第八十五話「右近殿の裁定」
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決戦の地へ。
激闘の末に半機械兵士を打ち倒し、秋隆は鼈甲霊亀を鞘に納める。
「これ、死んだの?」
身体中あちこちから血のような液体を流し、倒れたまま動かない半機械兵士を見て、ルドヴィカは微かに眉をひそめた。
「いえ、許容量以上のダメージを受け、行動を停止しているだけです」
慎重な様子で半機械兵士を観察し、凍子は無表情のまま嘆息を漏らす。
「半機械兵士は脳髄を除けば全て代替可能な部品ばかり、人間ならば死ぬような大けがに見えても、その実大した損傷ではありません」
極端な話肉体が修復不可能なほどに破壊されたとしても、半機械兵士の核、脳髄が無事であるならば全く問題にならない。
古い肉体が失われても、新たな身体に移し替えてやればまた活動できるからだ。
凍子の説明を聞いてルドヴィカは両腕を抱きしめ、微かに身体を震わせる。
「……想像を絶する技術ってわけね、半機械兵士って言うのは……」
まだ見ぬゼデキアの技術力に慄くルドヴィカを横目に周囲を見渡してみて、秋隆は半機械兵士の本来の持ち主、ミディアン・ヴァルナーの姿がいつの間にやら消えているのに気付いた。
半機械兵士との戦いはそれなりの激戦になったものの、周囲に気を配りながらの戦いだったため関係ない人間を巻き込んではいない。
にも関わらず姿がどこにもないということは、どさくさに紛れて逃亡したと考えるのが自然であろう。
理気を用いて認識範囲を広げると、案の定ここより数キロ圏内の道を大急ぎで走っているらしいことがわかった。
「……(逃げたか)」
道の先にあるのはこの辺りでも類を見ないほどに大きな建造物、どうやらこのままクリンゲルヴァルド修道院に逃げ込むつもりらしい。
「……(そちらに逃げるならば、また我々と当たることになるがな)」
「なるほど、実力に関しては申し分ないようですね……」
無言のまま秋隆と半機械兵士の戦いを見守っていた文良は民家の屋根から飛び降りて、秋隆のすぐ前に立つ。
「……総三」
「見事な戦いでした。四道将軍家筆頭、久坂家当主としての実力をしかと見せていただきました」
文良の言葉は心からの賞賛、どうやら文良のお眼鏡にかなう戦いをすることが出来たらしい。
「では、認めてもらえるな?」
「無論です。本来敵である白猿の生命を助けたことに関しては甘いとしか言えませぬが……」
一瞬だけ難しい表情をして先ほどまでミディアンの立っていた場所を睨みつける文良であったが、すぐさま秋隆に顔を向け破顔して見せた。
「……まあそれも含めて御手前という人間なのでしょう」
軽く肩をすくめると、文良は笑みを絶やし正面から秋隆を見上げる。
「それで、御手前はこの先どうするつもりですか?」
「この先に進み、翠明院陽華を救出する」
秋隆としてはさほど気にせずに返した返答だったのだが、どういうわけだか翠明院という名前を聞いた瞬間、文良は微かに目を見開いた。
「翠明院?」
文良の反応は聞いたことのない名前に戸惑うものではなく、見知った人間の話題が意外な場面で出てきたときのものである。
魔族の頭目である翠明院陽華は言わば著名人、それ故に文良もどこかでその名前を聞いたことがあったとしても不自然はない。
しかし先ほどの反応はそのようなものではなく、明らかにもっと身近な人間の名前を聞いた時のものだった。
秋隆が知らないだけで陽華と関わったことがあったのか、それとも……?
「……そうですか、それで入江が……」
「総三? 何か気になることでも?」
「いえ、なんでもありません」
非常に気になる話題ではあるが、当の本人に話すつもりがないのならば、これ以上詰問したところで徒労に終わるであろう。
「それより、御手前には気になっていることがございますね?」
秋隆が難しい顔をしていると文良は古の軍師が羽扇を扱うように、右翼で口元を隠した。
「……そなたに隠し事は出来ぬか」
「御点前の所領と城、これを気にしながら槍働きをするのは、いかに英雄と言えど困難を極めるでしょうね
文良の指摘通りである。秋隆が目下気になるのは留守中な桔梗城とセント・ヴァルナール、ヴァルナ・ウルベリウムのことだ。
時空捻転現象を用いて帰城したいところだが、あんな事故で四人バラバラになってしまった後で使うのはハイリスクと言わざるを得ないだろう。
完全に進退窮まった状況、秋隆の表情に死相が滲み始めた。
「……別に心配することはねえさ」
なんとも軽い言葉とともに、戦闘の痕跡残る通りを歩き、何者かが近づいてくる。
現れたのは羽織に袴、無精ひげのなんとも胡乱な野武士のような人物、入江豊輝であった。
「尚左……」
秋隆のすぐ隣で足を止めると、豊輝は文良を正面から眺める。
「お前さんのことだ、すでに手は打ってあるんだろ?」
「ほう、ようやくのお出ましですか、入江」
折りたたんでいた翼を広げて滑空、文良は数メートル後方に退いた。
「四道将軍家筆頭である久坂家当主が生命の危機に瀕していると言うのに助太刀せず、挙句片付いてからのんびり登場となったら、閉門蟄居くらいは覚悟しといたほうが良いかもしれませんね」
楽しそうに笑う文良に対して豊輝はげんなりした表情を見せる。
「久方ぶりに会う友人にそりゃないんでないのか? 右近殿よ」
