第百一話「果てに待つもの」
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出世すると現れる類の人。
絶え間ない吹雪に閉ざされ、雪と氷で覆われたその最果ての地を一人の青年が歩いていた。
顔の大半を覆い隠す頭巾に、背中には巨大な長巻、右手にいくつもの金輪を帯びた錫杖を握っている。
「ーーーーーーーーーーー!!!」
直後、すさまじい咆哮とともに真っ白な雪の中から巨大な獣が飛び出し、青年に襲い掛かった。
雪に馴染む銀色の体色に四つ足、ウサギのような長い耳を備えた頭部には青白い紋章が浮かび上がっている。
世界各地に出現しては人類に牙を剥く厄災、鬼紋獣、その中でも北伐種と呼ばれる種族だ。
鬼紋獣が異形の怪物であることは最早疑いようのない事実なのだが、この北伐種はそのなかでもさらに異質と言って良いだろう。
その銀色の肌は生物のものよりかは鉱石の類に近く、ネジ穴や継ぎ目のようなものこそ確認できないものの、ゼデキアの機械兵器と言った場合そのまま通ってしまそうな見た目をしているためだ。
頭から生える耳もまた生物の耳と言うよりかは人工的なものであり、まるでアンテナのような雰囲気の器官である。
「……青いな」
しかし青白い光を放つ爪を振り上げ、青年に襲い掛かったコーポラル級鬼紋獣は鈴のような音ともに粉砕された。
「……この程度の相手では我が愛刀、水鏡正宗を抜くまでもない」
つまらなさそうに呟くや否や、その青年は錫杖を振るい、あちこちから現れる鬼紋獣を順番に打ち倒していく。
鈴の音が鳴るたびに鬼紋獣が砕け散り、一瞬だけ吹雪が強まるという現象が数分続いた後、青年は錫杖を振り上げて空間の一点を突いた。
「……当たりか」
錫杖から伝わる確かな手ごたえと揺らぐ空間、しかし僅かに露出した青年の瞳には苛立ちの感情が浮かんでおり、この結果が成功ではないことが察せられる。
「……(鬼紋獣は倒せても、やはりこの結界を破ることは構わぬか)」
その後何度か錫杖で突くを繰り返しては見たものの、やはり結果は変わらず、空間こそ揺らいでもそれ以上の現象が起こることはなかった。
「……(だが、頭中将はこの結界を破り、不可能と思われていた西戎の鬼紋王を討伐した)」
頭巾で隠れているためにその顔はうかがい知れないが、まず間違いなく苛立たし気に顔を歪めているであろう。
「……そろそろ、潮時なのかもしれぬな」
一度だけ錫杖の鈴を鳴らすと、青年はそのまま吹雪の中へと消えていった。
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暖かな午後の光が照らす桔梗城本丸御殿の黒書院にて、秋隆は午前の接見から変わらず衣冠装束のまま上座に座っていた。
ルドヴィカとシャダの二人と接見を終えたのなら、衣冠を脱いでもっと身軽な狩衣に着替えたかったのだが、その後すぐに新たな客が来たため、そのまま応対することになったのである。
彼の前にいるのはエルメラ人らしい褐色の肌を真珠や金細工のアクセサリーで飾る二人の女性。
一人は三十代前後といった塩梅で、もう片方は十代半ば程度の年齢であろうか?
