第九十八話「王の行方」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
鬼紋王の行方。
草木も眠る丑三つ時、灯明の光のみが照らす桔梗城二の丸御殿の一室に、四つの人影があった。
「こうして、俺たちが一堂に会して話し合えるのも、天命によるものなのかねえ」
まず口火を切ったのは笹竜胆の紋章が染め抜かれた羽織に袴姿の人物。
糸のように細い瞳は得体の知れない胡散臭さを思わせる雰囲気、一見したところでは詐欺師か何かに見えるかもしれない。
しかしその身に纏う気運は清らかにして気品溢れるものであり、人品卑しくはないことが一目でわかる。
彼の名は入江尚吉郎豊輝、神州を守る四道将軍の一人して従四位下左兵衛督の位階を持つ人物だ。
薄暗い室内を見渡し、彼はうっすらと笑みを浮かべる。
「まあ、二人足りないんだがな」
「兄上様はお忙しいお方、このような雑事は此方にお任せいただければ良いかと」
豊輝に応じる形で口を開いたのは黒紺色の肌と言うエルメラ人とも魔族とも、神州人とも違う異色肌の少女。
爬虫類の如き鋭い瞳に頭からは一対の角、そんな異形の姿に纏うのは緋袴に白衣の巫女装束と言う何とも言えない見た目の人物だ。
久坂綾音、五龍将とも称される人物で、桔梗城主久坂秋隆の妹でもある少女だ。
「僕としては彼、頭中将殿にも参加いただきたいところですが……」
最後に口を開いたのはこの中ではひときわ小柄な体躯の男性。
褐色の肌に色素の薄い長髪、秋隆や豊輝など、和装を纏う神州人が多い中、ホットパンツに腹部を露出するデザインのシャツと洋装を身に着けている。
その容貌は輝かんばかりのものであり、少女と見まごうほどの美貌を備えた絶世の美少年だ。
しかし彼もまた綾音ほどではないながらもまた異形。肘の先が羽毛を備えた翼となっており、普通の美少年でないことは一目瞭然であろう。
彼は高杉総三郎文良、従四位下右近衛権中将の位階を持つ四道将軍だ。
「不服なのは俺もおんなじさ、けど記憶が戻ってない以上仕方ねえだろ?」
文良の言葉に豊輝は若干ながら渋い顔で言葉を続ける。
「……右も左もわからない状態で俺たちの話に参加して貰うのはいささか酷ってもんだろうさ、ましてや……」
そこでふと豊輝は顔を上げ、窓の外に広がる景色に目を向けた。
桔梗城はエテメンアンキにある桔梗湖畔の畔に作られた城であり、豊輝たちのいる二の丸御殿からも天守閣の威容を眺めることが出来る。
遅い時間のため雄大な自然の景勝を見ることは出来ないが、代わりに空に浮かぶ三日月が煌々たる光を湖に放っていた。
長い月日が経過しても変わらぬ三日月の美しい姿から目を逸らし、豊輝は微かに嘆息を漏らす。
「……ただでさえあいつの記憶は神州よりもエルメラ由来のものが多いだろうしな」
「いずれ必ず思い出されます。その時こそ……」
確固とした決意が込められた綾音の言葉を聞いて、豊輝と文良もまた力強く頷いた。
「それで入江、例の件、王についてはどうなってるのですか?」
本題はここから、文良が豊輝に説明を求めると、彼は即座に口を開く。
「すでに居場所まで突き止めてある。ただし……」
豊輝の顔を横切る不安の影、それを感知して文良は彼が何を気にしているのか即座に見抜いた。
「やはり、討伐することはまかりなりませんか?」
「……何度か東香の奴が試してはみたらしいが、こればかりはどうにもな、固有空間に立ち入ることすら出来ないらしい」
そこで一旦口を一文字に結び、無言で何事かを考える豊輝。
「仙道を倒せるのは仙道のみ、と言うことかもしれないねえ」
その言葉に綾音はその豊かな胸の下で腕を組み、表情を険しいものへと変える。
