第八十九話「Jupiter」
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豊輝の現象。
椿鬼が放つ嵐のような猛攻、豊輝は刀を振るってこれを捌く。
その動きたるや一切の隙も無駄も存在しない見事なものであり、それなりに目の肥えた五清将ですらも思わず嘆息するほどのものであった。
「……へえ、さすがにやるもんじゃねえか」
両手に携えた双斧による連続攻撃を一旦止めると、椿鬼は豊輝と距離をとり、構えなおす。
「久坂と戦えなくても、これじゃ退屈しなさそうだな」
椿鬼の手放しの賞賛に、豊輝は刀を構えたまま微かに顎を引いた。
「そいつはどーも」
口調そのものはいつもと変わらぬ軽いもの、しかし糸のように細いその目の奥に宿る光は真剣そのものである。
「それで、そちら様はいつまで手を抜くつもりだい?」
雑談ついでとばかりに放たれた言葉に椿鬼は思わず目を見開いた。
「へえ、気付いてやがったか」
「まあ、そんな重たい鎧着込んでる時点で察しはつくってもんさ」
椿鬼の返答に豊輝はテストで正解した子供のような楽し気な笑みを浮かべる。
そう、彼女の身に着ける鎧は一見したところ他者からの攻撃を防ぐための防具だ。
しかしその実、五清将クラスともなれば理気を用いて防御を固めるなど容易いこと。
故に本来ならばここまでかっちりした防具で身を固める必要などないのである。
それを敢えてしているということは、防御のためではなく、身体に負荷をかけることにより能力を制限するためという推論が成り立つのだ。
「そっちの言う通りさ」
ニヤリと肉食獣を思わせる獰猛な笑みに、彼女の身に纏う気運がより攻撃的なものに変化する。
「オレ様の場合は能力を抑えるために着てる。戦いって奴になるといっつもやりすぎて、すぐに勝負がついちまうからな」
椿鬼の言葉に豊輝は呆れたように息を吐いた。
「長く戦いたいってわけかい?」
「早く終わっちゃ、もったいないだろ?」
何を当然なと言わんばかりに胸を張ると、椿鬼は品定めするかのように豊輝を眺める。
「ま、お前とは本気でやりあっても良いかもだが……」
一瞬だけ鎧の襟元を気にする椿鬼であったが、こちらに向かって刀を構える豊輝と彼の後ろに聳える二つの塔を見て軽く頭を振った。
「……今日は辞めとくことにするぜ」
「そうかい、それじゃあこちらもある程度は加減しとかなきゃフェアとは言えないだろうねえ」
肩をすくめ、とぼけたように豊輝がそう呟くと、椿鬼は一度だけ息を漏らし、笑みを絶やした。
「優しい男じゃねえか、入江とやら」
直後、椿鬼は大地を蹴り、信じられない速度で豊輝に肉薄する。
「っ!」
「その余裕がいつまで続くか見ものだな!」
双斧を用いた連続攻撃、あれほど鈍重な武器もまるで棒切れのように軽々と振り回すのだから恐るべき筋力だ。
「五清将となれば理気の扱いも一人前ってわけか」
理気纏化によって強化された斬撃を凌ぎつつ、豊輝は微かに唇を尖らせる。
「当然、オレ様含めて五清将は八識以上、つまり現象術を扱えるクラスで当たり前ってもんさ」
連続攻撃を止めることすらせず、椿鬼は言葉を続けた。
「そっからどこまで強みを伸ばせるかが問われるくらいなんだぜ?」
「そいつは魔境って呼ぶに相応しい世界だねえ」
以前秋隆が戦ったアイオナ・イグナウスも強力な現象を使いこなす猛者であったが、椿鬼もまた彼女とはベクトルが違うながらも十分比肩する実力者。
これほどの使い手が五人も集まるとなれば、どれほど能力を磨いた神官将であっても反逆などという大それた野望を抱くことはしないだろう。
「ま、オレ様は属性術も現象術は使えねえんだけどな」
連続攻撃をかいくぐり、下段から切り上げる形で胴を狙った豊輝の斬撃を片方の斧で弾きながらとぼけたようにそう呟く椿鬼。
