第2話 乾燥機とペラペラの制服
グルグルと回る乾燥機の鈍い音が、狭いコインランドリー内に響いている。
むせ返るような柔軟剤の甘い匂いと、ホコリっぽさが混ざった独特の空気。
俺は色あせたパイプ椅子に深く腰掛け、適当な週刊誌を広げながら、目の前でスマホをいじっている女を監視していた。
年齢は30代半ばといったところか。
化粧っ気のない地味な顔立ちで、着ている服もくたびれている。女は乾燥機の残り時間がまだ15分以上あるのを確認すると、ふうと息を吐き、立ち上がって店を出ていった。
隣のコンビニにでも行ったのだろう。
(……馬鹿が。隙だらけなんだよ)
自動ドアが閉まった瞬間、俺は週刊誌を放り投げ、音も立てずに女の乾燥機の前へ滑り込んだ。
ためらいなど一切ない。
息をするように自然な動作で扉を開け、熱気を帯びた衣類の山に手を突っ込む。
指先が、ツルッとしたナイロンの感触を捉えた。
引っ張り出したのは、ピンクのレースの下着だ。
俺はそれを素早く丸め、スエットのポケットにねじ込んだ。
女がコンビニから戻ってくる前に、俺は自分の薄汚れた洗濯物をコンビニのビニール袋に突っ込み、足早に店を後にする。
ポケットの中で、まだ生温かい布の感触を弄りながら、俺はニヤニヤと薄気味悪い笑いをこぼした。
空き巣にはビビり散らして逃げ出すくせに、こういう反撃されない安全な獲物から搾取する時だけ、俺は無敵になれるのだ。
足立区鹿浜。家賃5万、風呂なしの六畳一間。
万年床の横に放り出された段ボールから、俺は一着の服を引っ張り出した。
ネット通販で買った、三千円のペラペラなパイロット制服とパイロットキャップだ。
シワだらけのシャツに腕を通し、安っぽい肩章のついたジャケットを羽織り、パイロットキャップを被る。
背景にカビの生えた壁紙が映らないよう、俺はドアの前のわずかなスペースに立ち、スマホのインカメラに向けてキメ顔を作った。
現実では加齢臭まみれの底辺警備員だが、画面の中を少し加工するだけで、世界を飛び回る「エリートパイロット・谷口」の出来上がりだ。
俺はこの写真を餌にして、出会い系アプリに片っ端から登録している。
だが、そこら辺にいるような小綺麗な女に「いいね」を送るような馬鹿な真似はしない。
俺の安っぽい嘘が通用する相手は、決まっている。
検索条件を絞り込み、画面の奥底までスクロールする。
男の足跡すら全くついていない、年齢は30歳オーバー。
自己紹介文に「出会いがありません」「真面目な方を希望します」なんて痛々しい言葉を並べている男日照りの孤独な女たち。
男との交際に金も時間も使ってこなかった分、こういう奴らの通帳には、たっぷり貯金が眠っているはずだ。
俺はそういう「底辺の女」たちをピンポイントで狙い撃ちし、エリートの余裕を気取った甘いメッセージをコピペして送りまくった。
数時間後。
スマホがブルブルと震え、通知が滝のように流れ込み始めた。
『あなたみたいなエリートの方が、どうしてこんなアプリにいるんですか?』
『私なんか相手にしてくれるんですか……?』
「パイロットって、本当に出会いがないんですよ。ですから、恥を忍んでアプリに登録してみました。でも直ぐにやめようと思っています。」
『谷口さん、すごく素敵ですね。ぜひ一度、お会いしてみたいです!』
「ヒヒッ……チョロい、チョロすぎるぜ」
薄汚いちゃぶ台の前で、俺は声を上げて笑った。
さっきコインランドリーでかすめ取ったピンクの下着を左手でいじりながら、右手で次々と女たちに返信を打ち込む。
俺の正体が、夜の住宅街をおしっこ漏らしながら裸足で逃げ惑うクズだとも知らずに、画面の向こうの女たちは「私を選んでくれた!」と狂喜乱舞しているのだ。
「待ってろよ、お前らの金、根こそぎ吸い取ってやるからな」
現実の惨めさをすべて忘れ、俺はゴミ溜めのような部屋の中で、自分が王様にでもなったかのようなゲスな優越感にどっぷりと浸っていた。
続く




