第八十三話「白翼天鳥」
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三人目登場。
突風とともに現れ、民家の屋根に着地したのは虫も殺せなさそうな穏やかな表情の少年であった。
色素の薄い長い髪に美少女と見まごうばかりの美貌、見た目だけで判断するのならばルドヴィカと良い勝負をするのではないかと言う年頃だろうか?
身に纏う装束は薄手の布で作られたホットパンツに質素な造りの前掛け、腰から下げた打刀と脇差、腹部と両肩を露出する丈の短いシャツのみと言った塩梅であり、その日に焼けた健康的な褐色肌と鍛え抜かれたしなやかな四肢を晒している。
もっとも特徴的なのは普通の人間にはあるはずのない異形を備える両手。
それは白い羽毛を備えた一対の翼、その容姿も相まって天使の羽を彷彿とさせる神秘的なものであった。
「そなたは……っ!」
彼を見た瞬間、秋隆の頭に鈍器で叩かれたかのような鈍い衝撃が走る。
ちょうど小骨が喉に刺さったかのような違和感を思わせる苛立たし気な頭痛、知っているにもかかわらず思い出すことが出来ないという何とももどかしい気分だ。
「……(知っている、私はこの少年を知っている……)」
「……なるほど、噂通り四千年の時間の果てに記憶を失ってしまったというわけですか」
その様子にただ事ではないと察したのか、少年は微かに瞳を細め、秋隆に憐憫の視線を向ける。
「な、何なのよあんた!?」
突如として現れた乱入者にしばし呆けていたミディアンであったが、ここにきてようやく正気に戻ったらしく少年に向けて人差し指を突きつけた。
「この私をそんな高いところから見下ろすなんて恥を……」
得意げにそこまで一息でがなり立てるミディアンの姿を直視することすらせず、少年は彼女に向けて右翼を翳す。
「あがっ!」
直後ミディアンの両目が見開かれ、その瞳が大きく膨らんだ。
続いて目に見えない剛腕に持ち上げられるかのように彼女の身体が宙に浮かび上がる。
首が締まっている状態なのか、その表情には苦悶の色が浮かび上がり、口からはブクブクと泡をこぼし始めた。
「黙れ白猿、僕と久坂との会話に割り込むな!」
先ほどまでの優し気な表情から一変、少年の顔つきは怒りに満ちた恐ろし気なもの、まるで地蔵菩薩が突如として閻魔大王に豹変したかのような印象である。
そんな状態のミディアンを見て、秋隆はほぼ無意識的に言葉を発した。
「……辞めろ喜三郎!」
思わず口を突いて出た名前、無論これは声を上げた本人も記憶していない名前である。
秋隆自身名前を呼んだ直後、はっとしたように目を開き戸惑いの表情を浮かべていることからも明らかだ。
しかし少年は嬉しそうに顔を綻ばせ、ミディアンに向けていた敵意を瞬時に消し去る。
「……ごはっ!」
理気による拘束が失せたことによりミディアンは解放され、地面に尻もちをつき激しくせき込んだ。
「思った以上には記憶を取り戻す日は近いということでしょうか?」
そんな様子を歯牙にもかけず、喜三郎と呼ばれた少年は儚げな笑みを浮かべる。
「喜三郎改め四道将軍高杉家当主、高杉総三郎文良」
高杉文良、彼の肩書を聞いて秋隆は衝撃から微かに目を見開いた。
「四道将軍、では神州の……」
四道将軍、神州において征夷大将軍の下で実質的に軍の運営を行う四人の将軍のことである。
秋隆や豊輝同様にこの少年、高杉文良もまたその一人らしい。
「朝廷での務めは右近衛権中将、総三でも右近でもお好きにどうぞ」
なるほど、左近衛中将にして蔵人頭たる秋隆に対して、彼は右近衛府の中将という地位にいるようだ。
「では改めて……」
そこで一度だけ咳ばらいをすると、秋隆は文良を見上げながら静かに口を開く。
