第八十六話「桔梗城攻防戦」
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桔梗城への援軍
ところ変わりエテメンアンキ、桔梗湖畔のほとりに建つ桔梗城にて。
普段ならば使用されることのない軍事施設たる天守閣の一角。会議室たる評定の間に一人の侍従が駆け込んできた。
「……斥候が戻って参りました」
部屋の中にいるのは久坂家内管領アズ・オグトールにルドヴィカに仕える魔族家令東山躑躅、二人とも沈鬱な表情をしている。
「状況は、どうなっているのです?」
アズの問いかけに部屋の中へ入ってきた侍従は懐から紙を取り出し、その内容を一読、息を整えてから口を開いた。
「情報通り、禁軍兵士はエテメンアンキからまっすぐ桔梗城に向かっています」
報告を聞いて、アズの顔色が微かに青くなったが、そこに触れることはせず侍従は言葉を続ける。
「兵力は旅団規模、旗印から見て悪名高き白薔薇旅団と見て間違いないかと思われます」
「……ご苦労なのです。下がって良いのです」
斥候がまとめたと思しき報告書を置いて、伝令に来ていた侍従が黒書院から下がると、躑躅は深いため息をついた。
「……考え得る限り最悪の展開ですね」
彼女が最悪と言う評価をしたのは敵勢力が旅団規模の兵力を保有していることや、秋隆らが不在の時に仕掛けてきたことが直接的な理由ではない。
こちらに向かってくるのが泣く子も黙る白薔薇旅団、その素行からエルメラ人にすら嫌われている一団だからである。
「内管領殿、どうされるおつもり?」
躑躅の質問に対して、アズは震える唇を無理やり動かし口を開いた。
「……旗本の皆さんはセント・ヴァルナールへ行っていてこっちに兵力はなし、勝ち目はないのです」
アズの口から出てきたのは質問に対する答えではなく、現状から見た結果予想である。
秋隆らが消えてすぐ桔梗城にもたらされたのは、セント・ヴァルナールが禁軍による攻撃を受けていると言う連絡であった。
非軍事拠点で、しかも民間人が多数いる場所への攻撃と言うことで隆兼ら旗本三名を援軍として送り出したのだが、これは結果的に悪手となる。
連中の本命は重要拠点たるセント・ヴァルナールではなく桔梗城、こちらに白薔薇旅団のほぼ全軍を投入してきたのだ。
すでにセント・ヴァルナールに救援要請を出しているが、そこまで持ち堪えられる可能性は絶無、絶望的な状況と言うわけである。
「アズ・オグトール……」
アズの様子にため息を漏らす躑躅。要求された答えとまるで違う内容の返答を返した場合、普段の彼女ならば叱責を飛ばすのだが、今回に関してはそのようなことは出来なかった。
「……(無理もありませんね)」
主君たるルドヴィカとの関係に比べ、躑躅と内管領アズ・オグトールとの関わりは決して深くはないし、その性格についても深い部分までは理解しきれてはいない。
しかしそれでも彼女のひたむきさ、真面目さについては高く評価しており、教育さえ受ければ十分家政を預かるに足る人間に育つだろうと考えている。
本来そんな義務はないにもかかわらず、彼女を厳しく教育したのはそれ故のことだ。
その甲斐あってか、アズの技能は日に日に伸びており、名実ともに内管領に相応しい人物に育つのも時間の問題と言って良い状態。
だが一方で彼女はルドヴィカと大差ない年齢の幼い少女、人生経験と言うものが圧倒的に不足している。
そんな少女が「数時間後に死ぬ」などと言われれば恐慌状態に陥るのが自然な姿だ。
恐怖に震えながらも、こうして逃げることもせずに対策を練ろうとするだけでも見上げた姿と言えよう。
「では、降伏してみますか?」
それ故に今の躑躅はアズに厳しく対応することが出来なかった。
すでに限界な状況にある少女、彼女だけはどうにか城から脱出させねばならないだろう。
躑躅がそのような考えをまとめた次の瞬間、アズは信じられないような動きを見せた。
「……いいえ」
「っ!」
あろうことか躑躅の出してきた提案、降伏を明確に拒否してきたのである。
「わたしは杏一郎様から城を任された内管領、降伏して城を明け渡すくらいなら一人で戦って死ぬことを選ぶのです」
しばしの間、躑躅は自分よりも一回り以上年の離れた幼い内管領の顔を見詰めた。
その顔は青く、小さな体躯も震えており、この先に待つ運命が恐ろしくないはずがない。
にも関わらず己の使命を優先し、目の前に存在する死の結末に正面から挑もうというのである。
「よくぞ言ってくれました」
