第九十九話「捕囚、その後」
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最強の引きこもり、桔梗城に引き篭もるの巻。
凍子との修行が行われた日の朝、秋隆はやや急ぎ足で桔梗城の片隅、地下牢に続く道を歩いていた。
その身に纏うのは戦闘時に着用する羽織袴ではなく黒の衣冠装束に紋の入った白袴という高位の公家を思わせる装いである。
総長兼、五清将となればそれ相応の姿が要求されるというもの、そのため普段からこのような服装をしているのだ。
「一応、出ても良いとは言ったのですが……」
申し訳なさそうな顔でそんな公家装束の秋隆を先導するのは和装に簡素な前掛けを身に着けた和装メイドと呼ぶべき幼い少女。
エルメラ人らしい褐色の肌だが、その耳は蕃神族のように尖っており、ファンタジーに出てくるダークエルフのような出で立ちである。
彼女の名はアズ・オグトール。最初期から秋隆に仕える郎党であり、内管領という役職についている少女だ。
内管領は将軍家の家政全般を取り仕切る要職であり、本来ならば絶大な権威を持つ旗本の筆頭格である。
しかし秋隆の地位に周囲が追い付いていない現状では精々家令に毛が生えた程度の職掌が関の山といった塩梅だ。
「ふうむ、このようなことになるのならば、土牢にでも入れておいた方が良かったかもしれぬな」
さて、地階に繋がる階段を降り、倉庫のある空間を抜ければそこはいよいよ牢屋、秋隆の会いたい人物はそこにいる。
アズの先導の元長い廊下を通過し、最深部にある牢屋にまで至ると、中にいる人物がものぐさそうに身じろぎした。
褐色の肌に丈の短いゴスロリ調のドレス、このような場所ではなく西洋風の城が似合いそうな装束である。
しかし現在彼女はだらしなく大の字で畳の敷かれた牢屋に寝そべっており、しなやかな脹脛はおろかその先にある白い下着すらも垣間見えるという有様だ。
「アズ? まだお昼には早いと……」
身に着けた装束に似つかわしくない姿勢のままで少女が微かに頭を上げると、秋隆の姿を見て目を丸くする。
「久しぶりだな、アイオナ」
木で組まれた格子の向こうで慌てて姿勢を整え、囚人こと五清将アイオナ・イグナウスは秋隆の姿を上から下まで嘗め回すように眺めた。
「誰かと思えば……」
見慣れぬ服装だったため、最初は誰だかわからなかったらしいが、視覚ではなく理気で個人を判別したのか、微かに息をつく。
「久坂杏一郎、乙女が気を抜いているときに予告なく来るなんて、万死に値する所業よ?」
「そのような事態を避ける方法、知らぬわけではないだろう?」
秋隆の容赦ない指摘にアイオナは面倒そうに艶やかな長髪を撫でつけた。
「もしかして私に出てけって言うつもり?」
「話が早くて助かる」
廊下に腰を下ろし懐から檜扇を取り出す秋隆。彼がここに来たのはそのものずばりアイオナ・イグナウスが何故かずっと拘留を望んでいるというところにある。
以前桔梗城に現れた際、彼女は秋隆に敗れ、こうしてしばらく牢屋に繋がれることになった。
これを命じた秋隆としては問題が解決したならば適当なところで解放するつもりでいたのだが、何故かそのまま居ついてしまい、アズによる再三の勧告にも関わらずこうしてとどまっているというわけである。
「そなたは五清将という要職に就いている人間、こんな狭い牢屋に閉じこもって何のつもりだ?」
「狭い? 私にはちょうど良いくらいなんだけど……」
ちらっと後ろに広がる牢屋を一瞥し、含み笑いを漏らすアイオナ。
四畳の空間には文机、簡素なトイレくらいしかないがそれ以外のスペースは精々二畳ほどか。狭いと言っても差し支えない空間だが、彼女としては気にならないらしい。
「あ、でもプライバシーがないって言うのはいささか考えものね」
そこでアイオナは格子越しにこちらを見る秋隆と牢屋、さらには外に広がる廊下を代わる代わる眺めた。
「さっきみたいにいきなり来られると困ることもあるものね」
「監禁生活に何を期待しているのやら」
相変わらず浮世離れした発言をするアイオナに内心呆れていると、彼女は楽しそうに口を開く。
「問題よ? お風呂とかは私の現象を使えば何とでもなるけど、いつ見られるんじゃないかってゾクゾク、いえヒヤヒヤする羽目になるのだもの」
よく見るとアイオナの肌は朝から風呂にでも入ったかのようにつやつやしているし、服も皺こそあれど着古しているようには見えない。
依然能力の正体はつかめないが、これほどずぼらな性格にも関わらず、清潔な見た目を保っていられるのはその辺りに秘密があるのかもしれない。
「……いい加減用事が済んだのなら出て行ってもらいたいのだが?」
「そっちの事情で拘留したのだからもう少し面倒を見てよ」
「誤解を招く発言は辞めろ、そなたがここにいるのは私を襲撃してきたからだろう?」
秋隆の返答を聞いて、アイオナは何かを思い出したかのように両手を打った。
「そういえばその件、結局どうなったの?」
翠明院陽華の狂言反逆とそれに伴う数々の策略、こうして長いこと牢屋にいると外の情報が耳に入ってこないためその後何がどうなったのか気になるらしい。
「……無実が証明された。ついでに言うと今の私は総長だ」
総長という言葉に感心したように嘆息を漏らすアイオナ。
「はへえ、ミディアンの代わりに五清将になったわけ?」
何度か頷き、彼女は秋隆の方へと身を乗り出す。
「その辺のこと少し気になるわね。退屈してたとこだし話していってよ」
急に生き生きし始めたその姿に秋隆は思わず深いため息を吐いた。
「退屈ならさっさと出ていけば良いだろうに……」
呆れた様子で放たれた退去勧告にアイオナの表情が一気に曇る。
「いやよ、ここ結構居心地がいいのよ、ご飯もおいしいし……」
普通牢屋で自由がないとなれば外に出たくなるものだが、彼女にとっては快適そのものらしい。
もしかしたら普段の生活も外に出ず、ずっと家にいるような状態なのではなかろうか?
