第七十八話「怪力雷鳴」
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見た目以外は割と真面目な神官将
薄ら笑いを浮かべながら大通りを封鎖するような形で現れた神官将はルドヴィカよりも5、6歳程度上かと思しき少女であった。
エルメラ人らしい褐色の肌によく映える艶やかな髪を後ろにまとめ、堂々たる足運びでこちらに近づいてくる。
身に着けるものは腰に帯びたブロードソードを除けばノースリーブのシャツに太腿の辺りまで露出したミニスカートのみで鎧のようなものは一切まとってはいない。
むしろサイズが合っていないのか、一メートルは超えるであろうバストに押し上げられる形でシャツは上方向にめくられ、ほどよく脂肪の乗った腹部が肋骨の辺りまで露わになっており、結果的に戦場に似つかわしくはない露出過多な服装に仕上がっていた。
肌の色艶や、やけに扇情的な服装、令和の日本であれば黒ギャルにカテゴライズされそうな雰囲気である。
「……あんたが噂の久坂杏一郎?」
黒ギャル神官将はその豊かな胸を強調するかのように腕を組むと、じっと秋隆を見つめた。
「いかにも、我が名は霊亀将久坂杏一郎」
必要最低限の名乗り、本来ならばここで自身の名前を名乗るものかもしれないが、黒ギャル神官将は依然、前屈みの状態で興味深そうにこちらを眺めるのみである。
「ふーん、へえ……」
しばしの間、にやにやしながら秋隆を見ていた黒ギャル神官将であったが、やがて姿勢を正すと人差し指を自身の唇に当てた。
「中々イイ男じゃないの、こりゃルイズの奴が気に入るのもわかるってもんね」
そこで一瞬色の良い舌で唇を舐め、少女らしからぬ妖艶な笑みを見せる。
「……今のうちに唾つけとこうかしら?」
「……やれやれ、お前らの趣味はさっぱりわからん」
野太い声とともに黒ギャル神官将の後ろから現れたのは重戦士という存在を絵に描いたような人物。
180㎝はあろうかという長身に鍛え抜かれた頑強そうな身体つき、いくつもの鉄板で構成された大鎧を身に纏いながらもその足取りは鈍重なものではなく、むしろ軽やかなものだ。
頭部もまた鉄仮面のごとき兜で覆われておりその素顔をうかがい知ることは出来ないが、声の調子から考えると黒ギャル神官将の一回りは上であろう。
大鎧の神官将は肩に担いでいた大剣を地面に突き刺すと、その鉄仮面の奥から秋隆を睨み据えた。
「ヴァルナー領の武術大会で優勝したとは言え、そんな素手でも握りつぶせそうな細い男のどこがいいんだか」
「だから良いんじゃない。こんな見た目で並み居る猛者をバッサバッサなんだから」
くすくすと少女らしい無邪気な笑みを見せていた黒ギャル神官将であったが、そこで名乗っていないことに気付いたらしく居住まいを正し、神妙な顔つきで頭を下げる。
「トルキオの神官将、紫電将ナディア・マキアスと申します」
しかし真面目ぶった態度を見せたのも一瞬のこと、頭を上げるや否や、黒ギャル神官将こと紫電将ナディアは先ほどと同じく無邪気な笑みを浮かべ、片目を瞑って見せた。
「よろしくね杏一郎」
「エメルス所属の神官将、エギア・ベルベティーン」
続いて自己紹介するのはナディアのすぐ隣に立っていた大鎧の神官将。
こちらは生来真面目な性格らしく、きびきびとした動作である。
「……二つ名は巌斬将だ」
「……瀛州寺凍子、杏一の師匠をしていますわ」
最後にただ一人名前を名乗っていなかった凍子が自身の名前を明かしたところで、ナディアは腰に下げていたブロードソードを引き抜いた。
