第百話「エテメンアンキの情勢」
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桔梗城本丸御殿内の黒書院、郎党との会議や客人との対面に使用するための部屋には現在二人のエルメラ人がいる。
一人は青と白を基調とした高位の神官特有の法衣を纏い、ほっそりとした四肢を備える女性。
神官らしくその身に宿す気運は清らかなものだが、同時にその眼光は鷹のように鋭く、純粋な神官ではなく僧兵を思わせる雰囲気の人物だ。
もう一人はいくつもの色を帯びる毳々しい髪に、顔の地肌が見えないほどに塗りたくられた化粧と、封神霊廟内であればマンバギャルと言われそうな見た目をしている。
身に着けるものも服ではなく下着と呼ぶべきような代物で、鍛え抜かれた腹筋も太い血管の浮かぶ四肢もその大半が露わと言う露出過多な装束だ。
神官装束の方がウォルキア管区の大神官であるシャダ・ウォルキア、そしてマンバギャルが彼女の娘であり神官将のルドヴィカ・ウォルキアである。
「……来たわね」
シャダがそう呟くとともに黒書院奥の襖が開き、桔梗城の主、久坂秋隆がその姿を現した。
先ほどと同じ衣冠装束、しかし大神官を迎えるためか、表情は真剣そのものであり、所作自体も美しく、同時に隙のない動きである。
静々と畳の上を歩き、上座に着くと秋隆は座椅子に座るルドヴィカに目を向けた。
「久しぶりだなルイズ、それから……」
冠に取り付けられた嬰を揺らし、微かに視線を横に動かす。
「生きておられたと聞いて、正直驚きました」
彼の視線の先にいるのは、ずっと行動を共にしていたルドヴィカではなく死んだものとされていた大神官シャダ。
元々先日起きた騒動の発端はシャダを含む三神官が暗殺され、その首謀者が翠明院陽華とされたことがそもそもの始まりであった。
秋隆は陽華が三神官を暗殺したとは思っていなかったが、大神官たちが本当に暗殺されたのか、それともいずこかに身を隠しているのかについてまで気を回すような余裕はなかったのである。
「まったく、大神官があの程度で死ぬはずないでしょう?」
微かに唇を尖らせると、シャダは自身の胸を軽くたたいて見せた。
「と言うか、あなたも少なからず生きていることは予想してたんじゃないの?」
「それは、まあ……」
シャダの指摘に秋隆はややバツが悪そうに黙り込む。
あの策略家である陽華が暗殺などと言う真似を許すはずがないとは考えていたので、策略の一部に暗殺事件が組み込まれた時点で三神官は生きているであろうとは考えていた。
結果は案の定というわけだが、今気にすべきことはそこではない。
「して、今日はどうされましたか?」
この場所にまで来た理由を問おうとする秋隆に対して、シャダは人差し指を立てて話を中断させる。
「その前に、一つ良いかしら?」
一度だけため息を漏らし、彼女は立てた指先をそのまま上座に座る女性に突きつけた。
「どうしてアイオナ・イグナウスがこの場にいるの?」
「ご無沙汰しています。大神官様」
先ほど秋隆の後ろに着く形で黒書院に入ってきたアイオナは、彼の右斜め前で頭を下げる。
「……最近姿が見えないと思っていたけど、まさか久坂の郎党にでもなったの?」
「んなわけないでしょう!?」
シャダの言葉に反駁したのは秋隆ではなく意外なことにルドヴィカであった。
「お母、大神官様、こいつは杏と同じ五清将! 単に面倒くさがって桔梗城から出なかっただけです!」
がーっと一息でルドヴィカがそうまくし立てると、アイオナは物憂げな表情で瞑目する。
「……まあ、そうとも言うわね」
「そうとしか言わぬだろう……」
心底呆れたと言わんばかりに肩をすくめ、ため息をつく秋隆。
「大体の事情はルイズが言った通りです。正直持て余していますので、早々に出て行ってもらいたいところなのですが……」
彼の様子に一瞬だけ同情的な表情を浮かべるシャダであったが、これもまた好都合と考えたらしく、微かに口角を上げた。
「まあ、ここにいるというのなら都合が良いわ」
「……都合が良い?」
どうやら自分も何かに巻き込むつもりらしいことを察したのか、アイオナは面倒くさそうに唇を尖らせる。
「元宰相アウグスタ・ルベルムのことは聞いているわね?」
「ええ、今回の一件について三神官の暗殺未遂を引き起こした実行犯との繋がりが暴かれ、正真正銘反逆者認定されたとか」
アウグスタ・ルベルム、先の反逆騒動以前まではエルメラ神聖国の権力者であった人物だ。
しかしその実この国を陰から操ろうとする勢力に与しており、三神官の暗殺未遂もこの人物が首魁だったらしい。
結果、秋隆や陽華に擦り付けようとしていた罪を全て背負う羽目になり、現在はエテメンアンキの監獄に拘留中とのこと。
「知ってるのなら話が早いわ」
秋隆の様子を見て満足そうに頷くと、シャダは時間が惜しいとばかりにその先を話し始める。
「今は五清将尸道草を中心に捜査本部が設立され、余罪や協力者との繋がりも洗ってる最中よ」
反逆者たちの背後関係は未だ謎だが、ここまで本腰を入れて捜査しているならばそのうち明らかになるのかもしれない。
「とりあえず捜査が一通り完了するまで北方の地、エメルスに送ることになったわ」
エメルスと言う言葉に秋隆は思わず身を乗り出した。
「トルキオではなく、ですか?」
そう、先の一件で陽華が改悛塔に拘留されたように、重大な犯罪を犯した人間が行くのはトルキオのクリンゲルヴァルド。