「……アイオナよ、いい加減に……」
「失礼いたします」
そこで廊下を歩く音が聞こえて一人の従者がこちらに近づいてくるのが目に入った。
桔梗城管理のために雇った人員の一人で、普段はアズの下で働く使用人である。
「殿、内管領様、エテメンアンキからシャダ・ウォルキア様とルドヴィカ・ウォルキア様がお越しです」
後者はともかく、前者の名前を聞いて秋隆は微かに唇を尖らせた。
「母娘揃ってとは、珍しいこともあったものだな……」
「とりあえず、黒書院でお待ちいただくのです」
秋隆に代わってアズから放たれた下知に使用人は一礼して応じる。
「承りました。ではそのように致します」
静かに、かつ速やかな足取りで使用人が廊下から消えたのを確認すると秋隆は檜扇を懐に仕舞い込み、緩やかな所作で立ち上がった。
続いて彼の動きに応じるような形でアズは前に進み出る。
「では私は先に行って準備させてもらうのです」
「うむ、頼む」
短い応答ながら意思の疎通は出来たらしく、アズは軽く頭を下げるとその場を後にした。
「……さて、客人が来た以上このようなところで油を売っている場合ではなくなったな」
「……待って」
アイオナのしなやかな腕が格子越しに伸び、そのまま歩き出そうとする秋隆の袴を掴む。
「何? 私と話すよりも大神官やルドヴィカの相手が大事なの?」
面白くなさそうなアイオナに対して、秋隆は微かに肩をすくめて見せた。
「当たり前だろう。出て行けと言っても出ていかないような人間の相手をしている暇はない」
特段やることがないのならばここでしばらくアイオナを説得しても良いかもしれないが、すべきことが出来た以上そうも言ってはいられない。
ルドヴィカはともかく彼女の母親にして大神官であるシャダも一緒となると気を引き締めて応対する必要があるだろう。
「そう? 五清将というのも大変なお仕事なのね」
袴の裾を放し、楽しそうに笑って見せるアイオナの姿に秋隆は微かに顔をしかめた。
「……それはひょっとして、ツッコミ待ちなのか?」
「さあ、どうかしら?」
他ならぬ五清将の先輩とは思えぬような言葉に呆れつつ、彼はアイオナに言葉を投げかける。
「このまま長居するようなら、現役の五清将でありながら別の五清将の郎党に加わったという噂が立つかもしれぬぞ?」
秋隆としてはプライドを刺激したつもりだったのだが、意外や意外アイオナは目を輝かせてその場に立ち上がった。
「それも悪くないわね。面倒見てよ」
「お断りだ。どう考えても持て余す未来しか見えぬしな」
すげなく斬って捨てる秋隆の言葉に、アイオナは冗談っぽくふくれっ面をして見せる。
「あら残念、あなたの命令ならどんなことでも張り切って務めるつもりなのだけど……」
「出てけと言われていつまでも出ていかない人間が言っても何の説得力もないな」
話はここまで、秋隆はアイオナに対して儀礼的に頭を下げた。
「……そろそろ行くとしよう、二人を待たせてはおけぬ故な」
「あー、少しだけ待ってくれるかしら?」
「……何だ? そなたとこれ以上話すつもりはないのだが……っ!」
秋隆がアイオナの方に振り向いた直後、水の流れるような微かな音とともに空間が歪む。
続いてその歪みが収まるとともに牢屋にいたはずのアイオナが廊下に現れた。
「せっかくだし、私も大神官様に一言挨拶しておくことにしたわ」
予想だにしなかったアイオナの言葉に秋隆は目を白黒させる。
「……いきなり意見を翻して出てくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「これでも一応ウォルキアの神官将だし多少は、ね」
髪を撫でつけつつそのようなことを言うアイオナ。どう考えても他に思惑があるような気がしてならない、しかし考え方によっては牢屋から追い出せるチャンスだ。
「……わかった好きにするが良い」
「ふふん、話せるじゃない」
「だが代わりにここからは出て行ってもらう。構わぬな?」
秋隆の出した交換条件にアイオナは上機嫌で頷いて見せる。
「ええ、それじゃ早く行きましょう」
どうにも納得いかないがとりあえずの目的が達成できたのは事実。
秋隆は先導するような形でアイオナの前に立ち、緩やかな足取りで薄暗い廊下を歩き始めた。




