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第5話 排気ガスと安全靴、コインランドリーの戦利品

 俺は、排気ガスと土埃がむせ返る道路工事の現場で、ダサいヘルメットを被り、赤く光る誘導棒を無気力に振っていた。


「おい谷口! ボーッとしてねえで、さっさとダンプ誘導しろや!」


「……チッ、わかってるよ、うっせえな」


 頭頂部がハゲ上がった現場監督の怒声に、俺は心の中で中指を立てながら、ノロノロと車道へ歩み出た。


 生ぬるい風が、汗だくの安っぽい警備服を冷ましていく。


 足元に目をやると、あの日A子とのデートにうっかり履いて行ってしまった鉄板入りの『安全靴』が、未舗装の泥とアスファルトの粉をたっぷり吸い込み、さらに薄汚いグレーにコーティングされていた。


 周りでゼエゼエと息を切らしてアスファルトを引っ剥がしている作業員たちを見回し、俺は鼻で笑った。


(馬鹿どもが。一生そうやって泥水すすってろ。俺はお前らみたいな底辺とは違う。週末になれば、エリートパイロットとして女たちから大金を巻き上げる、選ばれた人間なんだよ)


 排気ガスにまみれた退屈な時間や泥汚れなんて、俺の完璧な計画を彩るちょっとしたスパイスでしかない。


 むしろ、この泥臭い現実があるからこそ、エリートを気取って女を騙す時の快感が何倍にも跳ね上がるのだ。




 その日の深夜。俺はボロアパートから徒歩三分にある、薄暗くてカビ臭いコインランドリーにいた。


 エリートパイロット(偽)の、もう一つの顔。それが「下着泥棒」だ。


 蛍光灯がチカチカと点滅し、乾燥機の低い稼働音だけが響く空間。


 俺は周囲に誰もいないことを確認し、さっきまでくたびれた様子の主婦が使っていた洗濯機の蓋をそっと開けた。


 湿った衣類の山に手を突っ込み、目当てのものを引っ張り出す。


「……ケッ、なんだこのババアくせえベージュのデカパンは。ハズレじゃねえかよ」


 舌打ちしながらも、俺は一応その安っぽい下着をスウェットのポケットにねじ込んだ。


 高級なレストランでシャンパンでも傾けながら女を口説く(予定の)この俺が、深夜の場末のコインランドリーで他人の使用済みパンティーを漁っている。


 普通なら惨めで死にたくなるような状況だが、俺の歪んだプライドは違った。


 この圧倒的な「落差」こそが、底辺を生き抜く俺のしたたかさの証明に思えて、たまらなく興奮するのだ。




 盗んだ下着の生温かい感触をポケットの中で確かめながら、俺は備え付けのプラスチックの椅子にどっかりと腰を下ろした。


 そして、画面にヒビの入ったスマホを取り出す。


 画面には、次なるターゲットである『B子』とのトーク画面が開かれている。


 B子は身長175センチのガリガリの大女だ。背が高いせいで学生時代から男に敬遠され続け、自分に自信が持てないコンプレックスの塊みたいな女。


 プロフィール写真も、わざと背中を丸めて小さく見せようとしているのが痛いほど伝わってくる。


『フライトお疲れ様です。谷口さんに会えるなんて、まだ夢みたいで……私みたいに図体がデカくて可愛げのない女で、本当にいいんでしょうか?』


 B子からの卑屈なメッセージを見て、俺はコインランドリーに響くほどの声でニチャアッと笑い声を漏らした。


「ヒヒッ……いいカモだぜ、全く。こういう女は、コンプレックスを肯定してやるだけで一瞬で股を開くんだよな」




 俺は親指を滑らせ、息を吐くように嘘を打ち込む。


『君のその控えめなところが、たまらなく愛おしいんだ。僕はモデルみたいにスタイルの良い君が大好きだよ。今週末、僕に会ってくれるかな?』


 送信ボタンを押すと、ものの数秒で既読がつき、『はいっ! どこへでも行きます! 服、新しいの買っておきますね!』という、涙ぐんでいるのが目に浮かぶような返信が飛んできた。


「バァーカ。どうせお前が何着たって、ただのデカい電柱にしかならねえよ」


 A子で実証済みの「いきなり好意をぶつけて沼に落とす」手口。


 これをB子にも、そしてその次のC子にもキッチリ決めてやる。


 俺の完璧な演技で全員を同時に依存させ、ギリギリまで夢を見させた後、一斉に金を引っ張り出すんだ。


「俺の人生、いよいよフィーバータイム突入だな……!」


 泥だらけの安全靴でコインランドリーのベニヤ板の床をリズミカルに叩きながら、俺はチカチカ光る薄汚い蛍光灯を見上げて高笑いした。


 自分が今、最も滑稽で、最も無防備な姿を晒していることにも気づかずに。


 俺というクズの極みが作り上げる「完璧なシナリオ」は、いよいよ破滅に向けて加速し始めていた。




続く


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