「高杉総三、そなたは何のためにここまで来た?」
「御手前に会いに来ました」
一度として瞬きをすることすらなく、文良は秋隆の問いかけに対して素早く応じた。
「私に?」
「入江と吉田は何やら企んでいるようですが……」
そこで一旦言葉を区切ると、文良はその身に纏う理気の質を反転させ、攻撃的な気運を周囲に放つ。
恐ろしく鋭い理気、地べたに転がっていたミディアンは顔を真っ青にして恐慌状態に陥り、秋隆ですらも背中に冷たいものが走るの程のものだ。
「……私から見れば御手前は四道将軍でありながらエルメラに走った裏切者、その真意を探りにまいった次第です」
つまり文良は秋隆が神官将になり、挙句このような戦場にいることを詰問に来たらしい。
「……対話が望みか?」
「言葉でいくら語り合ったところで腹の探り合いにしかならぬならば空しいばかり、理気使いならば理気の扱いでもって潔白を示せば良いだけのこと……」
翼を広げ、攻撃的な理気で周囲を威圧する文良。秋隆としても同じ民族同士で戦うことなどしたくはないが、身の潔白を証明するのに必要ならばやむを得ないだろう。
決意を固め、秋隆が鼈甲霊亀を正面に構えるのを確認すると、文良は右翼を天高く掲げた。
「……さて、此度は九曜双雀流免許皆伝たる僕が直接剣を抜くつもりでいましたが、せっかくなので別の役者を用意するとしましょう」
文良が翼を下ろすや否や、微かに瓦礫が崩れるような音がして、先ほどルドヴィカに吹き飛ばされた半機械兵士が宙に浮かび上がる。
そのまま自身のすぐ前にまで誘導すると、その出来栄えを一目見て呆れたように息を吐いた。
「やれやれ、これだけのものをこんな技術で運用しようとは、エルメラは何を考えているのやら」
半機械兵士は本来ゼデキアの技術であり、エルメラではとても再現することが出来ないオーバーテクノロジーの産物である。
これでもまだ何とかした方なのだが、文良の中では粗雑な改修にしか見えないらしい。
「……正直半機械兵士の構造には疎いのですが……」
何事か文良が呟くとともに半機械兵士の周囲に理気の光が集い、その躯体を覆った。
驚愕することが起きたのはここからである。ひび割れた装甲や内部構造の露出した四肢、それらに理気の光が集うとともに、見る見る修復され、新品同様と呼ぶべき状態にまで復元されたのだ。
「まあこんなものでしょうか?」
最後に一度だけ首を傾げると、理気の光を霧散させる。
「では久坂、この娘と戦い、己が身の潔白を証明して見せてください」
先ほどとは違い完全に修復された半機械兵士が地面に着地したのを見届け、文良は翼を畳んで民家の屋根に腰かけた。
「それが出来れば、他の三家はこぞって御手前の側に着くでしょう」
「再起動確認、システムオールグリーン……」
電子音を思わせる無感情な音声とともに半機械兵士が両目を開き、左目の奥にあるセンサーを起動させる。
「う、動いた?」
エルメラの技術を結集しても修理することすら難しい存在があっさり復元されたばかりか、再起動したのを見てさすがのミディアンも驚愕を隠し切れないと言った様子だ。
「あの褐色ショタは気に食わないけど、とにかくこれで予定通り……」
民家の屋根の上で趨勢を見守る文良を一瞥し、勢いよく立ち上がると彼女は半機械兵士の後ろにつく。
「さあ、さっさとあのクソオスを始末しなさい!」
その言葉を聞いてか聞かずか、半機械兵士の顔がミディアンの方に向き、自身の目というよりかはその奥にあるセンサーに彼女の姿を映した。
「……識別信号青、合成魂魄を確認」
「は? え?」
俄かに漂い始める不穏な気配に戸惑うのも構わず、半機械兵士の右掌がミディアンに向けられる。
「排除開始します」