言葉には出していないものの、彼女の顔には後悔と悔悟に近い色が浮かび、過去のことを悔いているのがありありと見て取れた。
「それさえなければ、四千年もの期間、無駄に過ごすことはなかったかもしれませんが……」
「今気にしても詮無きことでしょう」
右翼を伸ばして羽扇のように口元を隠しながら、文良は言葉を続ける。
「むしろ頭中将殿が奴を倒せる力を持っていたことが幸運と言うべきでしょうね」
「ともあれ、最後の一体を頭中将殿に片付けてもらえば、ひとまずの用意は完了って言うわけだ」
豊輝の言葉を受け、同意とばかりに頷いて見せる綾音と文良。
秋隆は知らないことだが、神州の復興を果たすための条件はほぼ整いつつあり、後は仕上げを残すのみの状態、いわばヨセの段階に入っていた。
しかし複雑な盤面であればあるほどにヨセの手順と言うものは難解になるもの、タイミングを間違えては思わぬところから瓦解するであろう。
「……もっとも討伐後即解放、というわけにもいかないだろうがねえ」
「ええ、エルメラとの関係が問題になってくるでしょう」
豊輝に応じる形で言葉を返すと文良はその美しい顔を微かに歪めた。
「……その辺りのことは頭中将殿と神聖王陛下に上手くやってもらうほかありませんね」
「はあ、またあいつに重荷を背負わすことになるのか」
肩をすくめ、苛立たし気に頭を掻きむしる豊輝。昔なじみの友人一人に負担を押し付けることが悔しくてならないのである。
「しかしやってもらう他ありません、我らだけでなく、神州の未来もかかっているのですから」
極めて冷淡に現実的な発言をしたものの、文良としても思うところはあるのか、軽く唇をかみしめた。
「……それで、肝心の頭中将殿は?」
ちらっと文良に視線を向けられ、綾音は自身の兄についてを口にする。
「兄上様でしたら……」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_
神聖な気運に満たされたどこかの霊山の最奥、そんな場所を破壊せんが勢いで降り注ぐのは無数の隕石。
それらはいずれも炎や雷を纏っており、直撃すれば肉体など跡形もなく消し飛ぶであろう威力を秘めているのは間違いない。
「っ!」
これに真っ向から挑むのは羽織袴を身に纏った小柄な身体つきをした青年だ。
端正な顔立ちに額にはシンプルな形状の鉢金、細身ながら鍛えられた体躯に静謐な気運も相まって、侍という名称がぴったり来そうな人物である。
久坂杏一郎秋隆と言う名前で呼ばれる彼は、つい最近まで封神霊廟、すなわち仮想現実の中で令和の日本と呼ばれる時代を生きていた。
かの世界は生命力の根源である理気を極めるための修行空間であり、これを極めるに足る実力を養えるまで出ることは叶わないという苛烈な場所である。
無事出てきたものの何故か四道将軍の筆頭にして従四位下の頭中将という本来の記憶を失っていた。
そのため、現在はなくしたものを探しつつ、本来の目的である故国、神州の復興のために動いているというわけである。
さて、そんな彼は刃紋に亀甲紋が浮かぶ鼈甲色の刀を握り、こちらに迫る隕石群を睨みつけていた。
「理力剣!」
気合とともに横薙ぎに放たれた理気の斬撃は空間を切り裂き、恐ろしい勢いで迫っていた隕石を両断、そのまま消滅させる。
「……ふむ、中々のようですわね」
秋隆が右手に持っていた刀、鼈甲霊亀を鞘に納めると、静々とした足取りで一人の女性が姿を現した。
二メートルはあろうかという長身に褐色の肌、月光を思わせる長い銀髪は微かに揺れ、まるで光を放っているようにも見える。