「それじゃあ杏一郎に、瀛州寺? とか言ったかしら?」
その切っ先をまっすぐ秋隆に向けるナディア。言葉遣いはどことなく軽薄はものだが、剣を抜く動作と良い、隙のない身のこなしと良い、歴戦の神官将と呼ぶに相応しい動きである。
「大人しく投降してくれない? 悪いようにはしないから」
「……我々が投降すると思うのか?」
「思わないわね、今のは通過儀礼みたいなもんよ」
トントンとブロードソードの峰で肩を叩き、ナディアは肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべた。
「じゃ、私は杏一郎をヤるから、あんたはあっちの筋肉女ね」
「……よかろう」
瞬時に膨らむ攻撃的な気運、凍子は微かに奥歯を噛み締め、秋隆に向けて警告を発する。
「杏一!」
「やはりこうなるか……!」
「ちょいさあっ!」
刹那、弾丸のごとき速度で秋隆に肉薄するナディア。やはりその動きは先ほど予想した通り神官将らしい洗練されたもの。
なんの備えもなく攻撃を迎え撃つだけの場合、太刀筋を見切ることすら出来ずに一刀両断されるほどの隙のないものであった。
しかしそれはあくまでも何の備えもしていなかった場合の話、秋隆は理気による先読みを最大限に生かして軌跡を見切ると、瞬時に鼈甲霊亀を返し、斬撃を受け止める。
「……(思いの外出来るな……)」
無駄のない身のこなしに、恐ろしく素早い一撃、見た目とは裏腹に非常に堅実な、一撃一撃に重きを置いた体捌きだ。
「へえ、こっちの斬撃を止めるなんて……」
どうやら止められるとは思っていなかったらしく、ナディアは微かに顎を上げると舌を巻く。
「そんなことされちゃ、益々欲しくなっちゃうわね!」
ナディアは秋隆の斬撃を警戒してか、大きく後方に退くとともに大気中の理気を収束、その身に紫色の雷を纏った。
「属性攻撃か……!」
「ご明察、どこまで続くかな?」
彼女の周りを渦巻く紫電が歪み、四つの刃を備えた無数の手裏剣に姿を変える。
「閃電!」
凄まじい速度で秋隆目掛けて殺到する雷の手裏剣。
すぐさま鼈甲霊亀を振り上げてこれに対応する秋隆であったが、あまりの速度に微かに目を細めた。
「……(威力はともかく、早い)」
いずれも必殺の威力はなく、地面に当たっても少しばかり焼け焦げる程度である。
しかしその速度と量はまるでガトリング砲もかくやというもの。
一発一発は大したことがなくとも集中砲火を受ければ、ハチの巣になるであろうことは明白だ。
「……(さて、どう戦ったものか……)」
鼈甲霊亀を振るい、閃電をいなしながら秋隆は冷静に思考を巡らせる。
大樹を呼び出し、クリンゲルヴァルト市街を森に変えてしまえば追跡を巻くことなど容易いことだ。
しかしこのような街中でそのような真似をしてしまえば、ここで暮らす住民に多大な迷惑をかけることになるのは間違いない。
それにこの先神官将ばかりか五清将も控えているのならば、ある程度体力を温存して戦うことも視野に入れる必要がある。
考えなしに現象攻撃を連発してガス欠を起こすわけにはいかないのだ。
「……(となると、こちらも可能な限り属性攻撃に絞って戦った方が良さそうだな)」
大規模な現象攻撃ではなく属性攻撃を必要最低限の理気で放って消耗を抑え、連戦に備える。
「……(使い慣れているのは植物を構成する二属性、水か土のどちらかになるが……)」
頭の中で戦法をまとめると、秋隆は鼈甲霊亀を構えなおし、周囲の理気を収束、刀身に水を纏った。
「ふうん、水ね」
