第八十話「巌を斬る者」
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巌斬将との対峙。
エギア・ベルベティーン、巌斬将の称号を持つ神官将を前に、凍子は油断なく身構え、その挙動を見守る。
「……なるほど、相当の修練を積んだ神官将のようですわね」
隙の無い構えでありながら無駄な力を抜き、リラックスした自然体の構え、これを死闘の中、無意識的に出来るようになるためにはそれなりの修羅場を潜り抜けねばならない。
「……神官将の栄誉を受けてから5年余り、日々エメルスの平和のために剣を振るってきた」
背中に背負った両手剣を引き抜き、正面に構えるエギア。その様相はまるで武器を携えた仁王像のごとき威容、熟練の神官将と呼ぶに相応しい姿だ。
「お前の弟子、久坂杏一郎は鬼紋獣の王を討滅し、ウォルキア安寧をもたらし、さらには長い間堕落の一途を辿っていたセント・ヴァルナールを平和にしたと聞いているが、反逆者認定がなされた以上は我らの敵、討伐させていただく」
「なるほど、真面目なお方のようですわね」
エギアの中にあるのは主命を果たさんという使命感のみ、元老院内部で行われているであろう政治的な駆け引きには欠片も興味がないらしい。
「ですが杏一をどうにかしたいのであるならば、まずはこのわたくしを倒してからにすることです」
そういう真面目でひたむきな人間を凍子は嫌っているわけではないのだが、弟子の邪魔をする以上一戦は避けられないらろう。
決意も新たに凍子が空中より誅仙剣を取り出せば、エギアもまた退くつもりはないのか武器を握る手に力を込めた。
「ふん、言われずとも……!」
直後、エギアは武器を振り上げるとともに大地を蹴り、信じられない速度で凍子に肉薄する。
「っ!」
「最初からそのつもりだ!」
真っ向からの唐竹割、近づいて斬るだけのシンプルな剣術だが、隙の無い剣捌きに必要最低限の動き、堅実であるがゆえに弱点のない一太刀だ。
即座に反応し、誅仙剣でこれを正面から受け止める凍子、しかし斬撃の際に発生した剣圧は衝撃波となって次の瞬間には彼女に襲い掛かる。
「むっ!」
そのまま凍子は衝撃波をまともに受け、大通り脇にある民家の壁にまで吹き飛ばされてしまった。
「……どうした? まさかこれで終わりではあるまい?」
エギアが面白くなさそうにそう呟いたのとほぼ同時期、もうもうと立ち込める土煙の中から涼しい顔をした凍子がその姿を現す。
「とんでもない剛腕、巌斬の二つ名は決して伊達ではないと言うべきでしょうか?」
かなりの勢いで民家に叩きつけられたにも関わらず、その身には一切の傷は負っておらず、それどころか彼女とぶつかった壁の方に大穴が開いたほどだ。
エギアの攻撃を受けるその刹那、全身に理気纏化をかけて肉体を強化、鋼鉄以上の硬度にまで高め身を守ったのである。
「あれを凌ぐとは、さすが久坂杏一郎の師匠と言うだけのことはあるらしい」
攻撃が命中する僅か数秒の間に最善手を導き出し、瞬時に実行するその実力に内心舌を巻きつつエギアは両手剣を構えなおした。
簡単な任務だとは思っていなかったが、これほどの相手と立ち会うからにはそれなりに覚悟を決めて望まねばならない。
「逆に言えば、お前をどうにかできれば久坂杏一郎は仕留めたも同然と言うこと!」
「……さあ、それはどうでしょうか?」
凍子もまた誅仙剣を構え、エギアの挙動に気を配りながら口を開く。
「技量的な部分はともかくとして、理気に関して言うならば恐らくわたくしより杏一の方が上だと思いますわよ?」
「戯言を……!」
「信じられないならばそれでも結構、とりあえず今は目の前の敵に集中するのがよろしいかと」
「ならば、これを受けてみよ!」
瞬間、エギアは両手剣を振り上げ、一歩も前に進むことなく振り下ろした。
「飛剣松鶴!」
直後凍子に襲い掛かる衝撃波、先ほどの斬撃時、副次効果的に発生したものとは異なり、最初から攻撃することを目的とした、大地を割くほどの一撃である。
すぐさま誅仙剣に理気を込めて一閃、これを打ち消す凍子であったが、その余波は彼女の後方にまで至り、後ろに建つ民家を真っ二つに割いた。
ちょうどルドヴィカとの戦いでアミラ・エメルスが素手で行った飛拳松鶴を剣を用いて行った形、そして素手であろうとも剣であろうとも、その脅威は一切変わることがない。
「剣圧のみで……?」
「無論だ、属性攻撃を使用せずとも理気纏化を極めればこれくらいのことは出来る」
「ふむ、理気を鍛えるだけではなく、肉体の鍛錬も怠ってはいないようですわね」
修練を積んだ理気使いが自身の得物に理気を掛ければ、それが何の変哲もない木刀であったとしても至高の大業物に変わる。
また、肉体に理気を流せば生物の限界以上の動きを見せることも可能だ。
しかしどれだけ良い武器を持とうとも、どれほど肉体を強化しようとも、その道具の操り方、あるいは身体的な動かし方を熟知していなければ、せっかくのスペックも活かせず、ただ振り回されるだけの結果となる。