その言葉にこれまでそれなりの修羅場を潜り抜けてきた豊輝も思わず嘆息を漏らした。
「ほほう、使えないのに五清将か」
「まあな、オレ様には向いてないっぽいんだよ」
なんとなくバツが悪そうな椿鬼。しかし五清将クラスでありながら現象術はおろか、属性術すら使えないということはそれ以外の実力がずば抜けているということである。
強さのベクトルが測りにくいという点で、単純に強力な現象攻撃を使いこなすだけの理気使いよりもずっと厄介と言えるかもしれない。
「こいつはとんでもない相手を引き受てしまったかもしれないねえ……」
予想以上の怪物を前にしてしまったという事実に、豊輝はその表情に険しいものを滲ませた。
「お互い様ってもんさ」
瞬間、椿鬼の持っていた斧が高速で回転し、豊輝の刀を巻き取るようにして弾き飛ばす。
間髪入れずにその身に迫る二振り目の大斧、しかし二の太刀の直撃を受ける前に、破裂音のような音とともに豊輝の身体が掻き消えた。
「お?」
「……まあ、加減こそするけど、出し惜しみは出来なさそうだ」
一瞬にして遥か後方にまで移動した豊輝は刀を握り直して恐ろしい速度で椿鬼に接近する。
本来ならば決め手となり得る一撃、しかし椿鬼も負けてはいなかった。
「桐鳳凰」
瞬時に大地を蹴り、豊輝との距離を詰めるや否や、斧を振り上げてこれを迎え撃つ。
「松鶴!」
二つの武器がぶつかり合うとともに空間全域が震え、椿鬼の肌が微かに逆立った。
「とんでもねえ現象だな、こいつは……」
空間に満ちる電気のような力を帯びた空気を感じながら、椿鬼は豊輝と距離を開き、斧を構えなおす。
「お前の現象は、電磁波か」
「お? 見抜いてきたかい」
核心を突いた椿鬼の言葉に豊輝は感心したのか、何度も頷いて見せた。
「風属性と火属性の現象、電磁波」
ばちっと微かな破裂音のような音ともに左手に電磁波を纏う豊輝。もちろん目視できるように光を帯びることも忘れない。
「速度は光と同じ秒速七万五千里、要は30万キロメートル、こいつの流れに乗ればそれ位の速度で移動も出来る」
さきほど見せたのもこれを用いた現象、豊輝と正面から切り結ぶ者は光の速度で襲い掛かる斬撃をどうにかできねば、なすすべもなく斬られる結果に終わるだろう。
「まあ他にも色々あるけど、今回は高速移動しか使わないようにするかね」
にやっと悪戯っぽく笑う豊輝に対して、椿鬼もまた無邪気な笑顔を返した。
「そうかい、んじゃオレ様も鎧は脱がねえでおくか」
「鎧だけじゃないだろ?」
じっと豊輝は双斧に目を向けたが、それに答えることはせず、椿鬼は微かに鼻を鳴らす。
「そいつは想像にお任せするさ」
話はここまでとばかりに椿鬼は双斧を振り上げながら豊輝に接近、バツ印を描くような形でこれを振り下ろした。
「鶴翼!」
「っ!」
双斧を用いた攻撃はまさに脅威的の一言、しかしここまで幾度も干戈を交えた豊輝に見切れぬ動きではない。
「そこだろ?」
身を低くして鶴翼を受け流すとともに刀を振るい、横薙ぎによる一閃を試みる。
現象術を使っていないにも関わらず神速で以て放たれた一撃、まるで雷のような斬撃だ。
「桐鳳凰!」
しかし椿鬼はこれを見切り、地面を蹴って後方に逃れるとともに双斧を振るい剣圧による衝撃波を放つ。
「飛剣鶴翼!」
「っ!」
豊輝は即座に刀に理気を纏うとともに一閃、椿鬼の攻撃を霧散させた。
「へえ、やるもんだ」
凄まじい攻防であったにもかかわらず汗一つ浮かべず、むしろ楽しそうに青い舌で唇を舐める椿鬼。
「そんだけの力を腐らせとくのはもったいない、神官将になるってんなら、口利いてやってもいいぜ?」
「悪くない提案だけどねえ、頭中将殿、久坂杏一郎の後輩ってのは苦労が多そうだから遠慮しとくよ」
