第九十六話「総長中将」
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機略縦横、表裏比興。
「……終わりましたわね」
ミディアン・ヴァルナー、そして彼女の麾下にいる六耳彌猴が改悛塔から全滅すると、凍子は微かに嘆息を漏らした。
「皆の者大義であった」
満足そうな笑みを見せ、陽華は激戦の痕跡が残る空間の中央に足を進める。
その時強めの風が吹き、秋隆が作り出した桜の花びらが雪のように散った。
「……周辺に出た怪物、六耳彌猴とやらも全て神官将が片付けようです」
桜吹雪が舞う中、いずこかと通信をしていたらしいクリスティアがそう呟く。
改悛塔以外にも六耳彌猴は出現したらしいが、そこはエルメラの神官将、なんだかんだで上手く対処したらしい。
「神聖王陛下、後のことは我らに任せて、亀、久坂杏一郎の城に移られてはいかがでしょうか?」
クリスティアの提案を受けて、陽華は鷹揚な調子で頷いて見せた。
「うむ、ではそうさせてもらうとしよう」
「亀、お前のお仲間たちはこの下に集まっているそうです」
ちらっと先ほどミディアンが破った柵を一瞥し、クリスティアはため息をつく。
「こちら側の仕事は引き受けますが、代わりに神聖王陛下のこと、頼みましたよ?」
「ああ、任せておけ」
自信に満ちた言葉に何かを見定めるかのように秋隆を見据えるクリスティア。
「その言葉、一応信じさせてもらいます」
しばしの沈黙の後に出た言葉は秋隆を認めるもの。相変わらず冷淡な口調ながら、一応信頼を勝ち取ることが出来たらしい。
「では神聖王陛下、失礼いたします」
にこりともせずに陽華に一礼すると、彼女は修道女たちを引き連れてその場を後にした。
「……さて、では我らも行こうか」
陽華の言葉に秋隆は無言で頷き、一度だけ桜の木を見つめる。
「杏一郎殿?」
「……ああ、そうだな」
気になることはいくつもあるが今は目の前にある役目を果たすこと。
彼は一瞬だけ唇を引き結ぶと桜の木から目を逸らし、改悛塔の下で待つルドヴィカたちと合流すべく、歩き始めた。
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「……ふう、ようやく帰ってこれたな」
仲間たちと合流した秋隆はすぐさま時空捻転現象を利用、桔梗城へと帰還した。
「お、お帰りなさいませ」
本丸御殿の中に入ると、待ち構えてきたかのようにアズが現れ、秋隆らに頭を下げる。
「アズ、留守居ご苦労だったな」
先日と変わらぬ姿のアズの姿を見て、秋隆は安心したのか顔を綻ばせた。
文良が援軍を送ることは聞いていたため正直あまり心配はしていなかったのだが、こうして無事な姿を見ることが出来てホッとしたのである。
「あの、ご主人様の妹様がお待ちなのです」
妹と聞いて秋隆は文良が送った「彼女」という人物が誰なのか察した。
「綾音が? そうか、総三の援軍とは彼女のことだったか……」
「はいなのです。おかげでこの城も何とかなったのです」
興奮冷めやぬといった調子のアズ。どうやら彼女もまた四道将軍家の縁者として恥じぬ実力を持っているらしい。
「それと、高杉総三郎と言う方も……」
「そうか、すまないが二人とももう少し待ってもらってくれ」
綾音は秋隆にとって唯一の身内、文良もまた彼の同胞たる四道将軍、本来ならば死地から帰還した後すぐに会うべきところである。
しかし今回に関しては二人よりも優先すべき事柄があるため、少しばかり待ってもらわねばならない。
「……彼女に、話してもらわなければならないことがある故な」
微かに息を漏らし、秋隆はすぐ後ろにいる人物、翠明院陽華に目を向けた。
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さて、秋隆が案内した場所は普段接見に使用する黒書院ではなく、その奥にある二つ目の書院である白書院。
