第八十一話「星の瀛」
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瀛洲寺凍子の放つ現象。
「……縛る、だと?」
理力剣の直撃を受けても尚平然としている凍子、その姿に内心慄きながらもエギアは一歩も退くことはせずに両手剣を構えなおした。
「……(信じられない、あれほどの戦いをして尚まだ余力があるというのか……)」
「最初に言っておくと、別にそちらを見くびっていたわけではございません」
心底申し訳なさそうに頭を下げつつも、凍子は周囲に理気を張り巡らせており、隙を見せるような真似はしない。
「後ろに五清将が控えた上で、五光や強襲闘技の使い手が相手となれば、継戦能力の高い戦術を選択するのは至極自然な流れですわ」
肉体を鍛え、理気に関しては基本技のみで構成される強襲闘技はその拡張性、有用性もさることながら、長時間の戦闘でもペースを変えずに戦うことが出来る。
一方の現象攻撃は強力な分、属性攻撃など比較にならないほどの理気を消耗するまさに切り札と言うべき代物。
初心者ならばいざ知らず、エギアやアミラのように神官将を任されるほどの実力者ともなれば、現象攻撃をいなして戦うことも可能なため、最初から大技を使うのは自殺行為にも等しい行いだ。
「……なるほど、こちらの実力を見極めていたということか……」
「判断はそちらにお任せいたします。問題は……」
瞬間凍子はこれまで節約していた理気を体外に放出、臨戦態勢とる。
「っ!」
「ある程度先のことを度外視する必要があるとわたくしが判断したということですわ」
あふれ出る理気は空間にも影響を与え、肌と心を急速に冷やすほどの威圧感にさすがのエギアも顔を強張らせた。
「……こ、この理気! これは一体……」
「長く修行していればこれくらい誰でも出来るようになるかと、わたくしの場合は人よりもその機会が多かったというだけのことですわ」
見れば凍子の背中からは白に限りなく近い緑、白緑色に輝く一対の光翼が出現している。
「瀛洲寺凍子、と言ったか?」
これまでに感じたことのないような濃い理気の気配に人知を越えた者を相手取るかのような威圧感。
自分が絶対に敵対してはならない存在を前にした愚か者であるかのような感覚に、エギアは微かに喉を鳴らした。
「お前は一体……?」
「わたくしは瀛洲寺凍子、截教門主たる通天教主様の弟子にして金鰲島三霊聖母の末妹、亀霊聖母ですわ」
そこで一旦言葉を区切ると、凍子はほんのり頬を染めつつ妙に熱っぽい口調で口を開く。
「もっとも今はそのようなことよりも、久坂杏一郎の師匠であり姉であり、伴侶と言うことの方が重要ですけれど……」
「師匠にして、は、伴侶?」
突如として飛び出してきた意味の分からない言葉にエギアは思わず訊ね返した。
一方の凍子も完全に場違いな発言をしてしまったことに気付いたらしく、慌てて首を振り咳払いしてごまかす。
「……今のは忘れてください」
気を取り直してエギアを正面から見つめる凍子の表情はすでに怜悧冷徹という表現がぴったりはまりそうな冷淡なもの。
少しでも心の弱い者ならば土下座して許しを請いかねないような恐ろし気な風貌だ。
「とにかく、杏一の最も身近な場所にいる者と考えていただければ幸いです」
「なるほど、細かいことはよくわからんが、弟子も師父も規格外と言うことだけは理解できた」
実際には規格外などと言う言葉では言い尽くせないような存在、しかしエギアは敵対したが故の意地からかその先を口に出すことはしない。
「……(より正確に言うならば、桁違いと言うべきかもしれんな)」
「それがわかれば十分です。いかがでしょうか?」
すっと凍子はそこで誅仙剣の切っ先を下ろし、液体窒素のごとき冷たい瞳をエギアの目に向ける。
「この辺りでこちらに投降されては? 杏一は勇敢に戦った者ならば仮に敵であろうとも丁重に扱う好漢ですわよ?」
「……一時はエルメラ史上稀に見る奸臣と呼ばれた流濁将を見事更生させたことは聞いている。霊亀将と言う人物はそれほどの将器を備えているのだろう」
静かにそう呟くエギア。誰が見ても実力の差は明確なこの状況、これ以上戦えば一方的な戦いになり兼ねない。
それに凍子としてもここまで十分すぎる戦いを見せたエギアをこれ以上痛めつけるような真似はしたくないのだ。
しかしエギアはこの提案を受けて首を縦に振ることはせず、むしろ不敵な笑みを浮かべて見せる。
「魅力的な提案だが、乗ることはしない」
圧倒的な理気と威圧感を正面から受け、常人ならばすでに意識を失っていてもおかしくはないような状態。
そんな場面においてもエギアはその姿勢を崩すようなことはせずに、堂々たる様子で啖呵を切った。
「このような形で相まみえた以上、仮に命を落とす結果になろうとも戦い抜く、それがエギア・ベルベティーンという人間だ」
生き恥を晒すよりも神官将としての矜持を重んじ最後まで戦い抜く。
そんなエギアの態度に凍子は一瞬だけ悲しそうに目を伏せたが、次の瞬間には一切の情が感じられない、鉄仮面のごとき無表情の仮面を被った。
「……そう、ならばこれ以上の言葉は不要、と言うことですわね」