その身に纏うものは乳房の先端を辛うじて覆う暖簾状の衣と前掛けのみであり、見事に割れた腹筋も、鍛え抜かれた四肢もその大半が露わとなっていた。
彼女は瀛洲寺凍子、秋隆の師匠にして截教という勢力に属する仙女である。
「目覚めて以降あちこちで実戦経験を積んできたことが、そのまま身になっているようですわね」
秋隆のすぐ前にまで至ると、凍子は自身の能力で作り出した隕石がいずれも破壊されたのを見て、軽く頷いた。
やや疲れた様子の秋隆、先日起きた狂言反逆以降、彼は凍子の命により、少しでも時間があればこうして師父の本拠、蓬莱島にて修行をしている。
「……とはいえ、やはり超越者と言うには力不足も過ぎるほど、早急に記憶を取り戻し、あるべき姿を取り戻すべきかと」
あれからようやく一週間、秋隆としてはそれなりに仕上がってきたつもりではあるが、どうやら凍子としてはまだまだらしい。
「杏一、ここまでそれなりの期間を過ごしてきましたけれど、本当に何も思い出せませんの?」
液体窒素を思わせる冷たい瞳で秋隆を見据える凍子。何も知らない人間が見た場合、耐え切れず逃げ出すであろう冷徹な眼差しだ。
しかし彼女とそれなりに長い付き合いの秋隆はその冷たさの中に宿る優しさを知っており、今更目線を逸らすことなどしない。
「……断片的な情景が蘇ることはありますが、その程度です」
「では、どこかで機会を設け、我が師に会ってみませんか?」
藪から棒に放たれた提案に秋隆は微かに目を見開く。
「わたくしの師匠であり截教の門主たる人物、通天教主様は、卿が封神霊廟に至るための秘奥を授けてくださったお方ですわ」
「っ! どこに行けばお会いできるのでしょうか?」
突如としてもたらされた新情報に秋隆は思わずと言った様子で凍子に食いついた。
「普段は金鰲島の碧游宮に座しておられます」
聞き覚えのない場所、恐らくは蓬莱山同様普通の手段で行くことは叶わない場所なのであろう。
「卿のことは常々話していますので、恐らくすぐに会ってくれるでしょう」
「通天教主様ならば、私の記憶を取り戻せるのでしょうか?」
「確定的なことは言えませんが、恐らくこの件に関しては誰よりも詳しいはずですわよ?」
凍子の言葉に秋隆は瞑目し、しばしの間沈思黙考に耽った。
やがて頭の中で結論をまとめると両目を開き、凍子を正面から見つめる。
「……わかりました。ただ、しばらくは自分の力でどうにかするつもりです」
出来ないことを人に頼るのは決して悪いことではない。
しかし、これに関しては完全に秋隆自身の問題、可能な限り自分の力で解決したいのだ。
「いよいよ、ということになった場合、頼らせていただくことにします」
「……卿がそう判断したのならばそれでも良いのですが……」
そこで凍子は微かに目を細め秋隆の瞳の奥をのぞき込む。
「少しは、わたくしを頼って欲しいところですわね」
「なんですか?」
最後の言葉はあまりにも小さかったためにこの至近距離でも秋隆の耳に入ることはなかった。
しばしの間凍子は秋隆を無言で眺めていたが、やがてふいっと彼から視線を放す。
「……なんでもありません」
残念そうに嘆息を漏らすと、凍子は少しずつ傾きつつある月を見上げた。
「本日の修行はこの辺りにするとしましょう」
ぱちりと凍子が指を鳴らすとともに秋隆の周りに理気が満ち、白い光のドームを形成する。
長距離を移動するための理気を用いた瞬間移動、時空捻転現象だ。
「凍子は?」
秋隆の問いかけに凍子は嫋やかな笑みを浮かべ、秋隆のすぐ前に立つ。
「……わたくしも少し、休ませていただくことにいたします」
凍子が軽く右手を上げたその瞬間、周囲を光が満たし、秋隆の身体は蓬莱島から消失した。




