第15話 偽装工作と予測変換の罠
「よし……これでどう見ても『熱血消防士』だろ」
俺はボロアパートの薄汚い鏡の前で、一人ニヤついていた。
肩のヒラヒラ(肩章)をハサミで切り落とし、赤いマジックで強引にラインを引いた元・パイロットの制服。
近くで見たらインクの滲みがバレバレだが、スマホの画質を荒くして自撮りすれば誤魔化せる。
背景に万年床やカップ麺のゴミが写り込まないよう、白い壁の前にへばりついてシャッターを切った。
新しいマッチングアプリのプロフには、こう書き込む。
『職業:消防士。命がけの仕事なので、休日は落ち着いた大人の女性と癒やし合いたいです』
「へへっ、我ながら完璧なテンプレだ。これでコンプレックス持ちの女はイチコロだぜ」
さっそく検索をかけ、38歳の事務員・C子とマッチングした。
狙い通り、C子の方から「消防士さんなんですね!すごいです!」と食いついてきた。
俺はニチャアッと笑いながら、返信を打つ。
『今度、一緒に(食事)に行きませんか?』
だが、画面の『食事』という文字をタップしようとした瞬間。
『ブルルルッ!』
スマホが不気味に震え、画面の下から黒い通知がせり上がってきた。
【 読者が、あなたのスマホの『予測変換』をハッキングしました。 】
「……はあ?」
次の瞬間、俺が打っていたメッセージの予測変換の候補が、勝手にズラリと書き換わった。
『今度、一緒に(コインランドリーで下着を盗み)に行きませんか?』
『今度、一緒に(リサイクルショップで買った皮ぐつにビールを入れて飲み)に行きませんか?』
『今度、一緒に(床でパンツの海を平泳ぎし)に行きませんか?』
「な、なんだこれ!? ふざけんな!!」
しかも、スマホの画面が勝手にスクロールし、一番上の『(コインランドリーで下着を盗み)』の文章を自動で入力し、送信ボタンへとジワジワ近づいていく。
「やめろ!! 送信押すな!!」
俺は親指で必死に「取り消しボタン」を連打した。
送信ボタンと取り消しボタンの、読者との激しい押し合い。
俺の額から脂汗が吹き出し、画面が指の脂でベトベトになる。
「うおおおおッ! 俺の……俺のATMを邪魔するなああッ!!」
『ポンッ』
【 送信が完了しました 】
「あ……終わっ……」
俺は絶望でスマホを取り落としそうになった。
だが、画面を見ると、ギリギリのところで俺の親指が打ち勝ったのか、送信された文字はこうなっていた。
『今度、一緒に(食事、あと俺はちょっとバカです)に行きませんか?』
「……あっぶねええええ!!」
変な文章が混じっちまったが、犯罪の自白よりはマシだ!
数分後、C子から『ふふっ、谷口さんって面白くて可愛い人ですね。ぜひ行きましょう』と返信が来た。
「勝った……! 見たかシステム! これで明日は俺の勝ちだ!」
俺は玄関に転がっている、リサイクルショップで買った980円の中古の皮ぐつを、タオルで大事そうに磨き始めた。
それが明日、自分にとって最悪の『ジョッキ』に変わることなど、知る由もなかった。
続く




