交錯
夜。
街は静かに眠っているはずだった。
だが、その静寂は一瞬で破られた。
――ゴォォォン!!
遠くで爆発音が響く。
ビルの窓が一斉に揺れ、街灯が激しく明滅する。
黒纏はソファからゆっくりと目を開けた。
膝の上ではロクが気持ちよさそうに眠っていた。
(……うるせぇな。)
ロクの耳がピクリと動く。
(ニャ……。)
(起きるな。寝てろ。)
黒纏は優しくロクを撫でる。
ロクは安心したように目を閉じた。
その時、通信機が震える。
(黒纏、聞こえるか。)
夜叉丸の声だった。
(聞こえてる。)
(出るぞ。場所は湾岸地区。)
(またか。)
(今回は少し違う。)
夜叉丸の声色がいつもより低い。
(虚獣が妙な動きをしてる。急げ。)
黒纏は立ち上がり、黒いコートを羽織る。
玄関へ向かう途中、ロクが小さく鳴いた。
(ニャ。)
黒纏は足を止める。
しゃがみ込み、ロクの額を軽く指で弾いた。
(すぐ帰る。)
(ニャ。)
(いい子で待ってろ。)
黒纏は窓を開ける。
夜風が部屋へ流れ込む。
次の瞬間、その姿は蜃気楼のように揺らぎ、夜の街へ消えていった。
数分後。
湾岸地区。
巨大な倉庫街は無残にも破壊されていた。
コンテナは吹き飛び、地面には巨大な亀裂が走っている。
瓦礫の上には夜叉丸が立っていた。
黒い雷が腕にまとわりついている。
(遅ぇよ。)
(寝てた。)
(知ってる。)
夜叉丸は苦笑する。
(今回は少し面倒だぞ。)
黒纏は辺りを見回した。
妙な静けさだった。
(虚獣は?)
(あそこだ。)
夜叉丸が指を差す。
倉庫の奥。
巨大な黒い影がゆっくりと立ち上がる。
四本の腕。
全身を覆う黒い結晶。
赤く光る六つの瞳。
その姿を見ても黒纏の表情は変わらない。
(でかいな。)
(サイズだけじゃねぇ。)
夜叉丸が低く呟く。
(あいつ、人を狙ってない。)
(じゃあ何を狙ってる。)
(何かを探してる。)
その瞬間、虚獣が咆哮を上げた。
――グオォォォォッ!!
衝撃波が周囲を吹き飛ばす。
夜叉丸が前へ飛び出す。
(黒雷・穿牙!!)
黒い雷が一直線に走る。
しかし虚獣は腕一本で受け止めた。
(硬ぇな…。)
夜叉丸が舌打ちする。
黒纏はゆっくり歩き出す。
(俺が行く。)
(任せた。)
虚獣が黒纏へ突進する。
巨大な拳が振り下ろされる。
轟音。
地面が砕け散る。
だが、そこに黒纏はいない。
虚獣は周囲を見回す。
右。
誰もいない。
左。
誰もいない。
後ろ。
(こっち。)
振り返る。
黒纏が立っている。
虚獣が再び襲いかかる。
しかし、その姿は陽炎のように消える。
(遅い。)
今度は頭上。
虚獣が空を見上げる。
そこには数十人の黒纏が浮かんでいた。
全員が同じ顔。
同じ声。
(どれが本物だ?)
虚獣は叫びながら暴れ回る。
拳を振るうたび、黒纏は消えては現れる。
一撃も当たらない。
夜叉丸は腕を組みながら笑った。
(相変わらず性格悪ぃ能力だな。)
(効率がいいだけ。)
黒纏の声が四方八方から響く。
虚獣は完全に混乱していた。
その時だった。
離れたビルの屋上。
白いコートを羽織った青年が静かに戦いを見つめていた。
白燼。
白界機関最強と呼ばれる能力者。
その瞳が淡く光る。
(これが……黒纏。)
彼の視界には、他の者には見えない光景が映っていた。
無数の幻影。
だが、その中でたった一つだけ、わずかに空気の流れが違う場所がある。
(そこか。)
白燼は小さく呟く。
その瞬間、黒纏は何かを感じ取った。
(……?)
初めてだった。
誰かに見られている感覚。
黒纏はゆっくりと屋上へ視線を向ける。
そこには白いコートの青年が立っていた。
二人の視線が夜空を挟んで交わる。
ほんの数秒。
それだけだった。
白燼は静かに踵を返し、その場を去る。
黒纏は小さく笑う。
(……面白い奴、見つけた。)
次の瞬間。
黒い閃光が走る。
虚獣の身体は音もなく崩れ落ちた。
戦いは終わった。
夜叉丸が近寄ってくる。
(終わったか。)
(ああ。)
(どうした?)
黒纏は白燼が立っていた屋上を見つめたまま答える。
(いや。)
(久しぶりに、少しだけワクワクした。)
夜風が静かに吹き抜ける。
その頃、白燼は白界機関本部へ戻る車の中で、黒纏の資料を見つめていた。
(幻ではない……。)
(認識そのものを書き換える能力か。)
静かに資料を閉じる。
(次は、必ずこの手で確かめる。)
車は夜の街へ消えていく。
まだ誰も知らない。
この一度のすれ違いが、世界の運命を大きく変えていくことを。




