDチームの指導責任者であり、試合において采配を振る指揮官でもある。さらに今日は司会進行役も兼任するようだ。
仕事とはいえ、せっかくのゴールデンウィークでも休みなし。栄成サッカー部の指導陣はクソ忙しいと聞く。本当に大変そうだ。
僕は心の中で少し同情しつつ、ボケっと前方を眺めていた。だが、不意に見知った人物の姿が視界に飛び込んできて思わずのけぞる。
「失礼します。永瀬コーチ、ご依頼の資料をお持ちしました」
凛とした声が響く。同時に前の扉から入室してきたのは、制服に身を包む美月だった。
よく見れば、用紙の束とタブレット端末を抱えている。加えて、先ほどの発言から僕は察した。十中八九、ミーティングで使用するデータの作成を請け負ったに違いない。
「ありがとう、神園。資料は全部こっちに頼む」
「はい。端末のセッティングもしちゃいますね」
予想通り美月は、永瀬コーチの隣で何やら作業に取り掛かる。
学校トップ美少女が突如現れ、にわかに色めき立つDチームメンバー。隣に座る玲音なんかは、なぜか僕に意味深な視線を向けてくる。
しばらくして前方のプロジェクタースクリーンに映像が投影されるも、一向に落ち着く気配はない。
「オーケー、準備できた。全員、静まれ。これからミーティングを開始する。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
あれだけ騒がしかったのに、チームの指揮官が注意すれば皆揃ってピタリと口を閉じる。この切り替えの速さは一ヶ月ほど前には見られなかったもので、日々の部活で培われた変化といえる。挨拶を唱和するタイミングまでピッタリだ。
「最初にアシスタントを紹介しておく。ちょっとした縁で、こちらの神園美月さんがボランティアとして手伝ってくれている。同級生だから顔見知りも多いはずだ」
顔見知りも多い、どころかこの視聴覚室内に知らぬ者はいないだろう。
その証拠に、惜しみない歓声と拍手が送られている。陽キャ揃いの白石くん派閥のメンバーなんかは、スタンディングオベーションで歓迎していた。
再び注意が飛び、Dチームメンバーもまたピタリと静まり返る。まるで訓練された犬のような反応だ。もちろん僕もだけれど。
「じゃあ、スクリーンに注目。我々Dチームは明日、いよいよ初の公式戦を迎える。よって本ミーティングは、参加リーグ、日程と対戦チーム、スタメン及び登録メンバー、チーム戦術、これらの再確認と発表を目的とする。では、さっそく参加リーグについて」
永瀬コーチの合図を受け、美月がスライドを表示させる。
資料はプレゼンテーションソフトで制作されているようで、トップには『ユニティリーグ東京(U16)』と記されていた。
「このユニティリーグに、我々Dチームは参戦する。登録可能なメンバーは『U16』に限られる。要するに、お前たちの同学年が競い合うリーグというわけだ」
ユニティリーグ東京――名称通り、都内の高校やクラブチームが参加するU16世代のリーグ戦だ。今年は20チームが参加予定である。
創設の背景には、近年の東京代表勢の不振と、サッカー人口増大に伴う試合経験不足、といった課題がある。
我が校のように大所帯の部活動では、伸び盛りの世代が実戦に触れられないまま埋もれる事態も少なくない。こうした現状を受けて、日本サッカー協会を含む諸団体は『プレミア・プリンス・Tリーグ』といった公式戦を拡充。育成年代の底上げと才能発掘に取り組んできた。
ユニティリーグ東京も、そんな追い風の中で誕生した競技会の一つ。
主眼はU16の育成。同学年が集い切磋琢磨するこの舞台は、向こう三年間しのぎを削るライバルたちとの顔合わせの場でもある。
「では次、日程と対戦チームの確認だ。今スクリーンに表示されている対戦表の通り、我々は『1部リーグ』に参加する。各チームのスケジュールによって変動するが、月に1回ないし2回の試合を行う」
ユニティリーグ東京は『2部制』となっており、今のところ両グループともに10チーム編成だ。栄成サッカー部はリーグ立ち上げの翌年に昇格して以来、上位の1部リーグで奮闘している。
開催方式は『1回戦総当たり』なので、全チームが9試合を戦う。
最終順位は、勝敗に応じて獲得できるポイント(勝点)によって決定される。下位2チームは自動降格。
開催期間は5月~年内いっぱい。だが、間に『夏のインターハイ』や『冬の選手権』を挟むため、わりと日程はズレるらしい。