故に理気を用いて戦闘を行う者は肉体的な鍛錬も求められるわけだが、彼女の場合双方ともかなりの水準にあるらしい。
「理法念力や理気纏化といった基本戦術は超能力者にとって最も基礎的な部分、故にこれを極めることで臨機応変な戦術を可能とする」
そこでエギアはゆらっと両手剣を持ち上げ、その切っ先を天高く掲げると微かに顎を上げた。
「そして戦闘体術、五光と合わせることで比類なき迫撃能力を得るというのが、エメルスの誇る強襲闘技!」
「なるほど、迫撃用の武技に理気を絡め、より実戦的な技術を編み出したというわけですか」
エギアの説明に感心したように呟くと、凍子は巨大な壁のように佇む敵対者の姿を正面から見据える。
「……(こういう基本に忠実な戦い方こそ、最も隙がない戦術だったりしますわね)」
理気纏化を含め、エギアの使用する技は理気を学ぶ人間がいの一番で会得するような初歩的な技術。しかしそれを極限まで鍛え上げることにより、エギアを含むエメルスの神官将たちは最も無駄のない合理的な戦い方を可能としているのだ。
「話はここまで、そろそろ再開と行こうか」
準備運動は終わったと言わんばかりにその場で何度か飛び跳ねると、エギアは両手剣を上段に構える。
「桐鳳凰!」
大地を蹴り、凄まじい速度で凍子に肉薄するエギア。あまりの速度に音と衝撃が遅れてくるほどだ。
「予想の数段上の速度……!」
「剣鶴!」
上段から振り下ろされた一撃を誅仙剣で阻む凍子であったが、あまりの威力に周囲の空間がビリビリと震える。
「剣雨五月雨!」
「っ!」
続いて襲来するのは連続しての刺突、その速度たるや五月雨の名前に恥じぬ凄まじいものだ。
「……これは確かに、接近戦を挑むのは自殺行為かもしれませんわね……」
理気による先読みを最大限に活かしてエギアの攻撃を捌きつつ、凍子は微かに眉を吊り上げる。
「私の攻撃にここまで対応できる時点でお前も相当なもの、並の超能力者ならばとうに死んでるところだがな」
エギアの言葉通り、もしも凍子が理気使いとして未熟であったならば瞬時に串刺しにされ、この世を去っているのは間違いない。
実際、先ほどから押しているのも関わらずエギアの表情に僅かながらも焦りの色が見えるのは、これほどまでの使い手に出会ったことがなかった故のことだ。
一方の凍子は文字通り五月雨のごとく絶え間なく来る攻撃の中でも冷静に頭を回転させ、この状況を打開するための策を探る。
「……(基本戦術はいずれも属性術や現象術に比べて理気の消費量が少ない。継戦能力に関しては死角なしと見て間違いないですわね)」
つまりこのまま粘ってエギアのガス欠を狙うということは出来ないということ。となれば正面から彼女を打倒し、この戦いを終わらせるしかない。
「行くぞ、瀛洲寺凍子!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、エギアは一旦、剣雨五月雨を止めると両手剣に理気を込めた。
「っ!」
微かに周囲が歪むほどの高密度の理気、このまま理力剣を放つのは明らかであろう。
しかしエギアは何を思ったのか臨界状態にまで理気を込めた両手剣を天高く放り投げ、代わって徒手となった両手を構えた。
「五月雨っ!」
瞬間、凍子に迫るは鉄の籠手で防御された拳打の嵐。
幸いなことに先ほどの剣雨五月雨と速度は変わらないため対処自体は比較的容易だが、そんなことよりも気になるのは空を舞う両手剣。
「……(剣を捨てた? いえ、これは恐らく……)」
直後、凍子の中にある第六感が警告を発し、それと同時にただ空を舞うのみだった両手剣が明確な意思を宿して動き始める。
理法念力による遠隔操作、五月雨を放ちながらも、エギアは正確な動きで両手剣の軌跡を操作、そのまま真下にいる凍子に強襲を仕掛けた。
「理力剣!」
次の瞬間、エギアが桐鳳凰を用いて後ろに下がるとともに、凍子に攻撃的な理気の斬撃が襲い掛かる。
五月雨で足止めしつつ、理法念力で武器を操って理力剣を放ち、自身はその直前に退避するという一撃離脱戦法だ。
「……どうだ!?」
爆炎に大通りが照らされる中、理法念力で両手剣を回収しこれを地面に突き立てるエギア。
彼女が離脱したのも相当ギリギリのタイミング、理力剣を放つ寸前まで足止めをしていたのだからこれを躱すことなど不可能であろう。
勝利を確信したエギアであったが、爆炎の中に揺らめく人影を視認し、その表情を強張らせた。
「エメルスの神官将が誇る強襲闘技に五光、合理的にして実戦的な戦闘技術」
「っ!」
炎の中から出現した凍子は、肉体はおろかその衣にも傷一つ負ってはいない。
「まさか、あれを凌いだというのか……!」
「良きものを見せていただきましたわ」
爆炎を背にする形で大通りに立つと、凍子は誅仙剣の切っ先をエギアに向ける。
「これほどの相手を前にして戦い方を縛るのはさすがに不敬が過ぎるというもの」
周囲の理気が彼女の周りに集まり、一つの現象を作り出さんと流れ始めた。
「卿にお見せすることといたしましょう。三霊聖母が一人、瀛洲寺凍子の放つ現象を……」




