第八十七話「五龍」
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征夷大将軍より怖い妹の本領発揮。
「……あれが白薔薇旅団」
戦場に立った綾音は長銃を手にこちらに向かってくる兵団を見据えた。
エルメラ神聖国禁軍において、一個旅団が擁する兵力は大体6000前後、当然白薔薇旅団にもそのくらいの人員が所属している。
対してこちらの戦力は綾音ただ一人、普通ならば無茶を通り越して滑稽にすら映る戦力差だ。
「魔族だ! 魔族が来たぞ!」
「なんだか知らねえが、戦勝祈願の血祭りにしてやる」
「身ぐるみ剥ぐのは殺してからだ!」
無茶苦茶な理論を振りかざしながら綾音に銃口を向ける禁軍兵士たち。
普通なら目の前にいるのが戦闘員か民間人かの確認ぐらいはするところかもしれないが、悪逆非道、泣く子も黙る白薔薇旅団にはそのような理屈は通用しないらしい。
「……なるほど、噂に違わぬ下劣さ、真剛傭兵団に勝るとも劣らぬ残虐性、兵団ではなく山賊か野盗と呼ぶべき無法者集団」
呆れたように呟くと、綾音は蛇のごとき鋭い目に怒りの炎を宿す。
「礼節をわきまえているという点で、あの童女ルドヴィカ・ウォルキアの方がはるかにまともと言えるか……」
「おらあ、死ねえ!」
瞬間、前衛に属する禁軍兵士が持つ長銃が一斉に火を噴いた。
硝煙の匂いとともに発生する弾丸の雨、このような銃撃を正面から受けてしまえば一瞬のうちにハチの巣どころか原型も留めぬほどの肉片に変えられてしまうだろう。
しかし綾音は右手に理気を収束、黒い炎の渦を展開して迫りくる夥しい量の弾丸を全て吸収、消滅させてしまった。
「……戦い方と言うものをわかっていない様子」
右手を握り黒い炎を消滅させた綾音の表情は能面のごとき無表情。
しかしその身に纏う理気は激しく揺らいでおり、内心怒り心頭であることは明白である。
「ちっ! 超能力者、しかも八識クラスかよ!」
「なら近づいて集団でやれば良いだろうが」
どうやら禁軍兵士らは白兵戦を挑むつもりらしく、腰に下げていた銃剣を引き抜き、長銃に着剣した。
「覚悟しな! 私らは集団で嬲るのが得意なんだよ!」
凄まじい勢いで殺到する兵士らを見て、綾音はうっすらと瞳を細め酷薄な笑みを浮かべる。
「思った通り、情け容赦の類は必要ないらしい」
これが戦場における礼節を心得た侍たちならば綾音も何らかの形で手心を加えたかもしれない。
しかし複数人で一人を痛めつけることを是とし、悦ぶような輩が相手となればそれ相応の戦い方が必要になるというものだ。
「……では、始めるとしようか」
兵士らの突撃を跳躍して回避するとともに空中で白衣の胸襟を開き、上半身を露出させる。
これまで白衣に隠されていたため目立たなかったが、彼女の肉体もまた鍛え抜かれた頑強なものだ。
丸太の如き両腕、見事に割れた腹筋、その見た目も相まって竜姫と言う呼称がしっくりくるかもしれない。
続いて皮膚の下で血管が脈動し、全身が一回り巨大化、身体のあちこちに鎧の如き鱗が出現する。
最後に折りたたまれていた巨大な竜翼を展開、直後稲妻のような覇気が放たれ、空間が激しく揺れ動いた。
「……集団で嬲るのが得意と申したか?」
着地と同時に服を脱ぎ捨てると、綾音の瞳の奥から殺気が溢れ、彼女の纏う理気もそれに応じる形で攻撃的な気運を見せる。
次の瞬間、不可視であった理気が赤、青、黄、黒、緑の五色に変わり、周囲に霧散した。
「残念であったな」
「っ!」
五色の理気はそれぞれが巨大な光の龍に姿を変え、綾音に近づいていた兵士らを丸飲みにする。
あまりの速さに苦痛はおろか、悲鳴を上げる時間すらなく、兵士らはその身を一瞬にして消滅させられた。
「その言い方に倣うならば、此方は集団を嬲るのが得意だ」
前衛が一瞬にして消滅したのを目撃し、運よく難を逃れた禁軍兵士らは腰を抜かす。
