第4話 メロンソーダと安全靴
駅前の安っぽいファミレス。
俺はドリンクバーの薄いメロンソーダをストローですすりながら、テーブルの下でスマホの画面を高速でタップしていた。
『本当にフライトお疲れ様です!私、谷口さんに会えるのずっと楽しみにしてました!』
画面には、出会い系アプリのメッセージ画面が三つも四つも並んでいる。
相手は全員、30代を過ぎて男の影すらない、孤独でコンプレックスの塊みたい女たちだ。
「あぶねっ、高身長のB子に送るコピペに、C子の名前を入れるところだったぜ。モテる男は辛いねえ……ヒヒッ」
俺はニヤニヤと薄気味悪い笑いを漏らしながら、手慣れた様子で三人の女に同時に甘いメッセージをばら撒いた。
俺は今、複数の女を同時に転がす凄腕の詐欺師だ。万能感で脳汁がドバドバ出ているのがわかる。
今日の俺は「休日のエリート」を気取って、ネットで買った胸にデカい英字ロゴの入ったスウェットを着ていた。
下も、少し擦り切れたスウェットだ。
だが、自分がいかに完璧な変装をしているつもりでも、テーブルの下にある足元には、いつもの工事現場の泥がこびりついた『鉄板入りの安全靴』をうっかり履いてきてしまっていることに、俺自身まったく気づいていなかった。
「あ、あの……谷口さん、ですか……?」
ふいに頭上から、上擦った細い声が降ってきた。
顔を上げると、今日のために無理して買ったであろう、パツパツのピンクのワンピースを着た女が立っていた。
少し小太りで、緊張のあまり顔はテカテカに脂ぎっている。今回の最初のターゲット、A子だ。
(……ヒッ、想像以上にチョロそうなカモが来やがったぜ)
俺は心の中で下品な舌打ちをしながらも、スマホを素早く伏せ、エリートパイロットの「爽やかで優しい微笑み」を顔面に張り付けた。
「初めまして、A子ちゃん……だよね?」
俺はわざとらしく目を丸くして、A子の顔をじっと見つめた。
そして、少し照れたように頭を掻きながら、あの魔法の言葉を口にした。
「あ、ごめん。いきなりで悪いんだけど……めちゃくちゃ俺のタイプだな。ごめんね、こんなこと言って」
「えっ……!?」
A子の顔が、ボッという音が聞こえそうなほど一瞬で茹でダコのように真っ赤に染まった。
エリートからの突然のストレートな告白。
恋愛経験の乏しい女の脳髄は、たったこれだけの安い言葉で完全に破壊された。
彼女の潤んだ瞳は俺の顔だけを真っ直ぐに捉え、テーブルの下にある『ドロドロの安全靴』になど、見ることすらしなかった。
「さ、座ってよ。何でも好きなもの頼んでいいからね。今日は僕がご馳走するから」
俺は財布の中身が三千円しかないことを隠し、余裕たっぷりにメニューを開いてみせた。
A子はモジモジしながら、ハンバーグセットの大盛りを注文した。
そこからの二時間は、ひたすら退屈な「種まき」の作業だった。
A子が語る、職場の人間関係の愚痴や、自分にいかに自信がないかというどうでもいい長話。
俺は生あくびを噛み殺しながら、絶妙なタイミングで相槌を打ち、時折、甘い言葉を囁いた。
「君は真面目すぎるんだよ。僕は世界中の色んな国で着飾った女性を見てきたけど、君みたいに純粋で心が綺麗な人が一番魅力的だと思うな!うん」
「谷口さん……私、男の人からそんな風に言ってもらえたの、初めてです……」
A子の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
ファミレスの安い紙ナプキンで涙を拭うその姿を見ながら、俺の心の中はドス黒い優越感で満たされていた。
(馬鹿な女だ。あと2、3回会って夢を見させてやれば、こいつの貯金は全部俺のモノになる)
いきなり金の話を持ち出すような三流のマネはしない。
時間をかけて女を骨抜きにし、自ら財布の紐を解かせるのが一流のやり方だ。
「そろそろ出ようか。来週からまたパリへのフライトが入ってるんだけど…帰ってきたら、また会ってくれるかな?」
「はいっ!絶対に……待ちますから!」
店の外に出ると、A子は名残惜しそうに何度も振り返りながら、駅の方へと歩いていった。
その後ろ姿が見えなくなった瞬間、俺は「エリートの顔」を捨て、元の「底辺のクズ」の顔に戻った。
「ヒヒッ……笑いが止まんねえぜ。チョロすぎるぜ!」
ズシリと重い安全靴でアスファルトを蹴りながら、俺はポケットからスマホを取り出した。
画面には、同時進行しているB子とC子からの『会いたいです』という未読メッセージが溜まっている。
俺の人生は完璧だ。
このまま女たちから金をむしり取り、這い上がってやる。
自分の思い描く「完璧なシナリオ」に酔いしれる俺は、まだ気づいていなかった。
自分をこの後どん底に突き落とす「本当の黒幕」が、画面の向こう側から冷たい目でこちらを監視していることなど、知る由もなかったのだ。
続く