反逆者、あるいは国賊と呼ぶに相応しい所業を働いた人間を別の場所に送るというのはいささか不自然である。
そんな秋隆の疑念を察したのかすぐさまシャダは説明を始めた。
「ええ、クリンゲルヴァルドは先の戦いの余波で荒れに荒れてる状態、とても政治犯を受け入れるような余力はないって話よ」
シャダの言葉を聞いて、渋い表情で頷く秋隆、よく見ればルドヴィカも気まずそうにうつむいている。
「……何か私にできることはありますか?」
一応少しは気を回したつもりだが相当派手に暴れまわったため、もしも責められた場合全く言い訳出来ない。
そのため秋隆としては賠償も兼ねて何らかの形で復興を手伝いたかったのだが、シャダは素気無く首を横に振って見せた。
「別に貴方が気にすることはないわ。神聖王陛下の陰謀に振り回されただけなんだし……」
そこまで話すと、小さく嘆息を漏らし、シャダは人差し指を立てた。
「まあ、強いて言うならこちらの依頼を受けてくれると助かるわね」
「依頼、ですか?」
「ええ、今回問題になるのはエメルス大霊峰の奥地にある五光聖堂、強襲闘技を修行する者たちの聖域」
何を話すつもりかわからず、秋隆は少しばかり警戒しつつもシャダの話に耳を傾ける。
「アウグスタだけじゃなくて、彼女の派閥に属する者たちもこの場所に送られることになっているわ」
なるほど、つまり今回捕えられた人間の内、主要なメンツは全員エメルスに行くことになるらしい。
しかしまだ肝心なことを聞いてはいない。秋隆は静かに頷くと口を開いた。
「それで、その話を私にしたということは、何か協力できることが?」
「察しが良くて助かるわ」
機嫌良さそうに微笑むと、シャダは先ほど言っていた「依頼」について言及する。
「ここからが本題だけど、貴方にはルイズと一緒に護送の警備に当たってもらいたいのよ」
そこまで聞いて聞いてシャダ、というよりも彼女にこの話を持ち込んだ人間が何を考えているのか察したらしく、秋隆はうっすらと目を細めた。
「なるほど、ついでに行方不明の協力者も炙り出すというわけですね」
アウグスタ・ルベルムのような所謂ネームドたちを護送するとなれば、確実かそうでないかは別として、必ずどこからか情報が洩れるものである。
そうなれば反逆者を救出したい者たちは監獄を襲うよりも確実な作戦、護送中の襲撃を企てるのは間違いない。
今回も先日と同じく、敢えて隙を晒すことで敵を罠に嵌めるという算段のようだ。
「ま、そんなとこ、神聖王陛下も毎度毎度大胆なことを思いつくわよね」
ここにはいない作戦立案者、神聖王こと翠明院陽華のことを考えているのか、シャダは小さくため息をつく。
「……(しかし、本当にそれだけであろうか?)」
見たところ今回の作戦もまた前回と同じで所謂「釣り」、敵対勢力も馬鹿ではないだろうからそれなりに警戒して行動するであろう。
そうなってくると、何らかの手段でこちらの裏をかく一手を打ってくるのは間違いない。
そして、そんなことをあの翠明院陽華が果たして許すのか、と言うことだ。
「……(何を考えている? 陽華殿……)」
「で、ついでにアイオナ、貴方も久坂と一緒に参加しなさい」
いきなり話を振られたアイオナは面倒くさそうに右目を擦る。
怠け者のアイオナのこと、仕事を嫌がるだろうと踏んでいたシャダであったが、彼女の反応は意外なものであった。
「……別に構いませんよ?」
やる気のなさそうな態度ながらもほぼノータイムで返ってきた返答、予想だにしない展開にシャダばかりか秋隆とルドヴィカまでも呆然とする。
「何を驚いているのですか? 神聖将でありながらエルメラに弓引く反逆者の相手をするのは五清将の使命だったはずです」
「いや、そうなのだけど……」
「……他の人達も仕事してるのですか?」
アイオナから返す刀で飛んできた質問にシャダは慌てながらも、すぐさま応じた。
「え、ええ、尸道草は反逆者の捜査、クリスティア・カラレスはクリンゲルヴァルドの復興中、椿鬼はエメルスでジドスの補佐に当たっているわ」
つまりここにいるアイオナ以外の五清将は全員何らかの仕事についているとのこと。
「……そう、なら私もしっかり働かないとね」
そして、敵に神官将クラスの人間がいることが想定される以上、護送は複数人の五清将による担当とすることが望ましい。
「……わかりました。彼と一緒に警備の任務をさせていただきます」
長い沈黙の後、アイオナが放ったのは受諾の返答、彼女もまた今回の責務がどれほど重要なのかを理解しているようだ。
「う、む、協力感謝するわ」
予想してなかった展開ではあるが、やる気を出してくれたのならばこれ以上のことはない。
気を取り直して、肝心な話をするために居住まいを正す。
「決行は二か月後、それまでは自由にしても良いけど、予定日になったら必ずエテメンアンキ大聖堂に来ること、良いわね?」
シャダの言葉に秋隆は頷いたものの、その内心は決して穏やかなものではなかった。
「……(二か月か……)」
それなりの期間に思えるが、鬼紋王の探索含め色々とやることがある秋隆にとっては心もとない。
しかし、時間がないなどと言って腐ることもしたくはないため、役目を果たすとなればここから先いかに効率よく動くかが重要になるであろう。
「桔梗城にはルイズを置いておくから、何か困ったことがあったら彼女に相談するように」
とりあえず今日の話し合いはここまで、シャダとルドヴィカが黒書院を辞するのを見詰めながら、早くも秋隆はこの先の予定を考えるのであった。




