第二百九十八話 世界調理開始/愛の演説①(その3の64の途中まで)
そりゃあ、言われた通りに逃げて、二人だけで最後の時間を過ごしたくはあるさ。
すごくすごくそうしたいさ。
カスメルにだ、抱きついて、そばにずっといて…世界の終わりまでそうしてさ。
二人で一緒に最後を迎えられたなら、今度こそ誰かに失望したり裏切られたり追い出されたり、置いて行かれたりしないで、ずっと一緒にいてそれで優しくて暖かい時間だけを共に過ごせたら…それはなんて幸せなんだろうと、何がなんでもそうしたいと…そうは思うよ。
本当にさ。
けど、それはダメだろう。
ダメなんだ。
それじゃあ、ただの心中、それもアタイが主導する巻き添えの無理心中じゃないか。
このフィルティエルトが、将軍とも英雄とも救世の姫とも殺戮者とも呼ばれ、どんな軍隊にも獣にも立ち向かってだいたい勝ってきた兵器が、『キュトスの姉妹』がさ。
まだ半世紀も生きちゃいない、自分よりずっと年下の男に甘えて、そいつを巻き添えで殺そうってのはさ、そりゃあなんか違うだろう。
「ごめんな、カスメル。二人でケリをつけたかったさ。アタイだってね…」
少しだけ後ろを振り向く。
が、もちろん気絶している相手が返事をするわけもなく…
アタイは、再び前に向き直った。
アイツのためにも、その居場所を守らなきゃな。
だから、アタイは『姉妹』の力をどれだけ借りてでも、この演説を絶対にやりとげてみせる。
…たとえそれが、どんな犠牲を払うことになったとしても、だ。
まあ、やっても無駄かもしれねえが。
けど、どんなことだってそれは同じだ。
ホントに無駄かどうかなんて、結局は一回やってみなきゃわかんねーからな!
じゃあ行くか!
練習も何も無しのぶっつけ本番!
聞けよ者ども、これがアタイの、世界最大音量の“声のラブレター”だ!
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そして、
「あーテステス、聞こえてるか?」
その声は危機の中、唐突に響いた。
それは、大陸中央の平原を抜け、
「聞こえてるな?」
それを囲む山脈を超えて四方に広がり、
「よし、準備はここまで。本番だ」
平たい大地の、【食卓界】の隅々(すみずみ)まで伝わっていく。
「みんな、聞いてくれ!」
その演説は、すなわち突然の災害、これまで住んでいた大地がいきなり巨大な怪物となって動き出すというとんでもない困難に見舞われたヒトビトへのメッセージであり、戦場となったど真ん中へと、響き渡った声であった。
それを聞いてなんだこれは、と怒る者もいれば、ただひたすらに驚きとまどう者もあり、反応はヒトそれぞれ。
世界全体への伝達に協力した『姉妹』たちはと言えば、なぜかろくに反応せず。
発信者のフィルティエルトの意志がどこまで伝わったのか、それは定かではない。
けれど、それが世界全体この大地に住まう全てのヒトへと伝わったことだけは疑いなかった。
なぜなら、その音声はいまや世界中へと行き渡った新機構だけでなく、少しずつ広まりつつあったニンゲンたちの情報ネットワーク、ラジオやテレビの放送網にさえ介入し、半強制的に流されてきたのだから。
しかも、これはなんと『世界調理』の最中であるにも関わらず、その総指揮官の意図に反した行動であった。
こんな事態は、ある意味『姉妹』全員の黙認を得た、総反抗であると言うしかない。
なにしろ、『姉妹』たちがまだろくにニンゲンに親しんでいなかった頃、独裁国家だった古代メクセト王朝時代でさえ、これほどの反抗は起きたためしがないのだ。
とはいえ、そんな事態にも関わらず、これは大きな問題とはなっていなかった。
なぜならば、急造の機構ゆえに全体の指揮系統に冗長性が大きかったことを“幸い”と成し、この状況は副官ケルネーによって“事故”の一言だけで、処理されているのだから。
なぜ、そこまでして演説を強行する必要があるのか、そしてまたなぜそれがこうまで『姉妹』たちに支持されるのか。
それを語るものは、誰もいない。
今は、まだ。
ともかく、こうしてフィルティエルトの演説は始まった。
※
ともかく、こうして演説は始まっちまったわけだ。
「よう、みんな。いきなりこんな大変なことに巻き込まれて困ってることと思う。アタイもそうだ。おっと、そんなことを言うコイツは誰だ、って思うよな。アタイだってそうは思うさ。だけど時間も無いし、手早くいこうか。新しい指揮料理人にこの場を借りて自己紹介させてもらうぜ!アタイの名前はフェルティエルト!『キュトスの姉妹』の一人だ。もうみんな知ってるだろうが、ヒトの形をした生きた料理道具だな。長いからエルトで覚えてくれ。好きなものは…なんだろ。まあ、のんびり『普通』に生きることかな。嫌いなものは戦争や争いあと革命と話を聞かないヤツ。それから…嫌い“だった”ものはホトトギスとカッコウだ。なんで“だった”って過去形なのかって?誰も興味は無いだろうけど、話させてもらうぜ。だってこれからアタイが話したいのは、まあ要するにそのあたりの話なんだから」