「な、なんだ、おま……っ!」
まるで首切り役人のようなゆっくりとした足取りで歩き、綾音は恐怖に動けない兵士らを冷ややかな目で見下ろす。
「下種に名乗る名は持ち合わせていない」
「ひ、ひいいいいいいいいいいい……!」
綾音が腰に帯びた刀の柄に手をかけるや否や、腰を抜かしていた兵士らは武器を放り投げ、背中を向けて逃亡を図った。
しかし綾音はそんな無防備な兵士らを後ろから斬り捨てるような真似はしない。
後ろから攻撃するのは戦場における礼法に悖るというのもそうだが、最早この戦場にいる兵士らは鎖で牢獄に繋がれているようなものだからである。
「そなたらに逃げ道など存在しないし、逃がしもしない」
綾音の言葉とともに戦場の外側に逃亡を図った兵士らの肉体が瞬時にして灰燼と化した。
実はこの戦場に来た時に逃亡防止用の障壁を周辺に張り巡らせており、指一本でも触れた場合肉体を焼滅させるように仕組んでいたのである。
「そなたらに出来ることは二つ、此方に挑んで死ぬか、無抵抗のまま殺されるかのどちらかだ」
「き、貴様あああああああ……!」
退路を断たれ、破れかぶれになった禁軍兵士らはある者は射撃で、ある者は斬撃で綾音に襲い掛かった。
無論彼女らの攻撃は一切綾音に通用せず、逆にその身を龍に喰らわれる形となる。
「……恐れ多くも兄上様の城を犯そうとは愚かな……」
翼を広げ、綾音が空に浮かび上がるとともに暗雲立ち込め、戦場に稲妻が鳴り響いた。
直後、野戦場全体に暴風が吹き荒れ、横殴りの雨が降り始めた。
「不埒者はこの五龍将が一人残らず冥府に送ってくれる」
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「第一から第五大隊全滅!」
凄まじい豪雨に暴風、さらには稲光が支配する戦場。
白薔薇旅団の司令部は絶えず来る報告に最早パンク寸前であった。
「第八大隊交戦中、あいや、全滅!」
「全戦力の五分の一、いや四分の一、いや三分の一を喪失!」
伝令が最新の被害状況を持ってきてもその数分後にはさらなる損失により情報が更新される。
これでは対策を講じることはおろか、司令部からの命令を伝えることすら不可能だ。
「ば、馬鹿な、これは一体なんとしたこと……」
わなわなと恐怖に震えるゴール・ツーザーの視線の先に見えるのはこの世のものとは思えぬほどに恐ろしい戦場。
ここからでも見えるほどに巨大な五色の龍が戦場を飛び交い、その動きに応じて吹雪が、雷が、地震が、火山弾が、ありとあらゆる自然災害が白薔薇旅団に襲い掛かる。
「ご、五色の龍、あれも現象攻撃なの……?」
あまりにも恐ろし過ぎる光景に、ゴールは豪雨が軍服を濡らすことも気にせず呆然とその様を見詰めていた。
戦場を流星のごとき光が走る度、五色の龍が暴れ狂い、その都度多くの将兵が命を散らす。
その光の正体が一人の魔族であり、音速をも超える速度で戦場を飛び回っていることを、少なくともこの場にいる人間は誰も知らない。
「り、旅団長!」
緊迫した副官の声に、ゴールは慌ててそちらに顔を向けた。
「こ、今度は何?!」
「逃走しようしようとした兵士が、一瞬で四散しました!」
信じられないと言った様子で固めるゴールを前に、副官は詳しい報告を行う。
「お、恐らくこの戦場を囲む形で障壁が展開されてるもんと思われます!」
「に、逃げることすら叶わないって言うの……?」
完全に退路も断たれ、正面には得体の知れない現象を操る怪物。あまりにも絶望的な状況に、ゴールは唇を震わせ崩れ落ちるかのように椅子に座った。
「り、旅団長! 正面から来ます!」
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「命乞いの機会も与えはしない」
凄まじい速度で戦場を飛び回りながら、両手から理気を放ち、白薔薇旅団に攻撃を続ける綾音。
「爆ぜよ」