「それで、肝心の初戦の相手は……あの『実堂学園』に決まっている」
その名を聞いた途端、室内はまたもざわつく。
実堂学園は、全国区の知名度を誇るサッカー名門校の一つである。
夏のインターハイと冬の選手権――全国の舞台に複数回出場した経歴を持ち、群雄割拠の東京ブロックでも一段と優れた戦力を有している。おまけに、昨年のユニティリーグ東京における優勝校でもある。
中には知っていた者もいたようだが、声を上げたくなる気持ちはわかる。栄成からすれば、間違いなく格上の相手だ。
「落ち着け、同じ1年生なんだからビビる必要はない。それにお前たちも、うちの部に入ってから充実したトレーニングを積んでいる。大丈夫、自分が思うより成長しているぞ」
安心するような笑みを浮かべる永瀬コーチ。
おっしゃる通り、僕たちも日々きついトレーニングに打ち込んでいる……だけれど、サッカー名門校の門を潜れるのは相応の才能を宿すプレーヤーのみ。栄成も新進のサッカー強豪校と注目されてはいるが、順当にいけば苦戦が予想される。
「では続けて、スタメンを含む登録メンバー『25名』の発表に移る。多少声を出すのはいいが、大騒ぎはするなよ」
皆お待ちかね、メンバー発表のお時間だ。
正直に言おう……緊張のあまり、いま僕の心臓は痛いほどバクバクしている。
これまで公式戦のスタメンには縁がなかったけれど、今回は可能性がゼロじゃない。なにせ永瀬コーチは、僕なんかをサイドの『キープレーヤー』と考えてくれていた。
それゆえのポジションコンバート、並びにD1への配属。トラウマは未解決ながら、つい期待してしまう……サッカーに希望を抱くことは、やめたはずなのに。
「まずはスタメン11名の発表から行う。ポジションに合わせて、該当者の氏名と背番号をセットでスクリーンに表示する」
永瀬コーチは顔を横へ向け、小さく頷く。それを合図に美月がタブレット端末に指を滑らせると、スクリーンの映像がぱっと切り替わった
次の瞬間、Dチームメンバーの反応は二つに割れた。
快哉を叫ぶ者、落胆に嘆く者。
僕の反応はといえば……後者の方だった。深くて淀んだ、とびっきり重いため息までセット。
スクリーンには、『4-2-3-1』のフォーメーションとスタメンが表示されていた。ところが上から下まで、いくら見直しても『兎和』という名前はどこにも記されていない。
その代わり、しつこいほど『白石』の苗字が目につく。だがそれは、僕じゃない方の白石くんを示すもの。
「これから配布するメンバー表には、選手登録した『25名』が記載されている。名前があった者は試合に出場する可能性があるので、そのつもりで準備するように」
隣の玲音から用紙の束が回ってきたので、僕も1枚とって次へ回す。
正面へ向き直り、すぐ内容に目を走らせる。それでようやく『白石兎和』の氏名を発見できた。記載があったのは『サブメンバー』の欄。
僕は、スタメン落ちした――それもD1では唯一。
おまけに、先発の左SHにはD2から『松村くん』が選出されている。前に美月の噂を確かめるためにパス交換がてら接触してきた彼だ。先日の紅白戦ではポストプレーの際に激しく当たられてもいる。
どうやら僕は自惚れていたらしい……コンバートの打診を受けた。D1に選ばれた。サイドのキープレーヤーだと言ってもらえた。だから、『自分がスタメンに選ばれるかも』なんて思い上がっていた。実際はトラウマでろくに体も動かせないくせに。
しかも、うっかり期待してしまっただけに反動もデカい……足元が崩れ、真っ逆さまに落下して行くような気分だ。
何より、美月と永瀬コーチの期待を裏切ってしまったことが辛く感じる。申し訳ない気持ちが猛烈にこみ上げてきて、今にも胸が張り裂けそうだ。それに、両親もこの結果を知ったらまたガッカリするだろう。
なんにせよ、やっぱり僕はとんでもない愚か者だ……諦めたはずのモノに再び手を伸ばそうだなんて、呆れ果てて自分を慰める言葉すら浮かばない。
じわり、口の中に独特のエグみが広がっていく。
忘れもしない挫折の味だ――ザラザラして鉄臭いのに一抹の懐かしさ含む、そんな味。
二度と堪能したくなかったそれを噛み締めていると、次第に僕の思考は鈍っていく。やがて頭の中は真っ白に染まり、誰の声すらも聞こえなくなった。
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