第九十五話「蕃国の神」
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作者:入道前太政大臣殿(西園寺公経)
周囲の理気を取り込み、その姿を六耳彌猴のものへと完全に変容させたミディアン。
しかも咆哮とともに背中を震わせ、カラスを思わせる巨大な黒翼を生成、展開させる。
見るだけでも怖気を感じずにはいられないその威容を前に、秋隆は微かに顔をしかめた。
「六耳獼猴、しかもあの巨大な翼、セント・ヴァルナールに現れたものと同じ、変異種か……!」
「οοοοοοοοοοοοοοοοοοοοοοοουογκ……!」
凄まじい咆哮とともにミディアンに付き従っていた神官将らにも異変が起きる。
先述の通りミディアンが率いている神官将はその大半が蕃神なのだが、どういうわけだかその全員が六耳彌猴の姿に変容したのだ。
いずれも理気の強弱こそあれども一定のラインには達しているであろう気配、決して楽な相手ではない。
「…………ミディアンめ、よもやこのような隠し玉を持っていたとはな……」
「杏一、どうやら正体が割れたようですわね」
険しい表情の凍子に対して秋隆はすぐさま首肯して見せた。
「詳しい原理は不明ですが、六耳彌猴と言うものは蕃神族が変異した怪物のようですね」
微かに嘆息し、凍子は六耳彌猴の巨体から六つの耳までつぶさに観察する。
「元人間、それを勘定に入れてから改めて見ると、何とも生理的な嫌悪を搔きたてられる見た目をしていますわね」
「……あれでも元の姿はミディアン・ヴァルナーです。それがここまで変容出来るものでしょうか?」
秋隆の指摘通り六耳彌猴へと変容したミディアンは身体の大きさから気配、体格まで何もかも変わってしまっており、彼女の名残と言えば腰元に纏わりつく青い襤褸切れと蝶の形をしたへそピアス程度のもの。
理気を上手く用いることが出来れば不可能はないとは言え、ここまでの変容はなんとなく違和感のあるものだ。
そんな疑問に対して、凍子は微かに首を傾げ慎重な口調で口を開く。
「……妖精が巨獣になったのではなく、元々が巨獣である者が妖精に擬態していたというのなら、あり得そうな話ですわね」
つまり凍子曰くあれこそがミディアン・ヴァルナーの真の姿と言うのだ。
しかし仮にそうだとすると、生粋のエルメラ人であるミディアンがどこかのタイミングで六耳彌猴とすり替わったということになってしまうのだが……。
「ιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιασαρασινις……!」
「っ!」
秋隆がそのようなことを考えていると、ミディアンは口を大きく開きそこに理気を収束させ始める。
理気を用いた破壊光線、秋隆や凍子だけならばいざ知らず、この場には陽華や非戦闘員の修道女までいるのだからこれを発射させるわけにはいかない。
秋隆が鼈甲霊亀を投擲しようとしたその刹那、弾丸のように飛来したポールメイスがミディアンの頭を穿った。
「αχοκγ!」
短い悲鳴とともに仰向けで倒れ、そのまま空に向かって破壊光線を放つミディアン。
「クリスティア・カラレス」
「……ボーっとして、これでは羽虫ではなくて亀ですね」
くるくると宙を舞うポールメイスを回収し、クリスティアは秋隆のすぐ隣に立つ。
「こうなった以上あれらはエルメラに仇なす逆賊、お前も神官将なら力を貸しなさい」
クリスティアの視線の先にいるのはミディアンだけではなく彼女の麾下である神官将の成れの果て。
今のところ攻撃を仕掛けてくるような様子はないが、この数がいきなり来るとなれば相当の苦戦となるのは必至だ。
「……わかった。さすがにこの数は骨が折れそうだからな」