双方とともに整った顔立ちをしているものの、その目には怪しい光を湛えており、なんとなく計算高い、抜け目ない印象を感じずにはいられないような二人だ。
この二人の女性を見た瞬間、秋隆は既視感を感じ微かに首を傾げる。どうにも初めて会った気がしないのだ。
「……(ふむ、どこで……?)」
「選帝侯様に拝謁叶いましたこと、光栄の極みでございます」
秋隆が自身の記憶を必死で手繰り寄せている中、二人の内、恐らくは母親であろう方が挨拶とともに頭を下げる。
これに倣うような形で娘もまた一礼したが、二人ともどこか儀礼的な感情の籠っていないわざとらしいものであった。
「……取り次いだ郎党、内管領からは紫電将ナディア・マキアス縁者の者と聞いているが……」
なんの用件できたのかわからないため、秋隆は相手の顔色を注意深く観察しながら口を開く。
アズ曰く彼女らは秋隆がクリンゲルヴァルドで戦ったナディアの縁者らしい。
それで会う気になったわけだが、良くも悪くも単純明快なナディアとは異なり、二人とも計算高い、陰気な気運を纏っていた。
「ナディア殿はいかがお過ごしだろうか?」
つぶさに同時にさりげなく様子を観察しながら秋隆が口を開けば、二人は不機嫌そうに表情を歪める。
「あれは我が家の分家筋の娘でございます」
母親の言葉に追随するかのように娘もまた激しく首を振って見せた。
「エテメンアンキにすら住めずトルキオの田舎に引っ込むしか能のない馬鹿者の一門、選帝侯様が気に掛けるような娘ではございません」
身内を一方的に辱める二人の言葉に思わず顔をしかめそうになる秋隆であったが、どうにか内心を押し殺し平静を装う。
本音としては全然関係ない場所で身内、しかも当人を知る人間の前で蔑むような真似をする人種と話すことなどない。
おまけに今回彼女らが秋隆と会うことが出来たのは馬鹿にするナディアの縁者だったからのこと、感謝こそすれここまでされる謂われはどこにもないはずだ。
しかしわざわざエテメンアンキからやってきた人間を用件も聞かずに追い返すことはしたくはない。
さっさと話を聞いて、可能な限り早くお帰り頂くとしよう。
「……して、何用でこの桔梗城まで参られたのか……」
「はい、此度は我が商会と選帝侯様の親睦を深めたく思った次第です」
感情を押し殺した秋隆の言葉を受けて待ってましたとばかりに口を開く母親。
最初から紹介するつもりだったのか、自信満々といった面持ちですぐ隣に座る娘に視線を向けた。
「こちらに控えるは我が娘で当商会の次期当主たるキュレン・マキアスでございます」
「キュレン・マキアスと申します。選帝侯様にお会い出来ましたこと、嬉しく思います」
娘ことキュレンの発する語尾にハートマークでも着きそうな甘ったるい声に今度ばかりは我慢しきれず顔をしかめる秋隆。
声を聞くだけでも感じるとんでもない不快感、あまりの怖気に冷や汗が出てくるほどである。
「いかがでございましょうか?」
無言のまま虚空を見つめる秋隆に少しばかり苛立たし気に母親が話しかけた。
「いかが、とは?」
「母親の私から見てもキュレンはよく目鼻立ちの整った美貌をしていると思います」
その言葉に怖気をこらえながらキュレンに視線を移す秋隆。
なるほど、確かに顔立ちだけならばアイドル歌手をやっていそうな清楚可憐なもの、美少女と呼んでも差し支えないかもしれない見た目であろう。
しかしどうにもわざとらしい美貌、まるでマネキンかロボットと会話をしているような不快感。
これならばクリンゲルヴァルドで戦った融機兵士のほうが人工物と割り切れる分まだマシだ。
「選帝侯様さえよければ、この娘をお傍近くにおいてやってはもらえませんか?」
一切感情を表に出さない秋隆の様子に気付かず、マキアスは得意気に話を続ける。
「一通りの教養に関しても収めており、十分選帝侯様のご期待に沿えるのではないかと」
ここまで聞いて秋隆はマキアスが何を考えて来たのかおおよそのことを察した。
恐らくはキュレンを使って秋隆を篭絡、利用しようと考えているのであろう。
何らかの既成事実でも作れれば僥倖、そのまま選帝侯の養母として権力を振るおうというわけだ。
