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霊亀将  作者: 花鏡
妖魔王・救出編
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第八十二話「機兵」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

総長殿の出陣

 神官将テンプルナイトナディア・マキアスを打ち倒してのち、彼女を大通りの隅にまで運ぶと秋隆はホッとしたように小さく息を吐く。


「杏一」


 すぐ後ろから聞こえた声に振り向けば、凍子が緩やかな動作でこちらに近づいてくるところであった。

 どうやらもう一人いた神官将テンプルナイト、エギア・ベルベティーンを撃破したらしい。


「やりましたわね」


「……中々に手ごわい相手でしたがね」


 秋隆の言葉に凍子は、大通りの隅ですやすやと眠るナディアに目を向ける。


「ちょっと本気を出せば、この程度の小娘、けいの敵ではありません」


「それはお互いさまと言うものです」


 呆れたように肩をすくめ、そのようなことを呟く秋隆。

 今回の戦いは彼にしても凍子にしてもこの先に待つであろう五清将ペンタグラムとの決戦を見越して体力を温存しての戦いであった。

 それ故必然的に使える戦術は限られており、本来の力を発揮したのも敵にとどめを刺す時だけだったわけだが、それでもこの結果は賞賛すべきものであろう。


「どうする? まだ誰かやるか?」


 二組の戦いを前にして手を出すことをせず、ただその趨勢を見守ることに終始していた周りの神官将テンプルナイトに秋隆は鋭い視線を向けた。

 ざっと見た限りでもその数、百は下らないであろう人員、もしも数の暴力に訴える形で集中砲火でも喰らおうものならば、さすがの秋隆でも死を覚悟せねばならない。


 しかし意外なことに神官将テンプルナイトたちはこちらに仕掛けてくるようなそぶりは見せず、遠巻きにこちらを観察するのみである。


「少なくとも攻撃するつもりはないようですわね」


 凍子の言葉に秋隆は険しい表情のまま頷いて見せた。

 数で圧倒的に勝る神官将テンプルナイトたちが仕掛けてこない真意は測りかねる部分があるが、攻撃してこないというのならばこちらにとっては好都合と言える。


「ふむ、では我々はすべきことを……」


「何をやっているのお前たちは!」


 そこで怒声と地鳴りのような大きな音ともに、大通りの先から一人の女性がその姿を現した。


「なんだ、あれは……!?」


 女性の姿を一目見て戸惑いの声を上げる秋隆、彼女の見た目は白い肌に尖った耳と蕃神族アルコーンのもであり、特段珍しいというものではない。


 秋隆が声を上げたのは女性ではなく、彼女のまたがる乗物にこそ原因がある。

 前後にそれなりの大きさをした車輪を持ち、風を切る流線型のシャープなフォルム、微かな熱気を感じさせるそれは、令和の日本におけるバイクそのものであった。


「……以前ゼデキアに行った際にあれと同じものを見た記憶がありますわ」


 バイクにまたがった女性が猛スピードでちらに向かって来るのを冷ややかに見つめながら口を開く凍子。


「もっとも、そちらはあれよりも洗練された見た目をしていましたけれど……」


 凍子の言う通り、遠巻きでは視認できなかったがそのバイク、よく目を凝らせば車体のあちこちに無理やり改造した形跡が見て取れる。

 前後の車輪は明らかにサイズが違うし、フレームもあちこち歪んでいるのをワイヤーや鉄パイプで無理やり接合している有様だ。

 おまけに車体のあちこちから煙を上げており、今にも爆発しそうな危険過ぎる気運を纏っている。


 こんな状態でもとりあえず動けるようには調整してあるらしく、どうにかこうにか二人の前にまで至ると女性はバイクから降り、秋隆を睨みつけた。


「……久坂、杏一郎……!」


「おや? 私のことを知っているのか?」


 努めて明るい口調でもって秋隆はそう告げると、彼女の挙動に気を張りつつ、さり気なく鼈甲霊亀べっこうれいきの柄に手をかける。

 青い鎧にしなやかな四肢、微かに出っ張った臍を彩る蝶のピアス、初めて会ったはずだがなんとなく見覚えのある女性だ。


「だが残念なことに私はそちらの名前を知らない、申し訳ないが名乗ってはもらえぬか?」


「……どの面下げて……!」


 秋隆の言葉に女性は一瞬憎悪からかその表情を醜悪なものに変えたが、無理やり心を落ち着け、元の顔を取り繕う。


総長グランドマスターにして五清将ペンタグラムの一人、ミディアン・ヴァルナーよ!」


「ミディアン・ヴァルナーか、その名は知っている」


 微かに眉根を寄せる秋隆。彼女の名前を聞いて最初に思い出したのはセント・ヴァルナールとヴァルナ・ウルベリウムのことだ。

 カカンの専横を許し、あのような社会構造を是認するなど、まともな神経で出来ることではない。

 

