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霊亀将  作者: 花鏡
総長中将編
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第百二話「東香の接触」

いつもお読みいただきいただきありがとうございます。

励みになります。

四道将軍最後の一人。

 秋隆が白書院に入ると、部屋の中心に座っていた人物は平伏してこれを迎える。

 下がり藤の紋章が染め抜かれた羽織に顔の大半を覆い隠す頭巾、右側に錫杖と長巻が置かれているあたり敵意はなさそうだ。


「……おもてを上げよ」


 上座に座るとともに秋隆から掛けられる面上げの声、一呼吸ほど置いてから来訪者はゆっくりとその身を起こす。


「っ!」


 頭巾から唯一露出する両の瞳を見た瞬間、秋隆は思わず目を見開いた。

 彼の目は秋隆のような人間のものでも、綾音の爬虫類のごときものでもない。


 それは横に広がる異質な瞳、現生の生物ならばイカか蛸を思わせるものである。

 どうやら彼もまた綾音や文良に勝るとも劣らない異形を備えているようだ。


「……久しぶり、というべきか、頭中将殿」


 秋隆の動揺には敢えて突っ込むことをせずに青年、吉田東香蓮西よしだとうかれんせいは世間話でもするかのように口火を切る。


「……ああ、久しぶりだな」


 冷静さを取り戻すのに一秒もかけてしまったことを恥じつつ返事を返し、秋隆は東香の様子をつぶさに観察した。


「……(出来ているな)」


 東香の全身に漲る気配は相当な修練を積んだ理気使い特有の気配。

 静謐でありながらも威圧感を帯び、緊張感とともに安心感も与えるという名状しがたく、底の知れぬ気運である。

 豊輝や文良、綾音もまた同様の気配を纏っているが、東香の場合正体を覆い隠すがごとき見た目故にさらに正体のつかめぬものになっていた。


「その装束中々似合っている」


 無言の時間が長かったためか、東香は異形の瞳を細め、笑みを浮かべる。


「成長してますます父君、内大臣ないだいじん様に似てきたな」


 しばし射抜くような鋭い瞳で秋隆を睨み据える東香。まるで心の奥底までも見通すかのような恐ろしく鋭いものだ。


「なるほど、記憶をなくしているというのはどうやら本当らしい」


 一人納得したかのように鼻を鳴らすと、東香は幾ばくかその瞳を穏やかなものへと変える。


「四道将軍家当主、吉田藤法師よしだとうほうし、あるいは英太郎義徳えいたろうよしのり、右兵衛、藤兵衛とうべえと呼ばれたこともあったが、今は東香蓮西とうかれんせいを名乗っている」


 四道将軍、その最後の一人、まるで僧侶のような名前、見た目も相まって入道したかのような印象だ。


「まあ、右兵衛督うひょうえのかみであることは変わらぬからな、藤兵衛でも構わぬが……」


「……いみな以外ならば何と呼んでも良いというわけか」


 右手に握るしゃくを一旦懐の中にしまい込み、そのまま顎を撫でる。


 神州の慣習で言うならばいみな、すなわち当人の本名を呼ぶのは失礼に当たる行為だ。

 それで元服、すなわち成人の際に諱とは他に通称を設定することになっている。


 しかし入道、要するに出家したりあるいは何らかの号を名乗る場合、そちらの名前で呼ぶのが一般的だ。


「では東香、どうしてここまで来たのか教えてもらっても良いか?」


 セオリー通り秋隆が法号で呼べば、東香は頭巾の奥で微かに口角を上げる。


「腹の探り合いは好かぬ故に単刀直入に言わせてもらおう」


 一瞬だけ間を置き、極めて静かな声音でいよいよ本題を口にする東香。


「エルメラ人に北伐種と言われる鬼紋獣たちの発生源にして王たる獣がいる場所を発見した」


「っ!」


 もたらされた情報のあまりの重大さに、秋隆はしばしの間絶句した。


 東香の言葉から鑑みるに、話の中の王は以前倒した鬼紋王と同一と考えてまず間違いないだろう。

 秋隆としてもクリンゲルヴァルドの戦い以降、暇さえあればその居所を探してはいたが、未だ有力な情報を得られてはいないというのが現状だ。


 そこに来て事実であるならば現状を打破するような情報、唐突に投げつけられようものなら動揺するのも仕方ないことかもしれない。


「場所はエメルス地域の最北端に位置する島、ツァリの中心部、雪と氷に覆われた古代都市の奥地だ」


 そんな彼の動揺など一切気にせず東香は流れるような口調で話を続ける。

 エメルスと言えばジドスの管轄でありクリシア同様ゼデキアとの最前線、同時に鬼紋獣の脅威にも晒されているという激戦区。

 これを排除することが出来ればそこで暮らす民草の負担も大幅に減るのではないだろうか?