「では、そちらは任せました」
一度だけミディアンを一瞥すると、クリスティアはポールメイスに青白い炎を纏う。
単純な炎属性の再現ではなく、なんらかの現象によるものらしく、見ているだけでなんとなく不安になってくるような色合いだ。
「積尸気」
短い呟きとともにポールメイスを振るい空間に炎を拡散させるクリスティア。
「っ!」
秋隆が驚愕したのはここから、なんとこの炎を浴びた六耳彌猴の肉体から霊魂のようなものが抜け出してきたのである。
見た目は完全に六耳彌猴のそれ、しかしその肉体を構成するのはクリスティアの炎に酷似した青白い炎のような気体。それこそステレオタイプの幽霊のような朧げな、半透明の存在だ。
「夜行鬼火」
直後空間に漂っていたクリスティアの現象が真紅の炎に姿を変え、六耳彌猴の霊魂に襲い掛かる。
「αααααααααααααααααααααικγ……!」
これを受けた霊魂は一瞬にして炎上、それに呼応するかのように残った肉体も塵に還った。
「あれも、現象攻撃なのか?」
「左様じゃ」
あまりにも異質過ぎる現象に呆然とする秋隆の横で、陽華は扇子で口元を抑えつつ微笑を浮かべる。
「クリスティア・カラレスの現象は火と土を合わせた積尸気、肉体へのダメージはそこそこでも、霊的物質に絶大な一撃を加えることが出来る特殊な現象じゃ」
要するに物質的な存在には無害そのものながら、霊的な存在には有効な霊界の炎。
「……対象が霊的な存在でない場合は、無理やり魂魄を引きずり出して自分の畑に引きずり込むというわけか……」
秋隆の指摘通り、本来の六耳彌猴は肉体を保持した物質的な存在でクリスティアの積尸気は有効打にはなり得ない。
故に現象攻撃で肉体から霊魂を引きずり出し、無理やり霊的な存在に仕立て上げた上で攻撃を成立させたいうわけだ。
「……とんでもない技だな」
「亀、何を突っ立っているのですか?」
危うげなく六耳彌猴を始末しつつ、クリスティアは秋隆に流し目を送る。
「さぼってないで、さっさと仕事に取り掛かりなさい」
「そうだな、私も負けてはいられぬな」
鼈甲霊亀を手に秋隆が一歩前に出ると、凍子もまたその手に誅仙剣を呼び出し、彼の隣へ進み出た。
「わたくしは非戦闘員を守りつつ、彼女が打ち漏らした敵を倒します」
今のところクリスティアは問題なく六耳彌猴と渡り合っているが何事にも不測の事態と言うものは起こり得るもの。
非戦闘員の保護を第一に考えるのは決して間違いではないだろう。
「卿は、大物を……」
「感謝します凍子」
静々とした足取りで前へ進み出ると、ミディアンは口から涎をだらだら流しながら叫び声を上げた。
「ισγγασυοοτνικγ!」
先ほどの咆哮とは違いなんとなく意味のありそうな単語の羅列、どうやら彼女は秋隆に何事か話したいことがあるらしい。
「ιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιατνιιασοναμασικ! οναμασικ!」
だが秋隆に出来ることは精々聞き取ることくらいのものであり、その意味を解読することなど土台無理な話である。
「何か言いたいことがあるのはわかったが、せめてエルメラの言語で話してくれぬか?」
「ααααααααααααααααααααμασικ……!」
煽るような言葉にミディアンは叫び声を上げ、その鋭い爪を武器に秋隆に襲い掛かった。
「……なるほど、こちらの姿のほうが動きやすいらしいな」
鼈甲霊亀を振るって攻撃を躱しつつ、秋隆はミディアンの拳速に舌を巻く。
容赦なく襲い掛かるミディアンの攻撃は人間の姿だった時に比べて格段にスピードの上がったものだ。
同じ六耳彌猴でも実力差と言うものはあるらしく、これまで戦った個体と比べてもこちらの方が遥かに格上と言って差し支えないだろう。