黒書院よりも格式の高い、それなりの人物が来た際に使用する部屋だ。
「想像以上の城じゃな」
白書院の上座に案内された陽華は手入れの行き届いた調度品に真新しい畳を見て満足そうに微笑む。
「この書院は、普段から使っておるのか?」
「いや、ここはそれなりの人間を遇するのに使う場所、公的に使用したのはそなたが初めてだ」
上座に面する形で正面に座る秋隆の言葉に、陽華はいよいよこらえきれないとばかりに破顔した。
「ほほう、では妾がお主の最初の女子というわけじゃな」
機嫌が良さそうな陽華に対して、秋隆の下座に座るルドヴィカは不機嫌さを隠そうともせずに鼻を鳴らす。
「あんた、そんな無駄話をするためにルイズたちを振り回したわけ?」
「ふふふ、ではそろそろ本題に入るとしよう」
悠然とした様子で懐から扇子を取り出すと陽華はややもったいぶった口調で話し始めた。
遡ること千年前、陽華が生まれた時代は今とは比較にならぬほど魔族排斥の動きが強く、まともな職に就くことすら難しかったという。
そんな世界を変えるべく人間に化け、長い年月の準備の果てに神官将となり、最終的には五清将を経て神聖王に至った。
そして魔族に対する排斥を撤廃する作業に着手したというわけである。
だがそこでこの活動を妨害し、さらにはエルメラ全体を裏から支配しようとする謎の勢力の存在を察知した。
その尖兵は新米の神官将であったり、民間団体の代表、さらには元老院議員と様々な人物で所属勢力に統一性がない。
正体が見えないが故に実体を掴むことが出来ないという厄介な相手、まるで実体のない霧と対峙するかのような感覚である。
「……その正体は不明じゃったが放置してはおけぬ、エルメラから駆逐するためにはまとめてあぶりだし、反逆者認定する必要があった」
結果思いついたのは、敢えて弱点を晒すことによって敵を誘き出し、各個撃破するという作戦。
ただでさえ連中にとって陽華は目の上のたん瘤、弱みを見せれば必ず食いついて来るであろうことは予想出来ていた。
「それで病気に臥せっていることにしたというわけですの?」
凍子の質問に対して陽華はすぐさま頷いて見せる。
「左様じゃ、それから十五年、表では神聖王、裏では妖魔王翠明院陽華として活動し、ある程度計画達成の目途を立てるに至った」
幸いなことに神聖王の本性たる魔族、翠明院陽華という存在を知る者は千年の果てにみな死に絶えていた。
そこで表向き神聖王は病魔にむしばまれているということにして、実際は妖魔王翠明院陽華として暗躍、計画を動かしていたというわけである。
「そこに来てのお主の登場、これで機が熟したと判断した妾は連中の策謀に乗りこれを利用、反逆勢力を根こそぎあぶりだすことに成功したというわけじゃ」
にやっと秋隆に向けて笑いかける陽華。そう、流星のように現れた男性の理気使い久坂杏一郎秋隆、彼のようなイレギュラーの登場に黒幕たちは慌てふためいた。
信じられない実力で以て鬼紋王を倒し、おまけにこの活躍は魔族の頭目、翠明院陽華が支援した結果らしい。
これ以上秋隆に活躍されれば魔族である陽華の影響力も増すことになるのは目に見えている。
行動するならば邪魔な神聖王が病に伏せ、余命いくばくもないであろう今しかない、そんな考えでこのような騒ぎを起こしたというわけだ。
実際のところ黒幕たちが慌てたのは秋隆の力だけではないのだが、その辺りのことは話さず、敢えて伏せておく。
ともあれ結果陽華の一人勝ち、怪しい動きをしていた人間は全員あぶりだされたため、騒動前後に姿を消した勘の良い者たちを除けば、芋づる式に多くの人間を捕縛することが可能というわけだ。
「そして此度の騒動の裏で、すでに宰相アウグスタはじめ夥しい数の被疑者を確保しておる」