「一度そなたの顔を見たいと思っていたが、予想しない形で叶ったな」


「どの口がっ! カスオスの分際で私の街を奪い、欲望のままに無力な市民を故郷から追放した邪仙シエシェンが!」


「……邪仙シエシェン?」


 欲望のままに能力を振るう仙道たる邪仙、その単語を聞いて、凍子の身に纏う理気が一気に剣呑なものへと変わる。


「わたくしの育てた杏一が、邪仙シエシェン?」


「ひっ!」


 あまりの気迫にようやく地雷を踏んだことに気づいたミディアンだったが、時すでに遅し。


「寝言は寝てから言うもの、それともわたくしが今すぐ眠らせて差し上げましょうか?」


「……待て、凍子」


 一旦凍子の前に立つと、鷹の如き鋭い視線をミディアンに向ける秋隆。


「……それで、その総長殿が何の用だ?」


「相変わらずイラつくオスねお前は……!」


 そのまま砕けるのではないかと思うような力で奥歯を噛み締め、ミディアンは周りに控える神官将テンプルナイトに目を向けた。


「お前たち! そこにいるのは恐れ多くも大神官を殺した反逆者なのよ!? 討ち取って名を上げようという猛者はいないの?!」


 ミディアンの言葉に何人かの神官将テンプルナイトは手にしていた得物を構え、攻撃的な理気をその身に纏う。

 しかし彼女らが何かを仕掛けてくる前に凍子は堂々たる様子でミディアンの前に立ち、周囲に向けて声をかけた。


「……かかってくると言うならば、杏一の露払いとして、このわたくしがお相手いたします」


 凍子が発したのは決して大声と言うわけでもなければ、激しい言葉というわけでもないある種平凡なものである。

 しかし言葉そのものに理気が宿っているのか、不思議と空間全域を威圧し、覚悟なき者の心をへし折るには十分すぎるほどの覇気が込められていた。


「もっとも、有象無象がいくら湧き出たところで、このわたくしの敵ではありませんが……」


 そこで神官将テンプルナイトたちから目を逸らし、凍子は冷たい瞳でミディアンを見据える。


「どうしますの? 総長グランドマスター殿」


「うぐ、お、おのれ……!」


 どうやらミディアンも彼女の言葉に圧倒されてしまったらしく、見た目こそ平静を装っているが、その足は震え、額には脂汗が浮かんでいた。


「……五清将ペンタグラムが来た以上用件の察しはついている」


 凍子の隣に並び立つような形で前に進み出ると、秋隆はうっすらと瞳を細める。


「アイオナ・イグナウスの件と同じで、私の命を奪いに来たのだろう?」


「そ、そうよ! 愚かな反逆者を誅殺するのが我ら五清将ペンタグラムの仕事よ!」


 自分のすべきことを思い出して息を吹き返したのか、ミディアンは腰に下げていた剣を引き抜きその切っ先を秋隆に向けた。


「このミディアン・ヴァルナーが成敗してやるから、さっさとそこに……」


「……では、最大限抵抗させてもらうとしよう」


 瞬間、秋隆の姿がブれ、その身体が一瞬にして掻き消える。


「は? え?」


 もっともそのように見えたのはミディアンだけであり、彼のすぐ隣にいた凍子には秋隆が地面を蹴り、相手に斬りかかった姿がはっきりと見えていた。


 理気の込められた一撃は鋼鉄すらも容易く切り裂く威力となる。

 神速でもって振るわれた秋隆の斬撃は、ミディアンの持っていた剣を一太刀で両断した。


「ひっ!」


 何が起きたのかわからず後ろに後退する総長グランドマスターたる少女に致命傷を与えるべく、二撃目となる秋隆の攻撃が襲い掛かる。


 だが次の瞬間、横から何者かの突進を受け、衝撃から跳ね飛ばされてしまった。


「むっ!」


「杏一!」


 空中で受け身を取って地面に着地すると、心配いらないとばかりに凍子に向かって右手を上げる。


「いや、大事ない」


 ミディアンの方向に目を向けてみれば、先ほどまで自分がいた場所にいるのは彼女が乗ってきたバイク。どうやら主の危機に呼応してひとりでに動いたらしい。


 しかし突撃という原始的攻撃の代償がないというわけではなく、何の用意もなく秋隆にぶつかったために、ただでさえ凸凹が目立つボコボコのフレームがさらに歪んでしまっていた。


