黒雷
朝。
カーテンの隙間から差し込む日差しが部屋を照らしていた。
黒纏はソファで目を覚ます。
胸の上には、いつものようにロクが丸くなって眠っていた。
(……重い。)
そう言いながらも、黒纏は優しくロクの頭を撫でる。
ロクは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
(ニャ…。)
(起きろ。朝だ。)
ロクは欠伸をすると、黒纏の胸から飛び降り、餌皿の前へ歩いていく。
(腹減ったのか。)
黒纏は苦笑しながら餌を用意する。
ロクは夢中になって食べ始めた。
その姿を眺めながら、黒纏は冷蔵庫から牛乳を取り出し、一口飲む。
静かな朝だった。
戦いとは無縁の、穏やかな時間。
黒纏はこの時間が嫌いではなかった。
突然、玄関のインターホンが鳴る。
(ピンポーン。)
(……誰だよ。)
面倒そうに立ち上がり、ドアを開ける。
そこには、一人の青年が立っていた。
赤いメッシュが入った黒髪。
鋭い赤い瞳。
肩には黒いロングコートを羽織っている。
(おはよう、寝坊助。)
(朝からうるさい。)
(昼だぞ。)
(俺にとっては朝だ。)
青年は笑いながら部屋へ入ってくる。
(ロク!)
ロクは青年を見るなり耳を伏せた。
(シャーッ!)
(またかよ!)
青年が抱き上げようとした瞬間、ロクの猫パンチが飛ぶ。
(痛っ!)
(嫌われてるな。)
黒纏は笑いを堪えながら言う。
(毎回なんで俺だけなんだよ…。)
(顔じゃないか。)
(絶対違うだろ!)
部屋に久しぶりの笑い声が響く。
青年の名は夜叉丸。
黒纏と長い付き合いの相棒だった。
二人は同じ組織に所属し、人知れず虚獣を討伐している。
夜叉丸は冷蔵庫を勝手に開ける。
(腹減った。)
(人ん家だぞ。)
(だから?)
(開き直るな。)
夜叉丸はコンビニ弁当を取り出す。
(これ食っていい?)
(俺の昼飯。)
(じゃあ半分。)
(全部食う気だっただろ。)
(バレた?)
黒纏は呆れたようにため息をつく。
ロクはその様子を見ながら、静かに黒纏の膝へ飛び乗った。
(結局、お前だけだな。)
黒纏がそう呟くと、夜叉丸は少し真面目な表情になる。
(昨日の仕事、聞いたぞ。)
(ああ。)
(相変わらず一撃だったらしいな。)
(弱かった。)
(その一言で終わらせるなよ。)
夜叉丸は笑いながら缶コーヒーを黒纏へ投げる。
黒纏は片手で受け取った。
(ありがと。)
(珍しく礼を言ったな。)
(気分。)
その時だった。
夜叉丸の通信機が震える。
表情が変わる。
(……黒纏。)
(ん?)
(少し面倒な話だ。)
(帰る。)
(待て。)
黒纏は玄関へ向かう。
夜叉丸はため息をついた。
(お前さ…。)
(今日は休み。)
(休ませてもらえない相手が出てきた。)
黒纏が振り返る。
夜叉丸は静かに言った。
(白界機関が動くらしい。)
部屋の空気が変わる。
黒纏は無表情のまま壁にもたれかかる。
(白界機関…。)
(ああ。)
(その中でも一人、かなり厄介なのがいる。)
夜叉丸は窓の外を見ながら続けた。
(光を操る能力者。)
(どんな幻も見破るらしい。)
黒纏は少しだけ口元を上げる。
(へぇ…。)
(名前は?)
夜叉丸はゆっくり答えた。
(白燼。)
その名前だけが、静かな部屋に響いた。
黒纏は窓の外へ目を向ける。
どこか楽しそうな表情だった。
(……面白い奴だといいな。)
窓の外では、一羽の黒いカラスが大空へ飛び立っていく。
その頃。
白界機関本部。
真っ白な廊下を、一人の青年が静かに歩いていた。
白いコート。
白銀の髪。
透き通るような瞳。
青年は一枚の資料を受け取る。
そこには一人の男の写真が貼られていた。
黒い服。
黒い髪。
そして、その下には名前が書かれている。
――黒纏。
青年は資料を閉じ、小さく呟いた。
(ようやく会えるな。)
こうして、運命だった二人は、まだ互いの顔も知らないまま、同じ未来へ歩き始めていた。




