第九十一話「騰蛇対天威」
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五清将尸道草の現象
理気を込めた刀で一閃、ルドヴィカの霧を払う草であったが、秋隆と凍子は改悛塔に向かってしまったらしく、すでに二人の姿はどこにもない。
「久坂さん……」
「どうすんの? ルイズ無視して杏たちを追ってみる?」
傲岸不遜な態度を崩すことをせず、ルドヴィカは草の前に立つと、改悛塔に至る出入り口を一瞥する。
「……そんな真似をしたら後ろから斬るけど」
「い、いえ、前門の虎と後門の狼をどちらも相手取るようなことは出来ません」
少なからず狼狽しつつも、刀を片手に油断なく動き、ルドヴィカの一挙手一投足を注意深く観察する草。
「やるならルドヴィカさんを倒したうえで、久坂さんを抑えます」
隙のない構えを取り、必要以上の感情を見せない、ある種純粋な敵意をこちらに向ける姿にルドヴィカは内心舌を巻いた。
予定外のことがあっても即座に優先順位をつけ、手近なところにある務めを完遂しようとする姿勢はさすがは五清将と言うべきであろう。
「ふん、ちっとはマシな面になったみたいね」
戦いを避けようとしたのはすでに過去のこと、一旦決まった以上は迷うことも逃げることもしない。
そんな草の姿勢はルドヴィカとしても好感を持てるものだ。
「そんじゃ、始める?」
双刀を構え、今すぐにでも戦闘をしようとするルドヴィカであったが、草は小さく首を振って見せる。
「……いえ、その前にやることがあります」
瞬間、ルドヴィカは上に突きあげられるかのような衝撃を受け、ドーム状の天井に向かって吹き飛ばされた。
「っ!」
まるで空間そのものから弾かれるような感覚に顔をしかめる前に、ルドヴィカの身体は聖堂の外、青空の下を舞う。
「……いきなしやってくれんじゃん」
草によって弾き飛ばされ、いつの間にか開いた採光窓を経由して外に放り出されたと瞬時に判断すると、ルドヴィカはその場で受け身を取り、落下の衝撃に備えた。
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「……結局聖堂の外で戦うことになるわけね」
聖堂後方にある広々とした中庭に着地し、ルドヴィカは遅れて現れた草を睨みつける。
「ご、ごめんなさい」
苛立たし気なルドヴィカの言葉に謝罪すると、草は一旦腰に納めていた刀を引き抜き、一瞬だけ聖堂を見上げた。
「でもあそこで戦って、もしもドームに何かあればクリスティアさんが困ると思います」
草が危惧するのは聖堂内で戦って貴重な装飾や文化財を損なうこと、それを回避するためにこうして場所を変えたらしい。
「ふん、まあなんだって良いわ」
場所が変わろうともすべきことに変わりはないため、それ以上追及することはせず、ルドヴィカは武器を構える。
「噂に聞く五清将、天威将尸道草の実力、見せてもらおうじゃん」
ルドヴィカが言葉を発した直後、周囲の理気が震え、庭園内に濃霧が立ち込めた。
「……霧、さっきも見ましたが恐ろしい能力ですね」
徐々に濃くなりつつある霧を見て、微かに顔をしかめる草。
エルメラ最高峰の理気使いたる五清将の地位にいる草には、霧を構成する水蒸気の一粒一粒が理気を帯びているのが見えている。
視覚的、理気的な目くらましとして作用する上に触れるだけでダメージを負うまさに攻防一体の現象、五清将クラスであっても対抗策を持たないならば、そう簡単には突破できないほどの能力だ。
しかしそれはあくまでも『何の対抗策も持たない』場合である。
草が刀を天に掲げた瞬間、ルドヴィカの周囲に渦巻いていた濃霧が一瞬にして消滅した。
「は?」
「し、失礼します」