小さな少女の決意に思わず躑躅は激賞の言葉を口にしていた。
「従者として最高の答えです。仮に口だけであったとしても、この状況下でそのような言葉が出てくる点は評価できます」
「東山さん……」
「とはいえ、状況が最悪なことに変わりはありません」
腕を組み、難しい表情でこの先のことを考える躑躅。そう、どれほどアズが人間的に優れた発言をしようとも、現在こちらに向かってくる連中はそんなこと歯牙にもかけずに情け容赦なく命を奪おうとするだろう。
「相手は残忍な手法で知られる白薔薇旅団、手堅く抵抗したとしてもいずれ全滅するでしょう」
戦闘以外の道、逃亡や交渉をしたところで結局運命は変わらない。
白薔薇旅団が行動を開始した時点で、連中を殲滅するか、それともこちらが蹂躙されるかの二択しか存在しないのだ。
そうなると残る選択肢は一人でも多く道ずれに玉砕し、秋隆の恩義に答えるのみであろう。
「……一度杏一郎様に助けてもらった命、覚悟ならとっくの昔に出来てるのです」
いよいよ覚悟を固め、アズが立ち上がろうとしたその刹那、何者かが黒書院の外側に膝を着いた。
「失礼いたします」
跪居の動作で扉を開けたのは躑躅配下の魔族侍従、その場で一礼すると用件を述べる。
「あの、内管領殿にお会いしたいという方が来られています」
「わたしに? 白薔薇旅団の関係者さんなのです?」
「いえ、あり得ません、来られたのは魔族の方です」
魔族と言う言葉にアズは、はてなと首を傾げた。
彼女の知る限り白薔薇旅団は蕃神族とエルメラ人のみで構成された部隊、魔族は参加すら出来ないはずである。
「とりあえず案内するのです」
アズの下知を聞いて魔族侍従は頭を下げて一旦退室、数分後一人の少女を伴って戻ってきた。
「……芸州管領、いえ久坂家内管領殿にお目通り叶えましたこと、心より感謝申し上げます」
悠然とした動作で黒書院の下座に座り頭を下げたのは、魔族らしい異色肌と異形を備えた巫女服の少女。
鹿の角を思わせる枝分かれした角に蛇のごとき瞳とドラゴンを擬人化したかのような風貌である。
「此方は久坂綾音、御身の主君杏一郎様の妹です」
「いも、え?」
予想だにしなかった言葉に思わずと言った様子でアズは絶句した。
秋隆に妹がいるなどと言う話は聞いたことがなかったし、それが魔族ともなればこの反応も自然であろう。
しかしいくら驚いたからと言って主君の身内にこのような態度はすべきではない、注意を兼ねた躑躅の咳払いに反応する形でアズは慌てて居住まいを正した。
「こほん、久坂家内管領アズ・オグトールなのです。この有事にここまで来られたということは、助太刀を期待しても良いということなのですか?」
「そのつもりで参りました」
首肯する綾音を見て躑躅は僅かながらではあるが口元を緩める。
敵は強大であるが綾音の率いてきた軍勢の規模によっては十分時間稼ぎが出来るはずだ。
セント・ヴァルナールに行っている旗本らが戻れば勝機もあろう。
「……助かります。して妹殿、御身の供回りの方々は……?」
「こちらに来たのは此方一人です」
綾音の言葉に、微かに緩んでいた黒書院内の空気が一瞬にして凍り付いた。
「……ご安心を」
この冷たい空気を気にも留めずに綾音は穏やかな口調で言葉を続ける。
「方々を死なせるようなことには致しません」
「妹殿、相手が誰なのかわかっておいでですか?」
やや険しい表情で放たれた躑躅の質問に対して、綾音は首肯でもって応じた。
「白薔薇旅団の悪名は遠くクリシアまで聞こえております」
こちらに向かう敵がどれほど危険な相手であるのか知らぬわけでもなく、綾音はつらつらと説明を始める。
「民間人の虐殺に占領地における略奪行為、青少年への暴行など悪逆非道ぶりは片手で数えられぬほど、あまりの暴虐ぶりに大陸から内地に異動、禁軍の名を借りた下劣な犯罪者集団と言っても過言ではないでしょう」
「だったら……」
「そのような相手に此方が敗れる道理はございません」
躑躅の控えめな制止を正面から切って捨て、綾音は鋭い瞳でアズを見据えた。
「此方にお任せいただけるなら、一兵卒から旅団長に至るまで、構成員は全員地獄に送って御覧に入れます」
あまりにも大きな風呂敷、普段ならば綾音の言葉は一笑されて終わりであろう。
しかし絶望的な状況であればいかに大言壮語であろうとも、わずかな可能性にすがりたくなるのが人情というものだ。
それに彼女はあの久坂秋隆の妹、不可能と思われたことも可能とするような人間の身内ならば、この状況もなんとか出来るのではなかろうか?