「……(コンピューターで制御されているのか?)」


 あらかじめ設定されていた人物の危機を感知して自律行動をとるなど相当高精度な人工知能を搭載していなければ出来ないだろう。

 もっとよく調べようとバイクに理気を向けた秋隆であったが、その表情が一瞬固まり驚愕から大きく目が見開かれた。


「……いや、この感じ、まさか……」


 自分の感じたものが信じられないとばかりに首を振る秋隆。そんな彼を見て凍子は微かに頷く。


「おそらくけいの直感は正しいかと」


「では、こやつも生物、なのですか?」


「ふ、ふん、気付いたようね」


 ポケットの中からシンプルな形状をしたリモコンを取り出すミディアン。

 中央に設えられたスイッチを押すと、バイクのフレームが展開、その形状を大きく変えた。


「これは、こんなことが……?」


 呆然とする秋隆の前に現れたのは装甲を纏った人間の少女、否装甲を纏ったという表現は間違いである。

 顔から胸部、腰のあたりまでは確かに少女のもの、しかしそれ以外の部分、両腕両足は内部機構と思しき機械のフレームが露出し、それが一瞬装甲を纏っていると秋隆に誤認させたのだ。


 なんとも痛々しい見た目にさすがの秋隆も思わず閉口する。


「ゼデキア帝国の半機械旅団サイバネティックブリゲード半機械兵士ガイノイドですわね」


「ご明察、つい先日鹵獲したばかりの機械人形よ!」


 極めて平淡な凍子の言葉にミディアンは新しい玩具を与えられた子供のような笑みを見せた。


「残念だけどエルメラの技術ではこのくらいの復元が関の山だけど、お前のようなクソオスにはこんなもんでちょうどいいと思うわ」


 ミディアンの言葉に無言のまま「なるほど」と言わんばかりに頷く秋隆。

 どうやら半機械兵士ガイノイドとやらにはエルメラ側にはない技術が使われているらしい。

 それ故に鹵獲し、再利用することまでは出来ても復元することが出来ず、前線に踏襲する二も毛の生えたような修理くらいしか出来ないのであろう。


「さあ、それじゃあさっさと死ん……」


 意気揚々とミディアンが攻撃指令を出そうとした瞬間、半機械兵士ガイノイドが突如として横に吹き飛んだ。


「え?」


 何が何やらわからないという表情のミディアンの間で半機械兵士ガイノイドは瓦礫に突き刺さったまま動きを停止する。


「ちょ、え? な、何?」


「このルイズがいないところで楽しそうじゃないの……」


 大通りを悠々とした足取りで歩いてくるのはマンバメイクの神官将テンプルナイトルドヴィカ・ウォルキア。

 どうやら不意を突く形で理気を放ち、融機兵士ガイボーグを吹き飛ばしたらしい。


「ルイズ!」


「ふん、何よその顔、そんなにルイズが来るのが意外だったの?」


 秋隆のすぐ隣に立つとルドヴィカはむすっとした表情で腕を組んだ。


「……まさか、よく来てくれたなルイズ」


「……ふん」


 軽く鼻を鳴らしてそっぽを向くルドヴィカ。態度そのものは捻くれたものだが、秋隆に頼りにされたことが嬉しいらしく、その頬は微かに紅潮している。


「う、ぐうう、このガラクタ! まさかあんな小娘の一撃でやられるなんて……!」


 瓦礫に埋もれ動く気配もない半機械兵士ガイノイドの腰を蹴とばし、ミディアンはイライラと親指の爪を噛んだ。


「……ガラクタ、などと言うものではありません」


 ミディアンの態度の中に勘気に触れるものでもあったのか、凍子はピリピリとした口調で言葉を放つ。


「何しろ半機械兵士ガイノイドは……っ!」


 そこで凍子はまるで弾かれたかのように肩を震わせ、微かに雲が流れる青空を見上げた。

 否、事態の異常を察したのは彼女だけではない。


「……杏」


「ああ、この気配、何かが来る……!」


 ルドヴィカに秋隆、さらには何人かの神官将テンプルナイトたちも険しい表情で何者かが来るのを見守る。


 恐ろしくゆっくりに感じる数秒の果て、一迅の風が大通りを吹き抜け、純白の羽が宙を舞った。

 風と共に空から現れた新たな脅威は民家の屋根に着地し、その両目を地上に向ける。


「久しいですね、久坂」


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