何が起きているのかわからずルドヴィカが混乱している隙に草は距離を詰め、刀を振り上げる。
「ちっ!」
しかしそこは百戦錬磨のルドヴィカ、即座に双刀に理気を込めると草の一撃を正面から阻んだ。
刹那、理気纏化の掛けられた武具同士が接触し、空間に震動が走る
「……あんた、どうやって……っ!」
双刀を十字にするようにして草と鍔迫り合いしつつ、ルドヴィカは目を吊り上げる。
二人が切り結んだ直後、前髪に隠れた草の両目が強い光を帯び、空間に満ちる理気が活性化した。
そして、何らかの対策をする前にルドヴィカの腹部に突き上げるような強い衝撃が襲い掛かる。
「がはっ!」
あまりの威力に口から血反吐を吐きながら吹き飛ばされるルドヴィカ。
反射的に理気纏化を掛けたため致命傷にはならなかったが、それでもその身に受けたダメージは決して小さくはない。
「……(ヤバい、なんだかわかんないけど、あの能力はとんでもなくヤバい!)」
口元を滴る血液を握りこぶしで拭い、ルドヴィカは草を睨み据えた。
なんらかの現象によるものであることまでは看破できたものの、肝心の正体については霧の中。
これを見切ることが出来なければ草を倒すことは困難であろう。
そこで何を思ったのかルドヴィカは構えを解くと、両目を固く閉ざした。
「え?」
勝負を投げ捨てるがごとき行いに草は思わず戸惑いの声を上げる。
一方のルドヴィカはその姿勢とは裏腹に感覚を研ぎ澄まし、周囲の理気に全神経を集中させていた。
「……(落ち着け、目じゃなく理気でとらえれば、あいつの能力も正体がつかめるはず……)」
五清将クラスの理気使いとの戦いで最終的に信じられるものは理気のみ。
それがわかっているからこそ敢えて己を追い込み、背水の陣でことに臨もうというのである。
そこでルドヴィカの中にある第六感が警告を発し、ヒリヒリとした熱のようなものを感知した。
「……(どうやら、仕掛けてくるみたいね)」
理気によるイメージでの草は、全身から理気を放出してまず属性を発現、続いてこれを組み合わせることで現象を生み出している。
仕掛けてくるまでの猶予は精々一秒から二秒、この間に現象の正体が見抜けねば、死ぬほかない。
否、仮に死ぬことがなかったとしてもここで対応できないならば死んだも同じこと、ルドヴィカの中にあるのはそれほどの覚悟であった。
「……(そんくらいできなきゃあいつの、杏の隣に立つなんて出来ないでしょうが!)」
死活を分かつ一瞬、尋常ならざる集中で以て理気に向けられた意識は感覚を極限にまで高め、時間の感覚を恐ろしく緩やかなものに変える。
空間と現象のひずみ、時間に換算すれば0.01秒の世界、その中にルドヴィカが求めるものが存在した。
「見えたっ!」
直後ルドヴィカは目を開くと、すぐ近くにまで迫っていた草目掛けて霧を放つ。
「わ、わわわわわわ……」
慌てながらも距離を開き、即座に現象を発現させて霧を打ち消す草であったが、これこそがルドヴィカの狙っていたことであった。
「……随分好き放題やってくれたみたいだけど、ようやくタネが見えてきたわ」
とりあえずの危機を乗り越え、ルドヴィカは微笑を浮かべる。
「あんた、なんでも圧縮できるんでしょ?」
核心を突いた言葉に一瞬だけ草は目を見開いたが、すぐさま頷いて見せた。
「は、はい、その通りです」
ふわっと草のすぐ近くに落ちていた握りこぶしほどの小石が浮遊したかと思うと、一瞬にしてゴマ粒よりも小さなものに姿を変える。
「風と水で発現しました。わ、私の認識空間内なら、物質非物質問わず何でも圧縮出来ます」
攻撃に使用するのは基本的に圧縮と解凍の二種類。
空間を圧縮して対象との距離を詰めたり、逆に解凍して相手を弾き飛ばすというのが彼女の基本戦術だ。