どう断ろうか秋隆が考えていると、マキアスは無視できないような言葉を放つ。
「当商会と縁があれば、選帝侯様が神聖王を目指す際に大きな力になれると考えます」
「神聖王、だと?」
一応表情には気を使っていたが、それでも言葉の端々に感情が滲むのまでは止めることが出来なかった。
「男性でありながら神官将になり、とんでもないスピードで五清将、選帝侯にまで上り詰めたお方、このまま神聖王も夢ではありません」
秋隆の反応に何を勘違いしたのかマキアスはにんまりと笑みを浮かべる。
「もちろん選帝侯様ならば自力で上り詰めることが出来るでしょうが、我々の力があればより確実になるかと」
神聖王は大神官と五清将、九人の選帝侯による会議で決まることだ。
何をするつもりかはわからないが、金とコネに物を言わせるつもりなのは明白である。
「それに、ナディアなんかより私の方が美人だし、家柄も良いし、選帝侯様のお傍に相応しいと思います」
自身の豊かな胸を強調するかのように前かがみになるキュレン。
ナディアを蔑む醜悪な表情、そこで秋隆は二人をどこで見かけたのかを思い出した。
「……『あのような下等なオスが神官将だなんて、世も末』、だったか?」
秋隆の言葉にマキアスとキュレンの二人は身体を震わせる。
「ルイズと私の叙任パーティでそんなことを言っていたな?」
そう、あの時こちらを見て嘲笑していた来賓の一人、それがマキアスだったのだ
「あ、いえ、それは……」
まさか聞かれていたとは思わなかったのか、しどろもどろになって言い訳を試みようとするマキアス。
そんな母を一瞥し、キュレンは笑顔を貼り付けつつ口を開く。
「御身を罵倒していたのはあくまでも我が母のみ、私は一目見た時から出世するだろうと思っていました」
わかりやすい掌返し、罵倒こそしなかったものの母親と一緒になってクスクス笑っていたのすでに秋隆の知るところだ。
「どうか、私をお傍においてはくれませんか?」
「……ふむ」
何事かを考えるかのように瞑目する秋隆。
無論話を受けるか受けないかではなく、どうやって二人に帰ってもらおうかの思案である。
「し、失礼するのです」
そこでいきなり襖が開き、アズが黒書院に駆け込んできた。
「話の途中よ、出てって!」
予期せぬ闖入者にキュレンは心底不快と言わんばかりに暴言を投げつける。
そんな彼女を右手を上げて制し、秋隆はため息とともに両目を開いた。
「アズ、どうした?」
「あの、殿にお客様が来られてるのですが……」
アズの言葉に腕を組んで困った様子を演出する秋隆。総長になってそれなりの期間が流れたとは言えどうにも客が多い日である。
ともあれ、これで二人を追い返す口実が出来た。
「……今ちょうど接見が終わったところだ、二人を外まで送っていくから少し待っていただけ」
「いえ、有事なのですぐにお会いしたいと半ば無理やり白書院に……」
そこでアズは一枚のハンカチを懐から取り出す。
「この紋章をお見せするようにと、見せればわかると言ってたのです」
ハンカチそのものは何の変哲もないシンプルなもの、しかし中央に刺繍された紋章を見て秋隆は両目を見開いた。
「っ! まさか、これは……」」
それは下がり藤の紋章、彼の記憶の中に存在する四道将軍家の家紋の一つである。
「マキアス殿、申し訳ないが此度の接見はここまでとさせていただく」
内心の動揺を悟られないように冷静を装いつつ、秋隆は素早く立ち上がった。
「はあ? まだ返事をもらってないのですけど?!」
「……では率直に申し上げよう」
マキアスの言葉に、秋隆は底冷えするかのような低い声でもって口を開く。
「仮にも防人の任に着き、国民を守る役目を担う神官将を軽んじるような者を傍に置くなどあり得ない」
明白は拒絶の言葉、ここまで強く拒否されてしまい少なからず慌てふためく二人。
「っ! けけ、けどナディアは身内で……」
「身内なればこそ、だ」
話はここまで、秋隆はキュレンの言葉に応じると最早二人を一瞥すらせず、黒書院を出て足早に白書院へ向かっていった。
残されたキュレンは砕け散るのではないかと思うほどに奥歯を噛み締める。
「お、おのれ久坂杏一郎、この私に恥をかかせて、覚えてなさい……!」