「……それが本当ならこれを誅殺するのは私の仕事だが……」


 顔をしかめ何となく言いづらそうに言葉を濁す秋隆。正直なところ、ここまで来て情報の真偽を精査する必要はない。

 そういう話が出てきた以上現地に赴いて調査し、その上で結論を出すのが秋隆という人間だ。


 つまり彼が気にしているのは情報がどの程度信用できるものなのかではなく、別の事情である。


「貴公の言いたいことはわかっている」


 どうやら秋隆の謂わんとすることを察したのか、東香は一度だけ嘆息を漏らした。


「何故そこまでわかっていながら何の行動も起こしていないのか気になるのだな?」


 そう、鬼紋獣は危険極まりない災厄であり、この世界にいる以上は無視できない存在である。

 放置しておくことは神州を復興するにあたって毒にこそなれど薬になることがないのは明白だ。

 そして秋隆の見る限り、東香を含む四道将軍クラスは十分鬼紋王を打倒できる理気を保有している。

 故に場所まで特定しているにもかかわらず討伐していないことがなんとなく不自然に映ったのだ。


「確かに鬼紋王を倒すだけならば我らでもどうにかなる。実際例外を除いて最低限の対処は済んでいる」


「済んでいる?」


 『済んでいる』とはどうにも気になる発言。しかし今気に掛けるは目先のこと、一瞬生じた疑念を敢えて無視して秋隆は東香の言葉に耳を傾ける。


「……だが、逆に言えばその例外、西戎種の王と北伐種の王は一切手を出すことが出来ない」


 そこでピンとくるものがあり秋隆は口を挟んだ。


「西戎種? たしかそれは……」


「そう、以前頭中将が打ち倒した炎の鬼紋王だ」


 翠明院陽華からの情報で討伐した鬼紋王、その素体となっていたのは凍子の姉弟子であり截教の仙女たる火霊聖母こと岱與山赫梨たいよさんあかり

 人知を越えるほどに強力な存在であったが、それでも四道将軍が力を集結すれば決して勝てないような相手ではないはずだ。


「確かに手ごわかったが手が出せないというわけでは……」


「残念なことに実力のことではない。それだけならばこの四千年の間にどうにか出来ている」


 秋隆に応じる形で返された東香の言葉は平淡ながら、端々に悔しい感情が見え隠れしている。どうやらよほどの事情があるらしい。


「鬼紋王は素体となった魂魄の性質をある程度引き継ぐのだが、六体存在する鬼紋王のうちこの二体のみ特殊で不可侵の固有空間を持つ」


 固有区間、確かに岱與山赫梨は普通とは異なる空間にいたがそれは仙道を素体とした二体のみが備える性質だったようだ。


「しかし、それは破ることが出来るのではないか?」


 誅仙剣で凍子が空間を割き、固有空間への入り口を作り出したことである。


 空間の切断には莫大な理気が動いたがそれでも全く手が届かないというほどではない。

 それこそ四千年あればどうにか出来てしまいそうな理気だ。


 だが意外なことに東香は秋隆の言葉を受けて呆然としている。


 全容こそ視認できないが、どこからどう見ても『何言ってんだこいつ?』と言わんばかりの表情をしているのは明白だ。


「ええっと、何か妙なことを言ってしまったか?」


 あまりにも空気がおかしいため秋隆がそう訊ねれば、前の方から肺腑の空気を全て吐き尽くさんばかりの深いため息が聞こえてくる。


「……いや、どうやら貴公が事の重大さに気付いていなかったと言うことを改めて理解しただけのことだ」


 ため息の発生源、東香は一度だけ喉を鳴らして声音を整えると、努めて冷静な口調で説明を再開した。


「先ほども言ったが鬼紋王はある程度魂魄の影響を受ける。素体が強力な理気使いだった場合近づくことも出来ないほどの現象で周囲を蹂躙し、仙道の場合、仙境とも言うべき空間を作り、そこに引きこもることが出来る」


 仙境、凍子で言うところの蓬莱島、あるいは通天教主の金鰲島のようなものだろうか?

