表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/3

退屈な夜

主人公の名前、黒纏こくてんといいます。

初めてこういうの載せるのでお手柔らかにお願いします。。


冷たい夜風が街を吹き抜ける。

ネオンに照らされた高層ビルの屋上。

一人の青年が、フェンスにもたれかかりながら街を見下ろしていた。

全身を黒い服で包み、少し長めの黒髪が目元を隠している。

眠たそうな瞳は、忙しなく動く人々を眺めていた。

青年はポケットに手を入れたまま、小さくため息をつく。

(……面白い奴いねえかな。)

それが彼の口癖だった。

世界には能力者が存在する。

しかし、その存在を知る者はごくわずか。

人々が怪物だと思っているもの。

事故だと思っているもの。

災害だと思っているもの。

その多くは、人知れず現れる異形――虚獣によるものだった。

青年の名前は黒纏。

裏社会では「黒い亡霊」と恐れられている能力者だった。

その時だった。

胸ポケットの小さな通信機が震える。

(黒纏、聞こえるか。)

聞き慣れた声だった。

(聞こえてる。)

(仕事だ。)

(却下。)

(即答すんな。)

黒纏は面倒くさそうに空を見上げる。

(今日は帰って寝たい。)

(虚獣が一体出た。場所は神楽坂。)

(他の奴に頼め。)

(断られた。)

(じゃあ今日は休み。)

通信の向こうで深いため息が聞こえる。

(黒纏。)

(ん。)

(帰ればロクが待ってるぞ。)

その一言で黒纏は黙った。

数秒後、小さく息を吐く。

(……分かったよ。)

通信が切れる。

黒纏はゆっくり立ち上がった。

(どうせ帰り道だ。)

次の瞬間。

身体が陽炎のように揺らぎ、夜の闇へ溶けるように消えた。

数分後。

神楽坂。

人気のない商店街。

店という店はシャッターを閉め、街灯だけが静かに道を照らしていた。

その中央に、一匹の虚獣が立っていた。

身長は三メートルほど。

全身は黒く、皮膚は岩のようにひび割れている。

赤い目だけが不気味に光っていた。

虚獣はコンビニから飛び出してきた男性へゆっくり近付く。

男性は腰を抜かし、その場から動けない。

(た、助け……。)

虚獣が腕を振り上げる。

その瞬間だった。

(おい。)

低い声が夜に響く。

虚獣が振り返る。

誰もいない。

(こっち。)

右を見る。

誰もいない。

(違う。)

左を見る。

誰もいない。

(上。)

虚獣が空を見上げる。

屋上には黒纏が立っていた。

虚獣は咆哮を上げ、一気に飛び掛かる。

しかし屋上へ辿り着いた瞬間、黒纏の姿は消えた。

(遅い。)

背後。

虚獣は振り返る。

また誰もいない。

(後ろだって。)

再び背後。

振り返る。

誰もいない。

虚獣は混乱し始める。

右。

左。

上。

前。

どこにも本体はいない。

周囲には十人、二十人、三十人と黒纏が立っていた。

全員が同じ表情。

同じ服。

同じ声。

(どれが本物だ?)

虚獣は怒り狂い、次々と幻影へ拳を叩き込む。

しかし、その拳は全て空を切った。

(ギャアアアア!!)

叫び声が夜空へ響く。

その瞬間。

黒い閃光が一筋だけ走る。

静寂。

虚獣の身体はゆっくりと崩れ落ちた。

最後まで、自分を斬った相手を見ることはできなかった。

男性は震えながら辺りを見回す。

(た……助かった……。)

誰もいない。

黒纏はもう姿を消していた。

ビルの屋上。

黒纏は欠伸をしながら夜景を見下ろす。

(弱い。)

そう呟くと、再び歩き始めた。

古びたアパート。

二階の角部屋。

玄関を開ける。

(ただいま。)

(ニャー!)

黒猫が勢いよく飛び出してくる。

真っ黒な毛並み。

黄色い瞳。

首輪には小さく「ROKU」と書かれた銀色のプレートが付いている。

ロクは黒纏の足へ身体を擦り寄せ、満足そうに喉を鳴らした。

黒纏はしゃがみ込み、ロクを抱き上げる。

(腹減ったか。)

(ニャ。)

(俺も。)

冷蔵庫を開ける。

中には猫缶と牛乳、それからコンビニ弁当が一つだけ。

黒纏はロクの皿へ猫缶を入れ、自分は冷えた弁当を電子レンジへ放り込む。

(今日は何もなかったか。)

ロクは夢中でご飯を食べている。

(返事くらいしろよ。)

(ニャ。)

(それでいい。)

その瞬間だけだった。

黒纏が心から笑うのは。

誰にも見せない笑顔。

夜叉丸にも。

依頼人にも。

助けた人にも。

この笑顔を知っているのは、世界でたった一匹。

ロクだけだった。

黒纏はソファへ座ると、ロクが当然のように膝の上へ飛び乗ってくる。

(重い。)

(ニャ。)

(……嘘。全然重くねえ。)

ロクは丸くなり、安心しきった表情で眠り始めた。

黒纏はその頭を優しく撫でながら、小さく呟く。

(お前だけだな。)

(俺の帰る場所は。)

窓の外では、また一つサイレンが鳴り響いていた。

その音を聞きながら、黒纏は静かに目を閉じる。

まだ、この平穏が終わりへ向かっていることを知らないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
応援できればと思い来ました(^ ^) 短文と改行を刻む文体が、ネオンの夜と気だるい主人公の空気を作っていて引き込まれます。書き手として感心したのは、虚獣を翻弄する分身戦をテンポよく見せつつ、通信での…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