しかしここまで相当な修羅場をくぐりぬけてきた秋隆にとって、最早この程度は大した脅威ではない。
極端な話、能力の厄介さや隙のなさに関して言えばアイオナ・イグナウスのほうがはるかに手強い相手だ。
「……同じ五清将でも、実力差と言うものは存在するらしいな」
流れるような動きで鼈甲霊亀を振るい、余裕すら感じさせる剣捌きでミディアンの攻撃を凌ぐ秋隆。
続いて隙を突く形でこれを一閃、妊婦のごときボテ腹目掛けて斬撃を放った。
「αχακγ!」
悲鳴とともに響き渡るのは、金属と金属がぶつかり合ったかのような硬い音、次いでミディアンの巨体が宙を舞う。
どうやら直撃はしたものの皮膚を切り裂くまでは行かなかったらしく、斬撃の余波で跳ね飛ばす結果に留まったらしい。
「……ふむ、仕留めそこなったか。存外硬いな……」
数メートル先でよたよたと起き上がるミディアンの姿を冷ややかに見つめつつ、秋隆は鼈甲霊亀を構えなおした。
「次の一撃で決める。かかってこい」
「αααααααααααααααααααακγικοτοκγγγιζυουοιςγγισ,ισ……!」
秋隆の挑発にミディアンは怒りからか顔を真っ赤に染め、全身に理気を漲らせる。
「ιαιαιαιατνιαζγγυοπμονιιαροτνονιακατνυοριαραυοακυοστινυοροουοκγαμ!!」
周囲に放たれるのはこれまでとは比較にならないほどの理気、あまりの濃度に空間全体が揺らいで見えるほどだ。
「ααααααααααααααααααααααααααααααααχ……!」
ほぼノータイム、ミディアンの口から放たれた破壊光線は一直線に走り、秋隆に直撃する。
「αχαχαχαχαχαχαχαχαχαχαχαχαχυοχ,υοχ……!」
もうもうと土煙が舞う中、勝利を確信し哄笑するミディアン。
「ακγιμοκγ !ακαττισιομο」
「……気は済んだか?」
「っ!」
土煙を割くようにして周囲に舞い散る蓮の花びら、これを身体の周囲に漂わせつつ現れた秋隆の身体にはかすり傷一つついてはいない。
「ακγικοτοκγιζυοστιχ,ανακαπμ……!」
「まあ、羊も硬い角を研ぐことくらいは出来るということだな」
嘆息とともに鼈甲霊亀を構えなおす秋隆を見て、ミディアンは焦燥感にかられるままに破壊光線を放った。
「ιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιαιανισ,ισ……!」
「……何度やろうとも同じこと」
秋隆が左掌を翳せば破壊光線は全て理気に変換され、彼の手の中にある蕾に吸収される。
花の蕾は敵の理気を得て開花、見事な青い蓮を咲かせた。
「そなたでは私の皮一枚傷つけることも出来ぬよ」
いよいよ勝ち目がないことを悟ったのか、ミディアンはじわりじわりと後退、逃亡する隙を伺う。
瞬間、彼女は大地を蹴り柵を突き破る形で改悛塔から飛び降りた。
だが、そのようなことを許すような秋隆ではない。
「逃がさん」
鼈甲霊亀を一閃、直後遥か下の地面から大量の幹が伸びミディアンの巨体を絡めとる。
「……花さそふ、嵐の庭の、雪ならで……」
絡みついた幹はそのまま彼女の肉体を構成する理気を吸収して成長、巨大な樹木へと姿を変えた。
「ふりゆくものは、我が身なりけり」
続いて、枝のあちこちに蕾が出現、開花の時を待つ。
「ααααααααααααυουο,!ακγισαταυο ?!υοριαικ」
断末魔の悲鳴とともにミディアンの肉体が樹木の中に封じられると蕾が一斉に開花、美しい桜の花を咲かせた。
「白桜転生、桜の木の下で眠れ」