彼女の放つ理気は五種類の光の龍に姿を変え、その身に宿る属性のままに自然現象を振るい、戦場に大災害を巻き起こす。
「滅びよ」
禁軍兵士らにこれを凌ぐような手段は存在せず、ただただ蹂躙されるがままであり、6000はいた旅団員も今や20人いればいい方と言った有様だ。
「己が罪を悔いながら、彼岸への道を惑うが良い」
討ち漏らしがないかを念入りに確認したならば綾音が次にやることは司令部の攻略である。
翼をはためかせ、恐ろしい速度で司令部にまで至ると、刀すら抜かずに内部に切り込んだ。
「……そなたが白薔薇旅団の長、ゴール・ツーザーか?」
パニックから司令部に怒号と悲鳴が響く中、綾音は目の前にいるエルメラ人に問いかける。
「お、お前は一体……!?」
「此方の名前をそなたのような者が知る必要はない」
そこで綾音は無表情で右手を振るい、こちらに不意打ちを仕掛けようとした将兵目掛けて不可視の理気を放った。
目視も不可能な理気を躱すことなど出来ず、兵士らは正面からこれを受ける羽目になる。
「ひぎゃああああああああああああああ……!」
「し、死にたく……ひいいいいいいいいいい……」
直撃を受けた者たちはある者は内部から炎に包まれて焼滅し、ある者は一瞬にして乾燥、砂化して果てた。
「あ、あわわわわわわわ……」
傍目には恐ろしく、その実なんの苦痛も感じないある意味慈悲深い攻撃を目にして、ゴールは腰を抜かす。
迫る死の恐怖に耐えきれず顔はあらゆる粘液にまみれ、股間からも刺激臭のある液体が漏れ始めていた。
豪雨のせいでこの手の醜態も目立たないのがせめてもの救いか、ともあれそんな指揮官らしからぬ情けない姿を見ても、綾音の目に憐憫の色が浮かぶことはない。
「自刃して果てるか、此方に首を取られるか好きな方を選ぶが良い」
「ば、馬鹿にしてえええええ……!」
恐ろしく冷たい言葉にゴールのすぐ近くにいた副官が激昂し、拳銃を引き抜く。
しかしその銃口を綾音に向ける前に、銃はバラバラに切り裂かれていた。
「ば、化け物……!」
一体いつ刀を抜き、そして拳銃に斬りつけたのか、抜き身の刀を手にしたまま、綾音は獲物を前にした蛇のような恐ろしい笑みを浮かべる。
「誉め言葉」
「っ!」
刹那、副官の首が宙を舞い、空から降り注ぐ無数の稲妻に打たれて灰になった。
状況から見て刀で首を刎ねたのだろうが、あまりにも早すぎて常人には見切ることすら不可能であろう。
「さて、ここらで生き残っているのは今やそなた一人」
刀の切っ先をゴールに向け、綾音は酷薄は表情のまま微かに顎を上げた。
「自刃するならば最後の機会だが?」
「ふ、ふざけ、ふざけ……」
「……では首をもらうとしよう」
緩やかな動作で刀を振り上げた綾音の姿を見てゴールは慌ててその場にうずくまり、頭を下げる。
「た、助けてください、どうか、どうか慈悲を……」
「野盗に掛ける情けは持ち合わせてはいない」
これで終わりとばかりに綾音が刀を振り下ろさんとしたその刹那、ゴールの表情に卑しい笑みが浮かんだ。
「馬鹿が、死ねっ!」
泥にまみれた大地を蹴り綾音の懐に飛び込んだゴールの手に握られていたのは銃剣。
どうやら頭を下げて命乞いをするふりをして、懐から取り出していたらしい。
刀を振り上げ、無防備な上に完全に不意を突かれた綾音にこれを躱す術は存在しない。ゴールもまた勝利を確信し、口元を歪める。
だがそんな銃剣は綾音の胸に当たった瞬間、微かな音ともに根元から折れた。
「なっ!」
「理気纏化による防御だ」
ここにきてようやく憐憫の表情を浮かべる綾音。理気纏化を掛けた肌は鋼鉄のごとき硬度、大量生産品の銃剣ではその表面を削ることすら叶わないだろう。
「此方はそなたらと違い弱者を嬲る趣味はない、速やかに眠れ」
「たす……」
ゴールが何か言う前に綾音の刀が一瞬煌めき、薄皮一枚のみを残してその首を一太刀で切り落とした。




