第22話 高画質ドライブレコーダーと、冷や汗のランチ
「ふぁあ……」
翌日のお昼。
都内のオシャレなオープンテラスのカフェで、俺は隠しきれない欠伸を噛み殺していた。
深夜の道路警備明けで、睡眠時間はわずか3時間。
体は鉛のように重いが、目の前にいる『最強のATM』ことC子には、そんな底辺の疲労を見せるわけにはいかない。
「ごめんね、谷口さん。非番の日に呼び出しちゃって」
「いや、君の顔を見たら、夜勤の疲れなんて吹き飛んだよ」
15万のイタリア製革靴を組んで爽やかに微笑むと、C子は頬を染めて嬉しそうに笑った。よし、今日も完璧だ。
「そういえばね、昨日の夜のドライブのことで、ちょっと不思議なことがあって」
C子がパスタを巻きながら、ふと思い出したようにスマホを取り出した。
「不思議なこと?」
「うん。カーナビが急におかしくなって、気がついたら足立区の寂れた工事現場に出ちゃったの。そこでおかしな警備員さんに道を聞いたんだけど…」
(ビクッ!!) 俺の心臓が、早鐘のように鳴り始めた。
「そのあと、車のドライブレコーダーの映像をスマホで確認したら…なんだか、その警備員さんが谷口さんに似てる気がして」
「…は、ははは! 冗談きついな。俺がそんな底辺のバイトなんてしてるわけないだろ?」
俺は顔の筋肉を引き攣らせながら笑い飛ばした。
大丈夫だ。昨日は誘導棒でバッチリ顔を隠した。
ドラレコの映像ごときで、俺の天才的な変装がバレるわけがない。
「だよね! 私もそう思ったんだけど、ほら、これ見て」
C子が差し出したスマホの画面を見て、俺は息を呑んだ。
そこに映っていたのは、赤く光る誘導棒を顔の前に構えた俺の姿。
だが、おかしい。
夜の暗い道路のはずなのに、映像が異常に明るく、そして恐ろしいほど『高画質(4Kレベル)』なのだ。
誘導棒の隙間から覗く、俺の充血した目。引きつった口元。
ジャンパーの襟元からチラリと見える、安物のTシャツの柄まで、鮮明に映し出されている。
俺のポケットの中で、自分のスマホが『ブルッ』と震えた。
こっそり画面を覗き込むと、あの黒い目玉のアイコンが浮かんでいた。
【 読者に報告:ターゲットが油断していたため、C子のドライブレコーダーの映像を『AIによる超高画質化処理』で補正しておきました。 】
【 読者アンケート:ターゲットは、この絶体絶命の証拠映像をどうやって誤魔化すでしょうか? 】
(てめえええええっ!! システムのクソ野郎!!)
「ね? 目元とか、谷口さんにそっくりじゃない? それに、この警備員さんが履いてる安全靴……」
C子が、無邪気な声で動画を拡大していく。
画面いっぱいに、俺が昨日おろしたばかりの安物の安全靴がドアップになった。
「谷口さんがこの前、『実家の庭仕事用』に買ったって言ってたのと同じメーカーだなって思って」
「あ、あぁ……! よ、よくあるメーカーだからな! たまたまだよ、たまたま!」
俺はフォークを落としそうになるのを必死に堪え、額から滝のように流れる冷や汗をハンカチで拭った。
「だよね。谷口さんみたいなエリートが、こんな夜中に泥だらけになって働くわけないもんね」
C子はクスリと笑ってスマホをしまったが、俺の胃袋は恐怖とストレスで完全にねじ切れる寸前だった。
【 読者は、高級ランチを前にして胃液を逆流させているあなたを見て、「最高のスパイスだ」と評価しています。 】
俺は味のしない高級パスタを、泣きそうになりながら飲み込んだ。
続く