得意気に胸を張る陽華。全てを読み切った上であちこちに手を回し、勝利を確信しながら捕縛されたと言うのならば、希代の謀略家と言っても過言ではないだろう。
その信じられないほどの深慮遠慮、あるいは機略縦横ぶりに秋隆の背中に冷たいものが滲んだ。
「それで、そいつらはどうするつもりなんだ?」
豊輝の疑問に対して、陽華はぞっとするような酷薄極まりない笑みを浮かべる。
「無論長々と生かしておくつもりはない」
彼女らを生かしてしているのはまだ利用価値があるからというだけのこと。全ての真相が明るみになったところで、今度は連中が改悛塔で処刑される羽目になるというわけだ。
「……しかし、まさか宰相殿がそちら側だったとはな」
微かに首を傾げる秋隆を見て陽華は嘆息を漏らす。
「ふむ、意外か?」
「いや、そうでもない」
秋隆が思い出すのは鬼紋王討伐後になぜかアウグスタに会ってもらえなかったことだ。
あの時は疑問を感じるにとどまっていたが、今考えてみると予想外の出来事に慌てて次の一手を考えていたのであろう。
「ともあれ、お主のおかげでエルメラに救う闇は一掃出来た。感謝しておるぞ?」
そこでと一旦言葉を区切り、呼吸を整えてから陽華は改めて口を開いた。
「お主に任せたい仕事がある」
「それは、神聖王としての勅命か?」
「そうじゃな。じゃが、お主にとっても有意義な話じゃぞ?」
扇子を握り直し、陽華はその先端を秋隆に向ける。
「ミディアン・ヴァルナーが抜けた部分を埋める形で五清将、総長の座を引き受けてはくれぬか?」
意外過ぎる言葉にしばしの間秋隆は時間が止まったかのように感じた。
どうやらそれは秋隆だけではなかったらしく、その場にいる全員が驚愕の表情を浮かべている。
「この、私が?」
絞り出すかのような思いで出てきた秋隆の言葉に陽華は楽しそうな笑みを浮かべつつ頷いた。
「うむ、元々あの座はアウグスタが妾の許可なくミディアンに与えたもの、それをより相応しい者に与えるというだけのことじゃ」
そこで一瞬だけ笑みを絶やし、微かに目を細めて秋隆を見据える陽華。
「それに、これくらい地位があった方が、今後お主も色々とやりやすかろう?」
「っ!」
一体どこまでこの人物は秋隆の思惑を知っているのであろうか?
アイオナの様子を見ればわかるように、確かに五清将となれば一般の神官将よりも自由と特権が保障されるだろう。
そうなれば鬼紋王の探索はもちろんのこと、神州の復興に時間を割くことも出来るはずだ。
至れり尽くせり、しかし一体何を思って陽華、否神聖王ハクアはそのような提案を出したのであろうか?
ここまで来ると全てを知ったうえで秋隆、というよりも神州復興のために力を貸そうとしていると言われても納得できるかもしれない。
「……受けるべきだろうねえ」
就任した場合の恩恵を察したのか、秋隆と同じように神州の復興を目指す豊輝はそう告げる。
「ふん、気に入らないけど、あんたの実力ならそんくらいが自然じゃない?」
なんとも複雑な口調でそう零すのはルドヴィカ。どうやら彼女から見ても今回の一件と秋隆の実力は認めざるを得ないようなものらしい。
最後に秋隆が凍子に視線を向けると彼女は無言のまま頷いて見せた。
「……拝受仕る」
秋隆が出した答えは承服、すなわち今後は五清将兼総長として活動するというものである。
「うむ、そう言ってくれると思っておったぞ?」
陽華が見せるのはいつもの胡散臭い笑みではなく、心からの笑顔、どうやらこれに関しては本当にうれしく思っているらしい。
「では、当面面倒なこともない故、鬼紋王の捜索と討伐に専念せよ」
妖魔王ではなく神聖王としての言葉に深々と頭を下げる秋隆。
まだまだ何者かの策謀の中にいることは否めないが、それでも自分自身のすべきことは変わらない。
鬼紋王を倒して記憶を取り戻し、失われた故郷神州を復興させるのだ。
次回より新章に入らせていただきます。