瞬間、右掌から走る一筋の閃光、それは高温の光を帯びた可視光線、理気を科学技術によって再現した理気と科学の融合とも呼ぶべき光学兵器だ。
「っ!」
完全に油断していたミディアンにこれを躱すような手立てはない、一秒後には上半身が焼滅し、絶命することになるのは誰の目にも明らかである。
「ひいっ!」
しかし、そのまま命を失うものと思われたミディアンであったが突如として彼女の前に幾重もの竹が生え、半機械兵士の一撃を阻んだ。
「……別に助ける必要はなかったんじゃないの?」
竹の内側でへたり込み、白目を剥いて失禁するミディアンを見て眉を顰めつつ、ルドヴィカは竹を生やした人物に瞳を向ける。
「杏」
名前を呼ばれた秋隆は鼈甲霊亀を片手で構え、油断なく半機械兵士に視線を向けた。
「……本来ならば彼女もエルメラの同胞、見殺しにしてよい道理はない」
「はあ、相変わらず甘いことね……」
呆れたと言わんばかりのルドヴィカに向けて一度だけ肩をすくめると、秋隆は臨戦態勢を崩すことなく前に進み出る。
「新たな脅威が出現、理力値測定……」
半機械兵士の左目センサーが作動、秋隆の能力を測定し始めた。
「……計測不能、危険度大、優先順位を変更……」
何やらエラー音とともにそのようなことを呟くと半機械兵士は左手を秋隆に向ける。
「っ!」
いやな予感を感じて秋隆が地を蹴るのとほぼ同時に半機械兵士の左手首が展開、小型のガトリングが現れ次の瞬間には夥しい数の弾丸を空間に吐き出した。
いずれも正確に対象を狙ったもの、すぐさま鼈甲霊亀に理気を纏いこれを弾き落とす秋隆であったが、見た目によらず信じられないほどに重い弾丸に、内心舌を巻く。
「弾丸の一発一発にも理気を纏うのか……」
「半機械兵士は理気を扱える者が少ないゼデキア人がエルメラに対抗するために作り上げた対理気使い用の人造人間」
秋隆と半機械兵士の戦いを見守りつつ、冷静沈着に説明を始める凍子。
「有機的に培養された人間の頭脳を素体として機械躯体に移植、生物と機械のハイブリッドと呼ぶべき存在ですわ」
「要するに、双方の良いとこどりをした兵器と言うことですか」
機械の頑強な肉体を持ちつつ、ある程度の理気も扱えるとなれば、脅威以外の何物でもない。
「これが無数に量産されているというのなら、確かに並みの神官将では手も足も出ないだろうな」
「けど、あんたは並じゃないでしょ?」
「無論だとも、私は久坂杏一郎、鬼紋王を倒した神官将なのだからな」
ルドヴィカに向けて不敵な笑みを見せると秋隆は半機械兵士と距離をとり、その内部構造を探った。
「……(エルメラの技術ではこのくらいの復元が関の山、と言っていたな)」
理気を通じてみる半機械兵士の内部はまさに精密の一言である。
全身に走る金属骨格に、大気中の理気を吸収し動力兼攻撃用の理気に変換する動力炉。
武装面に関しても内蔵火器は非常に充実しており、右手のレーザーや左手のガトリング砲を除いても、太腿には小型のミサイルランチャー、指先には電子カッターとかなりの重装備だ。
恐らく今の彼女のように携行武器が使用不可となった場合でも戦闘が続けられるように内蔵火器を充実させているのであろう。
一方脳に関してはほとんど触られておらず、いくつかの脳内チップを除けば人間と変わらぬもの、凍子の言葉通り脳を機械に移植しているという表現がしっくりきそうな構造だ。
さて一見したところ無敵の機械兵士、実際普通の神官将ならば何もできずにハチの巣になるであろう。
しかしだからと言ってこのようなところで足踏みすることなど秋隆には許されない。
「……始めるか」
覚悟を新たに秋隆は鼈甲霊気を正面に構え、こちらと対峙する脅威を見据えた。