「ルイズの霧も圧縮してどっかに流せば万事解決ってわけね」
「た、多分ルドヴィカさんの現象では私の現象は破れないと思います」
前髪の奥から真摯な眼差しでルドヴィカを見つめる草。
「諦めて投降してください」
草の言葉に思わず首肯したくなるルドヴィカであったが、すぐさま首を振ってこれに抗う。
これも現象の応用であり、他者に圧力を与えることによりこちらの提言を通りやすくしていると考えて相違ない。
圧縮解凍に留まらず、草が操れる現象は圧力そのものなのだ。
「ふん、好き勝手言ってくれるわね」
双刀の峰で肩を叩きながら、心底つまらなさそうにルドヴィカはそう呟いた。
「確かにあんたの現象はルイズの現象にとって天敵かもしんないけど、だからって戦いから背を背ける奴に神官将は務まんないでしょ?」
ルドヴィカにとって神官将とは心身を鍛えた先に待つ強さの頂。
能力の相性が悪いというだけで逃げ出す選択肢は神官将となった彼女には存在しないのである。
「わ、わかりました。そういうことなら、もう容赦は無しです」
一礼するや否や、草は左手の外骨格からいくつもの爪楊枝を放ち、弾幕のように周囲にばらまいた。
一見したところは無害そのものな見た目、しかし次の瞬間、これらの爪楊枝は巨大化し、その本来の姿を取り戻す。
「ちっ!」
思わず舌打ちしたルドヴィカの前に浮かぶのは夥しい数の刀、槍、斧等考えつく限りのありとあらゆる武器。どうやら能力で圧縮して外骨格に収納、攻撃に用いる際はこれを解凍して相手にぶつけるらしい。
「その内鳩とか出てくんじゃないの?」
理法念力によるものか、こちらに殺到する武器を何とかかわし、毒づきながらも双刀に理気を収束、一閃とともにルドヴィカは現象攻撃を放った。
「白煙饕牙!」
放たれた霧は瞬時に空間に広がり、一瞬にして武器を消滅させる。
勢いづいた霧はそのまま草にも襲い掛かったが、彼女はすぐさまこれを圧縮、いずこかへと放流した。
「やっぱ、そうなるか……」
「こ、今度はこちらから行きます」
刀を構えるとともに現象を発現させる草。刹那、彼女の姿がぶれ、ルドヴィカとの距離を一瞬にして詰める。
「なっ!」
空間を圧縮することにより対象へと自信を引き寄せる疑似的な瞬間移動、圧縮した空間を解凍して相手を弾き飛ばすのとは逆の現象だ。
「理力剣!」
続けざまにルドヴィカに襲い掛かる理気の斬撃、こんな至近距離で、しかも不意打ち気味に放たれた一撃を躱すのは至難の業であろう。
「やらせるかっ!」
しかしこの戦いを通じて理気に対する認識能力を格段に上げたルドヴィカはこの結果をある程度予測していた。
完璧とは言えないながらも草が近づくその直前、周囲の理気を収束していたのである。
こちらも刀に理気を込め、迎撃する形で理力剣を放った。
凄まじい理気の奔流に空間はきしみ、大地が大きく揺れ動く。
その理気たるや、もしこの場にそれなりの修練を積んだ神官将がいた場合、激突の余波だけで瞬時に意識を刈り取られるほどのものだ。
「ちっ!」
一応防御には成功したもののあまりの攻撃にルドヴィカは両手が痺れたかのように感じ、奥歯を噛み締める。
「そんだけ戦えるなら少しは自分に自信を持ちなさい、よっ!」
手拍子気味に理気纏化を掛けた一閃を放つルドヴィカであったが、草は後方に退く形でこれを回避、数メートル距離を開けた。
「……やってくれんじゃん」
回避とともに自身の現象を活かせる程度にほど良い距離を開けるという無駄のない草の動きにルドヴィカは思わず感嘆の声を上げる。
「それじゃあ次は……」
油断なく双刀を構え、ルドヴィカが次の攻撃を繰り出そうとした瞬間、凄まじい轟音がクリンゲルヴァルド全域に響いた。