軽口に対して軽口を返しつつ、豊輝はただでさえ細い目をさらに細め、椿鬼を見据える。
「……(さて、どうしたもんかねえ?)」
能力を抑え込んでいてもこの実力、椿鬼の力はまさに底の知れない実力と呼ぶに相応しいものだ。
豊輝としてもまったく余裕がないというわけではないものの、このまま互いに本気を出さないままぶつかっても体力の削り合いにしかならない。
この辺りで一石投じたいのだが、どのような形でそれを為すべきか……。
「……(決まってる。制約の中で正面から打倒するのみ)」
短い逡巡を終えると、彼は刀を振り上げその切っ先を椿鬼に向ける。
「それじゃ、そっちが一番強力だと思う攻撃をしてきな」
「大した自信じゃねえか入江、それさえ凌げれば勝てたも同然ってか?」
双斧を握る手に微かに力を込め、椿鬼は相変わらず悠然とした様子の豊輝を睨み据えた。
「言っとくけど、ここまで能力を抑えた状態でも、それなりの威力はあるぜ?」
大の大人でも泣き出しそうな威圧感で警告をする椿鬼であったが、豊輝は表情一つ変えず、先ほど同様まっすぐ彼女を見つめる。
「それに耐えきれないんじゃあ勝つことは出来ないだろうからねえ」
軽口ながらも確かな覚悟の感じられる言葉に椿鬼の表情が一気に明るくなった。
「その意気や良し! それじゃあ遠慮なく行くぜ!」
とんでもなく嬉しそうな表情で全身に理気を込め、豊輝に接近する椿鬼。
能力を抑え込んでいる状態とは言え久方ぶりに自身の本気をぶつけられそうな相手の出現に、嬉色を抑えきれないのである。
「奥義、五光精華!」
「っ!」
それはなんの変哲もない斬撃、動作としては振り上げて下ろすのみの単純な攻撃であった。
しかし五光を極め、恐ろしく効率的な戦闘術を修めた人間が全力で放つ一撃は速度、威力、ともに常識外れの領域。
しかもシンプル故に一切隙の無い攻撃は躱すことも凌ぐことも困難を極める。
一応刀で防御したものの、それ以上のことは出来ず、豊輝はなすすべなく後方に跳ね飛ばされ、庭園内にあった大樹に激突した。
「どうだ!?」
双斧を振るい得意げに胸を張る椿鬼。庭園内にはもうもうと土煙が立ち上り、数メートル先を視認することすら出来ない。
「あ、あれ? もしかしてほんとに決まっちまった?」
椿鬼の手に残るのは確かに直撃した手ごたえ、妙に豊輝が自信満々だったために容赦なく放ってみたが、普通ならば必殺と呼んでも良いような技、これを受けたのならば致命傷を負って動けなくなっていてもおかしくはないだろう。
「一応、状態を確認しとくか……?」
大斧を振るって土煙を霧散させ、先ほど豊輝が飛んでいった方向に瞳を向ける椿鬼。
「お?」
視界の先、彼が衝突した大樹には巨大な穴が開いてはいるものの、肝心の豊輝の姿はそこにはなかった。
「……さすがはエメルスの誇る強襲闘技、おじさん少しばかりヒヤッとしちまったよ」
いきなり頭上から聞こえた声に椿鬼が頭を上げてみれば、そこにいたのは大樹の枝に腰かける豊輝。
そのまま降りてきたその姿にはかすり傷一つついてはいない。
「あれの直撃を受けてヒヤッとたあ、大きく出やがったな」
身体に制限を掛けていたと言え、並みの相手ならば一撃で消し飛ぶような技を受けてもこの体たらく、まさに規格外と言うべき能力である。
「続けるかい?」
人の悪い笑みを浮かべながら放たれた豊輝の質問に対して、椿鬼は微かに首を振って見せた。
「いんや、ここらで良いだろうよ」
大斧を一旦背中に戻し、椿鬼は胸甲の中央にに右手を添える。
「どうしても先へ行くってんなら、相手してやってもいいけど?」
「いんや、それには及ばないさ」
ちらっと豊輝は秋隆らの入っていった聖堂、次いでその上に伸びる二つの塔を見上げた。
「……そろそろ向こうも決着をつける頃だろうしな」