「総三、手は打ってあるとはどういうことだ?」
訝しげな秋隆の問いかけに対して彼は得意げに胸を張った。
「ここに来る前に援軍を手配しておきました」
にこやかな笑みを浮かべつつまたしても軍師が羽扇を扱うように右翼で口元を隠す文良。
「あの白猿どもの考えること、御手前方がこちらに足止めされてるなら、嬉々として本拠を攻めるでしょうから」
援軍という文良の返答を受け、秋隆は心底安堵したのか胸を撫でおろす。
一方の豊輝は何か気になることでもあるのか、難しい表情で口を開いた。
「援軍か、まさかとは思うが……」
「そこは問題ありません、援軍要請をしたのは例のあの娘、ついでに言うとそのことについても忠告してあります」
余裕綽々と言った様子の文良の態度を見て、ようやく豊輝も顔を綻ばせる。
「そうかい、なら安心だな」
第三者が聞いた場合何のことかわからない会話であったが、少なくとも納得するに足る内容ではあったらしい。
満足そうな豊輝から視線を外し、文良は再び秋隆に瞳を向けた。
「久坂、これで御手前は後顧の憂いなく目的へと邁進できるということです」
「何から何まですまない」
静かに頭を下げる秋隆に対して、文良は花が咲くような麗しい笑顔を浮かべる。
「この程度、久坂の背負う重荷に比べれば軽いもの、御手前の力になれるならこれ以上の喜びはありません」
秋隆が頭を上げると豊輝は顎を触りつつ、何気ない様子で口を開いた。
「右近殿、暇なら俺たちと来ないか? 敵地に行くのに仲間は多いに越したことはない」
思いがけない言葉に文良は右の翼を顎に当て、少しばかり考える素振りを見せる。
しかし結局その提案には乗らないことに決めたらしく、申し訳なさそうに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、僕は少しばかりやりたいことがございます。それに久坂の知行地、セント・ヴァルナールとヴァルナ・ウルベリウムのことも気になりますからね」
そこで文良はさきほど秋隆によって打ち倒された半機械兵士に左翼を向ける。
すると彼女の肉体がふわりと宙に浮かび上がり、そのまま雲の合間に消えていった。
「では、今日のところはこれで失礼させていただきます」
話はここまでらしい、文良は四道将軍らしい隙のない動作で秋隆に一礼する。
「ああ、また後日会おう」
軽い挨拶を済ませると文良は翼を広げ、半機械兵士が消えた方向に向かって羽ばたいていった。
「さて、我らも歩を進めるとするか」
やや緊張した様子で告げた秋隆の言葉に一行はすぐさま頷いて見せる。
バラバラになったメンバーがこうして揃ったのならば、後は修道院に乗り込み陽華を救出編するのみ。
四人は一瞬だけ目配せを交わすと、すぐさまその場を後にして、クリンゲルヴァルト修道院へと向かった。
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「ここだな」
先ほどの地点から歩くこと数分、大通りの果てに秋隆らの前に現れたのは、巨大な建造物であった。
まるで城のような城壁にエテメンアンキの大聖堂もかくやと言うべき聖堂、その奥には天高く聳え立つ二つの塔が見える。
クリンゲルヴァルドの中央部、陽華が幽閉されているクリンゲルヴァルド修道院にたどり着いたのだ。
「……ほんとに大変なのはこっからなんだけどね」
巨大な修道院を見上げつつ、ルドヴィカは緊張した面持ちでそう呟く。
彼女の言う通り本番はここから、このようなところで満足感に浸っているような時間はない。
硬く閉ざされた正門に、修道院全体に漂う静謐な雰囲気、否が応でも身が引き締まる場所だ。
「恐らくこの先に残りの五清将が待ち構えているだろう」
「ふん、腕が鳴るってもんよ」
秋隆の言葉に強がるように応じるルドヴィカであったが、豊輝は彼女の足元を見てクスリと笑みを漏らす。
「嬢ちゃん、足が震えてるぜ?」
「こ、これは武者震いって奴よ! いちいち細かいわね!」
がなり立てるルドヴィカと笑みを絶やすことをしない豊輝、そんな二人の会話を凍子は両手を上げて中断させた。
「雑談はこの辺にして、本題と参りましょう」
凍子は相変わらずの冷たい瞳で修道院奥に存在する二つの塔を見上げる。
「あの女、ミディアン・ヴァルナーは備えを万全にして待ち構えていることでしょう」
修道院全体を見渡し、微かに首を振ると凍子は小さく嘆息を漏らした。
恐らく理気を通じて修道院内部を探ってみたのだろうが、その中にいくつもの試練が待っていることを察知したのだろう。
「ミディアン・ヴァルナー含め、五清将の残りの四人がどの程度の実力かは未だ未知数ですが、アイオナ・イグナウスよりも弱いとは思わぬことです」
普段の数段厳しい凍子の言葉に秋隆らは知らず生唾を飲み込んでいた。
「気を引き締めてかかることです。さもなくば……」
そこで一旦言葉を区切ると、凍子は酷く冷淡な口調で再度口を開く。
「……死ぬことになりますわ」
「どこにいようとも死の危険は同じ、選べることは逃げるかそれとも自ら死中に飛び込むか、それのみ」
鼈甲霊亀の柄に手を乗せ、秋隆は門の先に待つであろう苦難に目を向けた。
「……行くぞ、真の戦いはここからだ」
四道将軍
従四位下右近衛権中将
高杉総三郎文良