一旦閃電による攻撃を止めると、ナディアは微かに口角を上げる。
「騰蛇神亀、騰蛇将ルイズに並ぶ天下の霊亀将、久坂杏一郎は植物の現象攻撃を使うって聞いてたんだけど……?」
「このような敵地のど真ん中で、消耗量の大きい現象攻撃を扱う者はいないだろうな」
秋隆の言葉を受け、一瞬だけナディアの表情に憐憫の色が浮かんだ。
「……ま、そっちの敵はエルメラの全神官将、そうなるのが当たり前ってもんよね」
そうは言いながらも手を緩めるつもりはないらしく、ナディアは自身の左手に凄まじい密度の理気を収束させる。
「雷霆電火!」
放射状に飛来する雷を帯びた衝撃波、即座に秋隆は理気を集中して水の防護壁を出現させたが、雷を完全には殺しきることが出来ず、右手に痺れるような痛みが走った。
「……むっ!」
「ふふん、子供でも知ってることよ? 水は電気をよく通すって」
ブロードソードを後ろ手に回して、胸を強調するかのように前屈みの姿勢を取り上目使いで秋隆を見つめるナディア。
「その上で、こんなの見たことある?」
瞬間、雷の音ともにナディアの頭上で理気が渦巻き、まるで竜巻のような雷が顕現する。
「……なるほど、確かにこのようなものを喰らえばただでは済まないな」
「どうする? 水なんか使ってちゃ、私の雷は防御しきれないんじゃない?」
「さあ、どうかな?」
ナディアの言葉に軽口を返すと、秋隆は鼈甲霊亀を軽く振るい、上段の構えを取った。
「強がっちゃって可愛いんだから」
背筋を伸ばし、まるで鞭を振るかのようにナディアがブロードソードをその場で一閃させると、彼女の頭上に停滞していた理気はその姿を大きく変容させる。
「喰らいなさい! 駿翼雷隼!」
放たれたのは猛禽類の形状をした雷の衝撃波、その速度たるや先ほど放たれた閃電の比ではない。
「これは、雷の鳥か……!」
直撃でもしようものならばタダではすまない、秋隆は攻撃が飛来するタイミングで大きく飛び上がってこれを躱すと同時にナディアに肉薄、鼈甲霊亀を振り下ろした。
しかしナディアは余裕の動きでブロードソードを振るい、秋隆の一撃を阻んで見せる。
「相変わらずの剣捌きだな」
「ふふん、こんくらい神官将やるなら常識っしょ」
にやっと笑みを浮かべると、ナディアは一瞬の隙を突いて横薙ぎの一閃を放った。
「ほう……」
即座に秋隆は大地を蹴って後方に逃れたものの彼女の斬撃は鉢金を掠めており、もし少しでも回避が遅ければ額を切り裂かれていたであろう。
「惜っしいな! もうちょっとだったのに……!」
悔しそうに地団太を踏むと、ナディアは次の攻撃に備えて水の理気を纏う秋隆を見つめた。
「それで、いつまで縛りプレイするの? もうそろそろ植物使わなきゃ、五清将と戦う前に死ぬことになるかもよ?」
これまでのところ秋隆は理気をほとんど消耗していない。
それは彼の作戦の通りなのだが、本来雷と相性が悪いはずの水を頑なに使い続けることにナディアは違和感を感じたのである。
「案ずることはない、私は勝算なき戦いはしない主義だ」
どうやらこの一戦は可能な限り水のみで乗り切るつもりらしい秋隆。
その言葉に何か引っかかるものを感じつつも、ナディアはチャンスとばかりにブロードソードを振り上げた。
「そんじゃ、私の最大の剣を喰らっていきなさい!」
刀身にこれまでとは比較にならないほどの理気を込め、ナディアは必殺の一撃を放つ。
「理力剣!」
放たれた一撃は雷を纏い威力を増した攻撃的な理気の斬撃。
無論、秋隆も瞬時に水の防護壁を顕現させたもののそのまま雷光の中へと消えていった。




