第11話 抵抗のフラッシュと、泥沼のコインランドリー
「……めちゃくちゃ俺のタイプだな。ごめんね、こんなこと言って」
俺の口が勝手に動き、またしてもあの甘ったるいセリフを吐き出す。
目の前では、小太りのA子(公務員)が顔を真っ赤にしてモジモジしている。地獄のループ、2回目。
(ふざけんな。誰がこんなお遊戯に付き合うかよ!)
俺は心の中で毒づき、テーブルの上にあったフォークをわざと床に落とした。
「あ、ごめん落としちゃった」と爽やかに言いながら、俺はテーブルの下に潜り込む。
俺の天才的な頭脳が導き出した、このふざけたシナリオから抜け出す唯一の方法。
それは、エリートパイロットという『設定』を自分からぶっ壊すことだ。
今ここで最悪の犯罪者になれば、甘い恋愛詐欺のストーリーは進行できなくなる。
読者も興ざめしてアプリを閉じるはずだ!
ちょうど真横を、短いスカートを履いた若いウエイトレスが通りかかった。
俺はニヤリと笑い、スマホを取り出してカメラを起動する。そう、盗撮だ。
エリート男がいきなりファミレスでパンチラを狙う変質者になれば、この物語は一発で終わる!
俺は迷わずシャッターボタンをタップした。
だが。
『ポンッ』
スマホの画面に、あの忌まわしい黒い通知が浮かび上がった。
【 読者が、あなたの浅はかな抵抗を鼻で笑っています。 】
「……あ?」
次の瞬間。
スマホのカメラのフラッシュが、太陽拳のように『ピカァァァッ!!』と爆光を放ち、さらに『カシャシャシャシャシャシャッ!!』と、マシンガンのような連写音が店内に鳴り響いた。
「きゃあああああっ!? 痴漢!! 変態!!」
「えっ!? 谷口さん……!?」
ウエイトレスの悲鳴と、A子の絶叫。
店中の客の視線が、テーブルの下でスマホを構えたまま固まっている俺に突き刺さる。
(やべえ!!)
「ち、違う! これは誤作動で……!」
俺が這い出ようとした瞬間、ウエイトレスの硬い革靴が、俺の顔面にクリーンヒットした。
「ぐはっ!!」
鼻血を噴き出しながら、俺は重い安全靴をガコンガコンと鳴らしてファミレスから転がり出た。
後ろからは「待てコラ!」という男たちの怒声が追いかけてくる。
(ハァッ、ハァッ……! これでいい、これで物語はめちゃくちゃだ!)
痛む鼻を押さえながら、俺はボロアパートの近くにあるあの薄暗いコインランドリーへと走った。
どうせならトドメを刺してやる。エリート詐欺師の裏の顔、下着泥棒。
これを読者に見せつければ、こんなクソみたいな小説は完全に終わる!
コインランドリーに飛び込み、俺は適当な洗濯機のフタをこじ開けた。
中から女物の下着を鷲掴みにする。
「見ろよ!! 俺はこんな底辺のクズなんだよ! お前らの読みたいイケメン詐欺師じゃねえんだよ!! さっさとページを閉じやがれ!!」
防犯カメラに向かって、盗んだ下着を振り回しながら血走った目で絶叫する俺。
だが、視界の端で光るスマホの画面には、無情な言葉が並んでいた。
【 読者は、あなたの惨めな姿を大爆笑しながらスクロールしています。 】
【 エラー:ターゲットの行動が『ただの痛いおじさん』になったため、見栄えが悪くなりました。 】
【 ループをリセットします。 】
「……は?」
足元の泥だらけの安全靴が、スゥッと溶けるように消えていく。
コインランドリーの生ぬるい空気も、手に握っていた下着の感触も、すべてが真っ白に染まる。
「や、やめろ……俺は……」
―目を開けると。
俺はまた、安っぽいオレンジ色の照明の下で、メロンソーダのストローを握っていた。
目の前には、パツパツのピンクのワンピースを着た小太りのA子。
そして俺の顔面には、さっきウエイトレスに蹴り飛ばされた鼻の『激痛』だけが、はっきりと残っていた。
「……めちゃくちゃ俺のタイプだな。ごめんね、こんなこと言って」
俺の口が、三度目の呪文を自動で唱える。
ループを重ねるごとに痛みと疲労だけが蓄積していく、絶対に逃げられない泥沼の地獄。
俺はテーブルの下で泥だらけの安全靴をギリィッと踏み締めながら、声にならない悲鳴を上げていた。
続く