「そういうことだ。生きようが死のうがここを譲るわけにはいかない」
エギアは鉄兜の奥で両目を細めると、両手剣を正面に構える。
「巌斬将エギア、推して参る!」
凄まじい理気の流れに空間にひずみが入るような威圧感、これほどの気運を全力でないにも関わらず放つことが出来るような存在と出会ったことはないし、対処の仕方も知らない。
だがそれでも、武人として神官将として一歩も下がるわけにはいかないのだ。
「……(これほどの理気を誇る相手、下手に小細工を弄したところで倒しきることなど出来ない)」
今のところ凍子はエギアの出方を伺っているのか、理気を放つばかりで何か仕掛けてくるような気配はない。
一方で、その身に纏う気運は一秒ごとに強まっており、決して油断しているわけでないことは明白である。
「……(ならばこちらがすべきは、出せる限りの最大の一撃でもって当たるのみ)」
瞬間、エギアは地を蹴り、凍子との距離を一気に詰めた。
「桐鳳凰!」
そして有効射程内に入るや否や、エギアは弓を引き絞るかのように剣を後ろに引き下げる。
意を決したエギアの表情は鬼気迫るもの、さしもの凍子も眩しいものを見るかのように目を細めた。
「予想の数段上の気迫、これは……!」
「五光奥義・五光精華!」
繰り出されたのは右平手による一突き、それだけのものである。
しかしそれはあくまでも武術の心得なき者が見た場合の反応。
実際には五光に属する五つの基本技を会得するために鍛えた肉体、強襲闘技を使いこなすための理気、それらを最大限にまで高めて放ついわば必殺の一撃。
単純な動きに関わらず、エギアの放った一突きはそれだけで衝撃波を発生させ、射程内に存在する建築物を軒並み吹き飛ばしてしまった。
このような一撃をまともに喰らったのならばタダでは済まないだろう。
「っ!」
エギアの攻撃に凍子は瞬時に反応、誅仙剣を横にして防御の構えをとったが、五光精華の衝撃波は理気による加護も貫通し、その肉体に直接ダメージを与えた。
「がっ!」
内腑から空気を絞り出されるような苦痛とともに凍子は弧を描くような形で跳ね飛ばされ、五光精華の余波で出来た瓦礫の山に突っ込む。
しかし、放った側もまた無事では済まなかった。
「っ! がはっ!」
その場に膝を着き、こらえ切れずに口からどす黒い血を吐き出すエギア。あれほどの相手を前にして一歩も退かず理気を高め、自身が放てる最大の奥義を放ったとなれば、その身にかかる負荷も相当なもの。
口元に付着した血をぬぐいどうにかその場に立ち上がることは出来たものの、その表情は疲労困憊といった形相である。
「……とにかく、これでどうにか]
「……まさに想像を絶する一撃、でしたわね」
瓦礫の山が内側から四方八方に霧散し、その中から凍子が現れた。
露出の多い装束の凍子であるが、五光精華の直撃を受けたにも関わらずかすり傷一つついてはいない。
「ま、まさか、あれを受けても無傷とは……」
「……五光奥義、申し分なき一撃でした」
エギアの数メートル前方で足を止めると、凍子は手に持っていた誅仙剣の切っ先を地面に突き立てる。
「……しかし残念なことにわたくしを打ち倒すには、まだ足りなかったようですわね」
「くっ!」
凍子の言葉にエギアは両手剣を振り上げ正面に構えたが、最早それが限界であった。
すでに肉体は疲労のピークを迎え、精魂尽き果てたような状態、こんな有様では凍子を迎え撃つことなど出来そうもない。
そんなエギアの姿を見て凍子はその両目に憐憫の色を宿す。
「せめてもの手向けです、美しい星々の煌めきに抱かれて眠りなさい」
凍子が右手を翳すと、その掌の中に理気が渦巻き白い靄のようなものが形成された。
「な、なんだ、あれは……!?」
見たことも聞いたこともないような現象を目の当たりにして、エギアは少なからず戸惑う。
「……(雲? いや違う……!)」
確かに形状そのものは雲によく似たもの、しかしよく見ればその雲を形成する要素はいくつもの光を放っており、まるで極小サイズの宝石が無数に集まっているかのようだ。
「わたくしが使うのもまた現象攻撃、今出せる最大の力にてお相手させていただきます」
直後、凍子の掌の中に発生した雲の中から夥しい数の光の球が飛び出し、エギアの肉体に迫る。
「煌星舞踊」
それらはどれも眩しい光を纏う手のひらサイズの恒星、文字通り光の速度で飛来する現象を止める術は今のエギアにはなかった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお……」
火照った身体を急速に冷やす心地よい冷気、疲れを癒すような安心感のある熱気、二つの矛盾する属性を瞬時に受け、エギアの意識は一瞬にして闇の中に落ちる。
「土と雷、わたくしの能力は最も美しいと称される現象の一つ、星」
意識が失われていく中でエギアの耳に凍子の声が響いた。
「これはその一端に過ぎませんが、地上で扱う分にはこれが精一杯です」
「……(最初から私が敵うような相手ではなかったか……!)」
ただ単に美しいだけではなく、他者を圧倒する現象、これを自在に操るような相手ではどれほど策を弄したところで勝つことは出来なかったであろう。
「……申し訳ございません、ジドス様……」




