第三百ニ話 世界調理開始/愛の砲撃①(その3の66~67の途中まで)
ピキリピキリとひそかに鳴らされていたその音は、ついにパリン!と破砕を告げるいっそ愉快なほど軽やかな響きに転じて終わりを告げた。
そしてそれは、ある種の断末魔、最後の悲鳴として捉えるべきものであった。
なぜなら、それは…
「すまなかったな、カタルマリーナ…」
それはアタイの、このフィルティエルトの姉、料理音楽担当の『姉妹』カタルマリーナが、ついに限界を迎えて砕け散った音だったからだ。
アタイの長々と続いた演説は、実は様々な犠牲を伴っていた。
その一つが彼女だ。
もちろん、カタルマリーナは音楽姉妹として演説の声を遠くまで届ける音響効果も担当していたが、彼女の尽力はそれだけに留まらない。
今にもこちらに激突しそうな大地獣の頭部、山獣頭をこれまで押し留めていたのも、この姉の力のおかげが大きかった。
音を自在に操る彼女、花束を思わせる金管楽器の『姉妹』にとって、たとえば歌いながらしゃべるなど朝飯前さ。
音楽姉妹は、同時に複数の多様な音声を発生・演奏可能で――そんな“音”の中には岩石をも共振で砕く高周波なんかもあったりした。
そうだ、アタイの姉はすごく器用なうえに、かなりの破壊力を秘めていたんだ。
優しいアイツは、なかなかそんなの使いたがらなかったけどな。
けど、そんな彼女にとっても二つの“大技”…つまり、フィルティエルトの演説の拡散と山獣頭の足止めの二つを同時にこなすことは、さすがに負担が大き過ぎた。
だから…こうなった。
アタイは見た。
赤い空の下でも朝日のように黄金に輝いていた姉に、少しずつ、少しずつヒビ割れが走っていき…ついにそれが全身を覆う黒いクモの巣となって、その瞬間!
ついに音を立てて砕け散り、黄金のスパンコールかくす球のように、宙に弾け舞い散っていくのを。
その姿を、はっきりと見たんだ。
少し前までは元気に歌い、アタイに昔話なんかもしていた彼女が…今じゃ、秋の終わりの森のような有り様だ。
こうなったら、出来ることはもう一つだけだ。
別れを告げる。
「地獄があったらまた会おうよ、姉さん」
姉は、カタルマリーナは前の『災厄』の後、アタイと同じく戦場に出ていたクチだ。
たくさん殺していた、と言い換えても良い。
彼女はあまりに優し過ぎて、おヒトよし過ぎた。
その音楽による精神操作の機能は、あまりに戦争に向いていて、そのヒトの良さはあまりに利用されやすかった。
アタイたち『キュトスの姉妹』は、あくまでヒトに作られた道具に過ぎない。
最初の使用者だったメクセトは世界を統一した王様だったからまだ良かった。
アイツにはもうそれ以上暴力や軍事力を振るう必要はあんまり無かったし、だからこその責任と自重が十分にあった。
だけどその死後、メクセトの後継ぎとなると、そうもいかなかったんだ。
カタルマリーナはアタイと同じように戦場に駆り出され…結局その扱いに、そして何より自分のしてしまったことに耐えられず、この【食卓界】から逃げ去った。
さっき聞かされた本人の話によれば、彼女はそのことをずっと後悔していて…罪滅ぼしの機会をずっとずっと探していたのだという。
そしてアタイたちは、原型になったという異世界の神さまたちと違って、単に長生き出来るだけで本当の意味で『不死』なわけじゃないんだ。
だから…限界を超えるまで酷使されれは、こうなるのも当然ってワケだ。
こうして、アタイは金の粒子となった姉を見送った。
特にお悔やみの言葉なんかは述べることもなく。
薄情なつもりはない。
アタイ自身も、すぐにその後に続くつもりだからだ。
演説に長々と時間をかけたこともあって、本当に最後になる…最後にしなけりゃならない砲撃の準備の方も、もう完全に整っていた。
のぞき込めば、急造した射撃窓からも目標である山獣頭が段々と大きくなっているのが見える。
恐ろしい速さでこちらへ向かって来るところを見ると、既にシャフティも、爆弾妹ももう“先に行った”のだろう。
思わず、その名残りである桃色の煙を視界に探しかけてしまい、頭を振って気持ちを切り替える。
今は、そんなことをしている場合じゃない。
カタルマリーナともアイツとも、きっとまたすぐに会えるだろう。
その時、同じ『姉妹』として胸を張ってアイツらと再会出来るように…今は、まず目の前のことに集中しなくちゃな。




