第18話 最低の言い訳と、ちょろい獲物
「うぅ……頭いてぇ……」
朝。ボロアパートの万年床で、俺は目を覚ました。
昨日の夜、公園から逃げ帰ってきてそのまま寝落ちしたらしい。
枕元には、ゲロとビールの悪臭が染み付いた『リサイクル皮ぐつ』が転がっている。
スマホを見ると、オカンやツレからLINEが山のように来ていた。
あの皮ぐつ一気飲み動画の件だ。
「うるせえな……」 俺は一瞬で全員を『ブロック』した。
言い訳するのも面倒だ。
天才である俺の足を引っ張るような奴らは、親だろうが友達だろうが、こっちから切り捨ててやる。
それより問題は、あの不気味なアプリだ。
恐る恐る画面を開く。
だが……あの『黒い目玉』のマークは消え、ただの普通の画面に戻っていた。読者からのアンケートも、強制アクションの通知もない。
「……なんだ。案外たいしたことねえな。俺の強靭なメンタルに、システムの方がビビって諦めたか」
俺はフフッと笑った。勝った。
やはり俺は選ばれた天才だ。
だが、無銭飲食で逃げたせいで財布の中身は空っぽだ。
すぐに次のATM(女)を見つけなければならない。
俺の頭に、昨日逃げ出した事務員のC子(38歳)の顔が浮かんだ。
普通なら完全にブロックされているところだが、俺の天才的な詐欺師の勘が「いける」と囁いた。
あいつはコンプレックスの塊だ。結婚への焦りにつけ込めば、まだ絶対にワンチャンある。
俺は、渾身の『言い訳メッセージ』を打ち込んだ。
『C子さん、昨日は本当にごめん。君を怖がらせるつもりはなかったんだ。 実は……君が俺の結婚相手としてふさわしいか、試したんだよ、ごめんよ。 消防士の妻は、いつ夫が死ぬかわからない極限のストレスに耐えなきゃいけない。だから、あんな異常な状況でもパニックにならない、肝の据わった女性が必要だったんだ。本当にすまない』
送信ボタンを押す。
我ながら、歴史に残るレベルの最低な嘘だ。
だが、相手は崖っぷちの38歳だ。「テスト」という言葉に必ず食いつく。
数分後。画面に通知が光った。
『そんな……テストだったなんて。私、パニックになって逃げ出しちゃって、本当にごめんなさい。最低ですよね。谷口さんの奥さんになる資格なんて、私には……』
「……ぶはっ! はーっはっはっは!!」
俺は万年床の上で腹を抱えて転げ回った。
ちょろい! ちょろすぎる!! あんな頭のおかしい靴ビールを見せられて、自分が悪いと思い込んでやがる!
『君のせいじゃない。俺の方こそ、もう一度チャンスをくれないか? 今度は俺たちの将来のために、ゆっくり話がしたい』
『はいっ! ぜひお願いします!』
よし。これで完全に俺のATMだ。
「将来のマイホーム資金」とでも言えば、いくらでも金を引っ張れる。
完璧な結婚詐欺のスタートだ。
アプリからの邪魔も入らない。
俺の人生は、再び輝かしいエリート街道に戻ったのだ。
だが、俺は気づいていなかった。
スマホの画面の奥底で、あの『黒い目玉』がジッと俺のクズすぎるやり取りを録画し、次なる『最悪の地獄』に向けて静かにカウントダウンを始めていることに。
続く