「ほ、本当にそんなことが可能なのです?」
「無論です。此方はかの久坂杏一郎の妹、これくらいのことは何とでもなります」
どちらにせよ八方ふさがりのこの現状、どうせ死ぬのならば大穴に賭けてみるのも良いだろう。
「わかったのです。今回のことは妹殿にお任せするのです」
アズの言葉に綾音は顔を輝かせ、深々と頭を下げた。
「承知いたしました。それでは吉報をお待ちください」
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桔梗城から少しばかり離れた平原。ススキが生い茂るばかりの荒れ地に陣営を張り、白薔薇旅団の兵卒は周辺に散開、城攻めの命令を今か今かと待ち構えている。
「旅団長」
野営地で煙草を吸っていた旅団長、ゴール・ツーザー禁軍大佐は陣営に現れた副官の呼び声に応じる形で顔を上げた。
短く切りそろえられた髪に険しい顔立ち、禁軍の将らしく鍛え抜かれた肉体は軍服の中ではち切れんばかりに膨らんでいる。
その身に纏う雰囲気も人食いの猛獣を彷彿とさせる凶悪なものであり、内面に抑えきれぬどす黒い悪意がそのまま外に現れたかのようだ。
「部隊の配備ほぼ完了しやした」
「ふん、桔梗城とか言ったかしら?」
椅子から立ち、双眼鏡を覗いてみればそこにあるのは白い城壁と見事な天守閣を備えた壮麗な城。
「しけた廃城かと思ったけど、中々良い城じゃないの」
「噂によると、久坂の野郎が一人で直したとかなんとか」
「ご苦労なこと、まあ今から破壊されるのだけど……」
ゴールが先ほどまで座っていた椅子に双眼鏡を置くのを確認し、副官は待ちきれないとばかりに唇を舐める。
「それと、先遣隊の奴らが男はいるのかとか騒いでやす」
「相変わらず好色な連中ね」
一応咎めるような口調のゴールであったが、こみあげる欲求に生唾を飲み込むことを禁じえなかった。
「旅団長もでしょう?」
「まあね」
悪逆非道で知られる白薔薇旅団の兵士の中には順法精神あふれる者も、慈悲深い人物も存在しない。
それは指揮官であるゴールも同じであり、むしろ率先して略奪行為を行ったり、幼い少年を欲望のはけ口にするなどありとあらゆる悪徳に手を染めている。
「今をときめく神官将、久坂杏一郎を味わえないのは残念だけど、その分儲けさせてもらうとしましょう」
情報によれば城にいるのは数十人程度の女性ばかりで旗本らは軒並み留守。男性を凌辱出来ないのは残念だが、それならば殺戮と略奪でその不満を晴らせば良いだけのこと。
後ろ暗い欲望に胸を焦がしつつ、ゴールはいよいよ攻撃を行おうと右手を振り上げた。
「それじゃ早速攻撃命令を……」
直後、野営地全体に震動が走り、ゴールと副官は思わず片膝を着く。
「な、何!?」
ゴールが戸惑いの声を上げる中、地響きのような音が轟き、やがて野戦場に最初の悲鳴が上がった。