 両者とも通常の空間には存在せず、特殊な手段を用いねば立ち入ることはできないらしいが……。


「本来ならば手出しの出来ぬその結界を破り、仙境に立ち入ることが出来るのは鬼紋王の素体同様仙道、つまり……」


 言葉を区切った瞬間、東香の持つ異形の瞳が微かに動いて秋隆の姿を正確にとらえる。


「貴公のみと言うわけだ」


「……大体の事情はわかった」


 緊張した面持ちで秋隆は静かに頷いて見せた。全てが理解できたというわけではないが、あの結界を破ることは彼や凍子といった仙道にしか出来ないらしい。


「それでは、この役目を果たしてくれるな?」


「無論だとも、鬼紋獣を倒すことは神官将テンプルナイトたる私の使命だからな」


 秋隆としては特段深い意味を込めて言った言葉ではないが、どういうわけだか東香は表情を曇らせる。


「どうした?」


「その件だ。頭中将」


 瞬間、静かだった東香の気運が揺らぎ、空間全体に放出された。

 続いて彼の右側に置かれていた錫杖が浮かび上がり秋隆目掛けて飛来する。


 しかし彼も流れのままに黙って攻撃を享受するような真似はしない。

 瞬時に攻撃の軌跡を先読みすると空中に蓮の花を出現させ、理法念力を用いた一撃を防いだ。


「血迷ったか、東香」


 錫杖の切っ先を阻んだのは喉元三寸、さすがに命を奪うことはしないだろうが、それでも命中すればただでは済まない。秋隆は恨めし気に東香を睨み据える。


「……貴公は本来拙僧と同じ神州皇陛下にお仕えする征夷大将軍麾下の四道将軍のはずだ」


 話し始めた東香の声は落ち着いたものであったが、その実相当の激情が宿ったものであった


「にも関わらず、こうしてエルメラ側に就き、今や世界に五人しかいない五清将ペンタグラムの一角、これはどういう意図によるものか?」


「東香……」


「いや、この際だからはっきり訊いておこう」


 その場に立ち上がると、東香は空中に浮かんだままの錫杖を掴み秋隆を見下ろす。


「貴公の主君は一体誰だ?」


 白書院内に立ち込める重苦し過ぎる沈黙、秋隆は一度として東香から目を逸らすような真似はしない。

 そればかりか普段の彼からは想像もつかないほど強い感情の籠った瞳で睨み返していた。


「……私の主君は今も昔も変わらず、神州皇陛下御一人、記憶は失ってもそれだけは変わらぬ」


 秋隆の反駁に一瞬だけ口ごもる東香。どうやら彼自身この行為には若干の迷いがあったらしい。


「確かに、記憶を失っても尚炎の鬼紋王を討伐したことは特筆すべきことかもしれない、されど……」


 正直なところここまでの対応だけでも秋隆に二心がないことはわかっている。


 しかし東香としては九十九パーセントではなく、百パーセントの確証が欲しいのだ。


「……逆に問うが、どうすれば良い?」


「そうだな、貴公が真に四道将軍、武士もののふたちを束ねる頭領の一人と言うのならば……」


 そのまま錫杖を引き、その場で膝を着くとともに東香の鋭い瞳が秋隆を見据える。


「……剣で以てその潔白を証明して見せよ」


「……やはり、それしかないか……」


 文良の時と同じ条件、身の潔白を証明するためならばこの提案受けねばなるまい。


「四道将軍、久坂左近衛権中将秋隆、そなたの申し出を受諾致す」


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「ここならばよほどのことがない限り城に被害が行くことはないだろう」


 東香を二の丸裏にある船着き場にまで誘うと秋隆は鼈甲霊亀べっこうれいきに手を掛ける。


「とは言え、理気による勝負ではなく武芸主体での争いならばそのような心配は不要だろうが……」


「何事にも万全を期すのは悪いことではない。その姿勢はこと戦場では命を助けることもあろうな」


 頭巾の向こうで楽しそうに口角を上げ、東香もまた錫杖を掲げた。


「では、始めようか」


 短く東香が呟くとともに彼の背中の辺りがうねうねと蠢く。


「……なっ!」


 絶句する秋隆の前で彼は素早く法衣を脱いで忍び装束のごとき動きやすい格好になると、背中から生える無数の触手を地面すれすれまで伸ばした。


「貴公が仙道の修行を積んだのと同じく、この四千年間我らもまた外法のすべを使いこなすべく修練を重ねていた」


 いつの間にやら頭巾の代わりに鬼の仮面で顔を隠し、東香は微かに顎を上げる。


「四道将軍筆頭の実力、この目で確かめさせていただく」


 話はそこまで、右手に錫杖、左手に長巻を握るその姿は古の巨人を思わせる威圧感溢れるもの。


「従四位下右兵衛督吉田東香蓮西」


「従四位下左近衛権中将久坂杏一郎秋隆」


 互いが名乗ったのならば、この先に待ち受けている展開は一つしかない。


「いざ尋常に……!」


「勝負!」


 二つの影は同時に大地を蹴り、刹那凄まじい激突音が周囲に響いた。

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